第5話 魔法そして友好
「あー面倒だなー!昼間に魔物が出るかっての!」
「出るには出るよ、リック。ただ遭遇率が低いだけで。知ってるでしょう」
集落の見回りを終えた二人は自警団本部で装具を外す。
魔物は基本的に夜に活動が活発になるため、日中よりも夜間の方が見回りの重要度は高い。
今回の見回りも例に漏れず魔物どころか野生動物すら見なかった。
リックもコリンも成人には程遠いため早朝から夕方までしか活動することを許可されていないので魔物と対峙することはそれほど多くないのが現状だ。
「はあ……次は2時間後か……嫌な空き方だなぁ」
「私は軽く何か食べてくる。リックは?」
「俺は……いいや。もしものときにコリンより動けないわけにはいかないから」
「そう?じゃあまた」
時間は正午を少し越えたぐらいで、普段ならこの時間は空腹になるのだが、今回の見回りは動かなかった分消費が少なかったようで思いの外、空腹感はない。
でも食べずに集中力が切れてリックに迷惑かけるわけにはいかないコリンは何か腹を満たしに自警団本部から出る。
真上から射す日差しは正午ともあって強く照らしており気温の上昇に一役買っている。
要約すると眩しい上に暑い。
「あっ」
「ん?」
コリンが本部から出たと同時に目にしたのはさっき完敗を喫した王子だった。
コリンは咄嗟に身構えたが、王子は自分を警戒するかと思いきや無防備に近づいてくる。
「あ、えっと、コリンだっけ」
「そうだけど……」
「今、時間あるかな?少し聞きたいことがあって」
この王子、戦闘の技術に見合わないぐらい他者に対しての警戒心が薄い。
コリンは先程の一件からその印象がユリウスに対してついている。
仮にも数時間前に自分を襲ってきた相手に話しかけたり質問したりするだろうか。
普通はしないのではないかとコリンは思ったが、ユリウスの戦闘力を考えれば強者の余裕なのかもしれない。
「時間ならある、何?」
「魔法をどこで覚えたのか気になって、教えてくれないかなって」
この王子に反抗しても良いことはない。今は勝てないのは事実なのだから。
コリンは王子からの申し出は承諾することにした。
「別に良いけど、面白いものじゃないよ」
「ありがとう」
ユリウスの返答を聞いたコリンはユリウスを先導して歩き出す。
コリンは自分の軽食を調達する道の途中にある、自身の書物庫として使っている蔵へ案内した。
本部からは比較的近い位置にあり、数分歩けば到着する距離だ。
蔵の扉を開けると壁に沿って置かれた本棚に魔法に関する本が隙間なく並んでいる。
「魔法を覚えたのはここ、私は少し離れるけど、本は自由に読んでいいから」
「わかった。ありがとう」
ユリウスはコリンが蔵を離れるよりも先に近くの本を手に取る。
そのユリウスの様子を見るか見ないかのタイミングでコリンは蔵から離れた。
ユリウスは手に取った本を開く。
そこには現代語ではない文がずらりと並んでいた。
「古代語……難しくはないね。だけど……」
王都ではプライベートな時間の大半を魔法の勉強に費やしているユリウスには手に取った本は問題なく読める程度ものだ。
しかしこの集落には古代語を勉強する場はないようにユリウスには見えた。
まずほとんどの学問は入口に他の先達者の指導が必要になる。
ユリウスの予想通り勉強する場所が本当にないのなら、あのコリンという少女は独学で本を解読し魔法を学んでいることになる。
そうならユリウスよりも勉強家かもしれない。
「すごいな……」
ユリウスは今まで抱いていたコリンに対する評価を改め、本に目を通す。
内容は即時魔法に関することがメインの内容だ。
ユリウスが主に使う練魔法と、コリンが使った即時魔法は同じ魔法だが特徴が違う。
練魔法は体内の魔力を行使しようとしている魔法の魔力に変換しながら掌を代表とする体の部位に少しずつ魔力を放出・蓄積し、最終的に出来た魔力の塊を一気に放つことで魔法を行使する方法だ。
それに対して即時魔法は予め体に魔法の種類や魔力量を記録し、行使しようとした段階でその記録を読み出して発動する形になる。
即時魔法はすぐに使えて体に記録してしまえばある程度の素人でも使うことができるのが利点だが効果が常に一定で魔法の応用は難しい欠点がある。
練魔法はその逆で放出する魔力を調整することで効果量を変えたりすることができる代わりに、行使まで少し時間を要し且つ魔力の知識がそれなりに必要となる欠点がある、といった感じだ。
ユリウスは蔵の本の背表紙を見て回ると即時魔法と練魔法両方の本が置かれていて、本の傷み具合から即時魔法の方が読まれているように思う。
誰からも教わらずに練魔法を使ったり関連する書物を読めるようになるのは、言ってしまえば文字が読めないのに他国語の本をを読もうとしてるようなものだ。
練魔法は魔法を理解する必要があるため、即時魔法よりも習得に時間が必要になる。
コリンは恐らく魔法をすぐに使う必要があって、習得しやすい方を選んだのだろう。
「どう?何か見たいものでもあった?」
コリンはいつの間にか戻ってきていたようで、ユリウスの方へ歩きながら聞いてくる。
「いや。まだなんとも言えないかな」
「数が多いからね。ゆっくり見ていって」
コリンはそう言うと持ってきた手提げの鞄からオーケーサインぐらいの大きさの紙に包まれた何かを取り出してユリウスに渡す。
「これは?」
「軽食。王子様の口に合うかはわからないけど、この集落の地元飯みたいな」
コリンは手提げ鞄からそれをもう一つ取り出すと包みを剥いでそれを食べる。
ユリウスも同じように包みを剥ぐ。
中にあったそれは、どうやら揚げ物の類いのようだ。
「ん……」
ユリウスは一口それを食べてみる。
上品な味ではないが美味しい。これまでの遠征などで食べたこの手の現地の食事のなかでは群を抜いて味が良い。
ベースは根菜のようで形が残った状態とみじん切り状態を混ぜることで食感に幅が出来ているように感じる。
生地にも味付けがされているようで軽い塩味が根菜の味を引き立てている。
「どう?口に合うかな?」
「うん。いいね。これは虜になるな」
美味であることを確認したユリウスは手元の包みにある残りを一気に口に放り込む。
大きさも少しひとつまみ気分で食べられるサイズでユリウスでも一口で可能な大きさである。
口一杯にひろがるそれの味を堪能するユリウスを見てコリンは満足気な顔をして言った。
「気に入ってくれたようでなにより」
コリンはユリウスに背を向け近くの本棚から一冊の本を取り出し、ユリウスに問いかける。
「ねえ、王子」
「ユリウスでいいよ。肩書きで呼ばれるのは好きじゃない」
「……ならそうする、ユリウス。魔法は得意?」
魔法は得意か。
コリンの質問に、ユリウスは返答の言葉を選ぶ。
苦手ではないが、胸を張って得意と言えるほど熟達しているわけでもない。
この所蔵本だけで即時魔法を習得したとしたらコリンの方が魔法が得意な可能性はある。
「それなりには。王宮で教わるからね」
「ここにある本、全部読めたりするの?」
「多分読めるよ。そこまで難しくないからコリンもすぐに読めるようになると思う」
古代語はいくつか種類があるが、どれも現代文法のルーツになっただけあってどの文字もどこか現代文法の要素がある。
それさえ覚えてしまえば読むことは難しくない。あとは意味を少しずつ覚えていけばいい。
読めると聞いたコリンの表情が少しだけ変わる。
「次の機会に、教えて」
コリンはユリウスに申し出る。
ユリウスはなんとなくコリンがここに自分を連れてきた理由がわかっていた。
恐らく独学では限界で、どうしても解読出来なかった本が大量にあり、集めた本の可能性はそれだけではないにも関わらず有効活用できないことが嫌だったのだろう。
コリンからの申し出にユリウスは快く答えた。
「もちろん。僕に出来ることなら何でも」
「ありがとう」
相変わらず無表情にコリンはユリウスに短く礼を述べた。
「私は自警団の任務があるから行くよ。ここの本、読めるだけ読んでいいから」
「うん、そうさせてもらう」
そうして自警団本部へ戻るコリンを蔵から見送り、ユリウスは所蔵本を手に取り席についた。
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