第4話 和解そして苛立
ユリウスが起きた頃には辺りも明るくなっており、今朝の一騒動の時とは違い集落も幾分か活気づいていた。
体に魔法から来る違和感がないことを確認し、ユリウスは身支度をして宿舎から出る。
「おはようございます」
宿舎の近くにいた王国兵がユリウスに近づいて言う。
ユリウスは敬礼を返すとその王国兵に聞く。
「姉上は起きているか?」
「はい、起きております」
ユリウスは前日に教えられたユラリアの宿舎まで歩く。
距離はユリウスのいる宿舎のほぼ隣にあるようなものなので散歩のうちにも入らない程度だ。
散歩にもならない距離で到着したユリウスは宿舎の扉をノックする。
「姉上はいるか?ユリウスだ」
ユリウスが言い終わる前に扉が開く。
姿を見せたのは執事服をつけた一人の青年だった。
「お待ちしておりました。ユリウス様」
「……今回の付き人はシンドウか」
「はい」
ユラリアはユリウスと違って身の回りの世話は全て従者達に任せている。
そのメンバー内にも指揮系統があり、シンドウはそれぞれの従者の指揮を執り、必要とあれば護衛兵の役割を果たしたりなど従者の中でも重要な役割を担う役職についているらしい。
その役職はユリウスが把握している限りではシンドウ含め全員で3人いて長旅の時にはそのうちの誰かがついてくるようになっていて今回はシンドウがついてきているようだ。
「現在ユラリア様はこの集落の長老様と自警団長様との3人で会議をされております。ですので……」
「分かった。時間をおいてまた来る」
ひとまず姉にすぐに呼び出されることは無いことが分かったユリウスは踵を返す。
背中を向けたユリウスにシンドウが声をかける。
「こちらで待たれても構いませんよ?」
「心遣いには感謝する。じゃあ後で」
シンドウの提案をユリウスは突っぱねてユラリアの宿舎を後にする。
シンドウは従者としての技量は秀でているものがあるのかもしれないが、ユリウスはどうにもシンドウが好きになれない。
なんとなくそう感じるだけで何か問題があったわけではないのだが、ユリウスは自分の第六感的なものは信用して動くようにしているため、可能な限りシンドウは避けるようにしている。
「……んー」
ユリウスは頭を切り替えて今朝のゴブリンの襲撃未遂の出来事を思い出していた。
もし接近されるまで誰も気づいていなかったら集落に損害は確実に出ていただろう。
この集落の自警団に知らせてそれを改善させたいが、今までそういう問題は起きていないのだろうか。今回のケースが初めてではないはずだ。
「今日だけ偶然……っていうのは、流石にないか……」
考えに耽っていたユリウスの耳に大声が響く。
「ああーっ!!」
「うわっ!?何!?」
ユリウスは後ろからいきなり大声が聞こえてビックリして思わず肩が跳ねる。
「あ……君達は……」
ユリウスが振り向くとそこには、
「お前、朝の!」
「……」
今朝相対した二人組がいた。
見たところ二人とも今朝のような武装しているわけではなく、集落の少年少女といった服装をしている。
ユリウスも今朝のように片手剣を携行しているわけではない。
集落のなかで武装する意味はあまりないため武装はしないのが当たり前だ。
「貴方、王国の関係者?」
少女がユリウスに聞く。
その目はこの言葉が友好の言葉ではないことを示すぐらいに鋭く、少女からひしひしと敵対心を感じる。
「そんなところかな」
「はっきり答えて」
「それは遠慮するよ」
王子ですとはあまり言いたくないのがユリウスの本音である。
自己紹介しただけで権力を押し付けてるような気分になるのがどうにも気分悪く感じるのだ。
「私は自警団員として、この集落に不和を生み出す危険のある人間を放置はしておけない」
この少女、諦めが悪いらしい。
王国兵というだけではそれなりの信頼すら得られないところから自分達は集落の住人、少なくとも自警団員からはどう思われているのかをなんとなく察する。
「放置しておけないなら、どうする?」
ここまで敵視されて自分から折れるのはユリウスの自分ルールに反する。
ユリウスは臨戦状態の目で少女を見た。
「どうしても言わないなら、捕縛して身の上を吐かせる!」
少女はユリウスの目の前から予備動作も何もなく消え失せる。
突然の瞬間移動にも見えたそれは、魔法の心得があるユリウスには見えていた。
少女は転移魔法を使ってユリウスの後ろへ移動している。
ユリウスはすぐに身を翻し、ユリウスを狙っているであろう振り下ろしている少女の腕をつかむ。
「なっ……」
「魔法の心得がある相手は初めてみたいだね」
驚きを隠せない少女を見てユリウスは無感情な声で返す。
ユリウスは捕まえている少女がナイフを持っているのを見て腕をつかんでいる手で手首を握り直し、腕を捻って少女の行動を制限する。
「いっ……!」
「先に手を出したのはそっちだから」
ユリウスは更に捻りあげると痛みに耐えかねてか少女はナイフをその場に落とした。
ユリウスは落ちたナイフを蹴飛ばす。
ナイフは拾って体勢を整えるには時間がかかる距離まで滑っていった。
それを見て脅威になり得ないと判断し少女の手を放す。
解放された少女は素早くユリウスから距離をとって構える。
「僕は王国の関係者で、集落での用事が済めば出ていく。それじゃダメかな?」
ユリウスはどうにも刺々しい少女に説明した。
「そもそも僕は別にこの集落を攻撃しに来たわけでもないし、どこかで怪しい行動をしていたわけでもない。自警団が僕に構う必要はないはずだけど」
「素性ぐらい説明できるはず。王国の誰なの」
「はぁ……わかったよ」
流石にここまで来ると自分のエゴよりも面倒事を処理したい気持ちが優先し、ユリウスは自分の身の上を明らかにした。
「ヴェルド王家の第一王位継承権者、王子ユリウス=ヴェリエッタ。これでいい?」
「王子!?本物!?すげー!」
少年の方は先程とはうってかわって羨望の目で見てくるが、少女は特に変わった様子もなく言葉を続ける。
「それで、王子がなんでこんなところをうろついてるの。しかも護衛もつけないで」
「護衛が居ないのは集落を守ってる自警団と、自国の王国兵を信用してるからだよ。うろついてるのは……まあ、暇潰しかな」
「暇潰し?」
「空き時間が出来て手持ち無沙汰だから集落でも見て回ろうかと思ってね」
半分ぐらいは嘘だ。
護衛が居ないのはつける必要がないからである。
一部の王国兵や自警団員を除けば剣術に加えて魔法も使えるユリウスの方が戦闘面では有利だ。
自分より劣るかもしれない人間を近くに置くのは壁以外の効果は望めないし、誰かを壁に使わざるを得ない状況なら、まだ単独行動で魔法で逃げた方が効率的だとユリウスは考えている。
「もういいかな?心配しなくても集落には危害を加えないよ」
ユリウスはその場を立ち去ろうとする。
自分が敗北を喫した相手がいつまでも目の前に居るのは戦士としては気にくわないだろうと配慮ないし勝手に想像しての行動だ。
「あ、ちょっと待ってよ」
だが今度は少年の方に呼び止められた。
「何か?」
去ろうとはしたものの特に目的も無いのでユリウスは立ち止まる。
「特に行き先無いんでしょ?時間まで俺たちが集落案内するよ」
少年がユリウスに提案する。
ユリウスにとっても悪い申し出ではない。集落の現状を知れれば朝方の監視の穴も分かるかもしれないからだ。
「ちょっ……リック」
「いいじゃん。これで少しでも集落を知ってもらえるならさ。王家相手でしょ?絶好の機会だよ」
少女が少年を止めようとするが、少年の切り返しに黙ってしまった。
少年は少女からユリウスへ向きを変え、右手を伸ばしてくる。
「俺はリック。こっちはコリン。二人ともこの集落の自警団の一員。よろしく、王子」
「さっきも言ったけど、僕はユリウス=ヴェリエッタ。よろしく」
リックはさっそく近くの石像を指差してユリウスに説明する。
「あれが集落のおおよそ中心の目印になってる石像。モデルはこの集落の守り神的な存在らしくて、もし魔物が大量に攻めてきてもあれが一網打尽にするって言われてる」
「へえ」
ユリウスはリックの指差す石像を見た。
それは石人形のような見た目をしていて、神というよりは機械に近いような印象を受ける。
石像は等身大より少し大きいぐらいだが、モデルになったということは実物はもっと大きいのかもしれない。
この考察は役に立たないだろうと思ったユリウスは思考を一旦停止させる。
リックは次に石像の奥に見える横に広い建物を指差した。
「で、あの大きな建物が長老の家と集会所とか兼ねてる建物」
「ふーん、住居と職場が一緒になってるなんてね。入場制限とかは?」
「ないねー。だって普段使うのは集落の人だし。入場制限なんて作らなくても集落の人なら長老に迷惑をかけないようにするのは当たり前だからね」
王都とは違ってかなりアットホームな雰囲気らしい。
暮らしは大変そうだが集落のように狭く深い関係というのもユリウスには少し羨ましかった。
「集落中心のここら辺は住居が集まる場所だね。何処かが魔物の襲撃を受けてもすぐには住民に被害がいかないようにするための知恵らしいよ」
「なるほど」
いい選択だ、とユリウスは思う。
集落に限らず土地の外側というのは神出鬼没な魔物の襲撃を受けやすい場所であるため、そこに住居を構えないのは理に敵ってると言える。
「この住居地区を中心に、東のファーノ地区側には農耕地区、西の山脈側には油脂貯蔵地区みたいな感じかな。集落の外側には自警団の監視ポイントがあって、そこから何かあったら機動員に連絡して排除って流れ」
「あ、それなんだけど」
ユリウスは話そうと思っていた内容が出たので口を挟む。
「朝のこと、あのゴブリンの群れは見えてたの?」
ユリウスはリックに尋ねる。
もし発見できていたならば自分が何もせずとも離れていたため対処できない距離ではなかった。
発見できていないことを想定にユリウスは動いたわけだが、発見していたのなら問題はない。
ユリウスから聞かれたリックは少し難しい顔をして答える。
「あれは……監視ポイントからは見えてなかったね。だから俺たちみたいに機動員が動いて見つけるべきなんだけど、あれは見つけきれてなかったね」
「違う。見つけたけど向かうまでに時間がかかっただけ」
「それでも王子より発見が遅れたのは事実だし、王子に助けられたのも事実だよ」
コリンが意地を張り反論するが、リックはコリンを流した。
リックはユリウスに対して少し頭を下げる。
「王子がいなかったらちょっと大変だったかもね。ありがとう、王子」
「うん、役に立てたなら良かった」
このリックという少年は思った以上に素直で、逆にコリンという少女は思った以上に意地を張る性格をしているようだ。
ユリウスが二人を見比べていると、周囲の王国兵たちがいきなり姿勢を正し始めた。
「な、なに?」
「これは多分……」
ユリウスには心当たりがある。
ユリウスが姉の宿舎の方を見るとユラリアが歩いてくるのが見えた。
「やっぱり、時間みたい。どうもありがとう。リック、コリン」
ユリウスは二人に一礼するとユラリアの方へ歩き出す。
「うん、またね」
「……はあ」
後ろから聞こえる二人の声を聞きながらユリウスはユラリアと合流した。
「おはよう、ユリウス」
「おはようございます。姉上」
ユラリアはユリウスの後方へ視線を向け、歩いていくリックたちを見る。
「あの二人は?」
「この集落の自警団員の二人です」
「何故一緒に?」
「姉上を待っている間に話をしていました。……僕も姉上に聞きたいことがあるのですが」
ユリウスはこれ以上質問が長引かないように自分から切り出す。
「僕は何のためにこの集落に来たんですか」
「それは言えません。その時が来たら教えます」
「なぜ言えないんですか?その時とはいつですか?」
「ユリウス。知るべきことと知らないべきことの区別をつけることも覚えましょう」
「僕が何をするのかは知らないべきことだと?」
「そうです」
この問答はここにきても変わらないようだ。
結局どこまで行っても今回の自分の目的が分からないのはストレス以外の何でもない。
「何も知らずに言われるように動けと。僕は操り人形ですか?」
「それが王家のためなのです」
「……王家の僕にも情報を隠しますか?」
「ユリウス様」
ユラリアの後ろにいたシンドウが前に出てくる。
それまでのストレスもありユリウスは睨むようにシンドウを見た。
「これも王家の、王子としての務めです。我慢して行うのが」
「シンドウ、お前には関係のない話だ。……もういいです。今回の遠征の目的が知らされるまで僕は別行動します」
ユリウスはユラリアに向かって一方的に言い捨て、離れながら掌に魔力を集中させる。
ユラリアはユリウスを制止しようと駆け寄り声をあげた。
「ユリウス!」
「姉上、僕は王家の良いように使われるだけの人間じゃない」
ユリウスはユラリアが近づくより先に足元に魔力を放る。
転送魔法を使ったユリウスはその場から一瞬で消え去った。
「ユリウス……」
「大丈夫ですよ、ユラリア様。ちょっとした反抗期でしょう。すぐにユラリア様の元に来ますよ」
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