第16話 【動き出す歯車 -5-】
―――日没後。
氷峰は仕事帰りにまた帰路の途中にあるお弁当屋さんで、二人分のお弁当を買っていた。
「天ぷら飽きてきたな……」
「氷峰君、いつも同じのばっかり買ってるわよね」
「あはは、俺アイツの好きな物よく知らないんで結局俺の好みで選んでるんすよね」
そう言いながら、カウンターのメニュー表を眺めていた。
「そういう付き合い方っていいのかしらねー……」
「は?」
「彼女さんの好みというか、ちゃんと知っといた方が良いんじゃないのかしら」
カウンターのおばさんが氷峰に忠告すると、氷峰は目を点にしながら思わず白い声が漏れた。
「そんなのお互い違ったら色々と面倒になるんじゃないすか?」
「だーかーらー、一緒にいるのに彼女さんの意見もちゃんと受け入れなさいよ?」
「そういうもんなんすかね……。俺昔っから自分勝手な奴だと思われてた奴なんで、人付き合い苦手なんすよ」
「そういや柊君とは最近会ってないの?」
「あー……アイツとは六月終わりに海へ行く話したっきりで連絡や付き合いは無いっすね」
「あらそうなの。氷峰君、海苦手とか小さい頃言ってたのにねぇ」
「それは小さい頃の話で、泳げないんすけど眺めるのは好きだし……四人で行くからビーチボールでも持って行こうかなぁなんて思ってるんすよね」
と、楽しそうに話していた。本当に四人で海へ行くのが楽しみで仕方が無い様子だった。
蔀には、亜結樹と二人で行けと落胆されたのだが、氷峰は海鳴と八束の二人の様子も知りたかった。
「いいわねー。海で遊べるのなんて若いうちだけよ」
と、微笑みながら、二人分の弁当の入った袋を氷峰に手渡した。
氷峰は受け取ると――
「はは、心が若けりゃ何歳でも遊べるんじゃないすか? あ、今俺格好いい事言っちゃいましたね」
そう言ってほくそ笑むと、弁当屋を出て行った。
***
「ただいま」
返事は無かった。亜結樹が自宅へ帰ると、氷峰はソファの上で横になっていた。お弁当は袋に入れたまま食卓に置いてあった。もう一人で勝手に食事を済ましていた。
氷峰は亜結樹の言葉を無視するつもりではいなかったのだが――
「なぁ……あの子に会えたのか?」
亜結樹に告白をして来た女子生徒の事を気に掛けている様子でいた。
「え?」
氷峰の思いがけない言葉に、言葉を失う。
「いやだから、この間話してくれた女の子の話。俺と付き合ってる事知ってんだろ?」
「うん……。でももう終わらせたよ。ミネには関係ないじゃん」
「そうか……」
――そういう事にしておこうか……。
「あのさ……――」
と言って、亜結樹はブレザーのポケットから立花から貰ったピアスを取り出して彼に見せた。
「ん? ……!」
氷峰は表情を曇らせた。亜結樹が手の平で見せてくれた物に、険しさが募ってくる。
「これ、つけてもいい?」
「何で……それ、俺に聞くの?」
「え……いや、その……ミネはどう思っているのか知りたくて、さ」
「駄目に決まってるだろ。持って置くだけにしておけ。俺そういうの苦手なんだ」
「そうなの?」
氷峰は頭を掻きながら、ソファに座り込む。両腕を組んで溜め息をついた。
「お前さ、わかってる? ピアスホールは一度開けたらちゃんと完全に塞ぐには手術を受けなきゃならねぇ。クローンは自分の身体を治す事を独断で禁じられてんだ。俺が認めない限り、お前の耳に穴をあける事はしない」
「……」
――それにクローンがピアスをするなんてのは過去に……。差別を受けるに決まっている。
「いや、そうじゃなくてな……なんつうかその、俺、タトゥーとかピアスが苦手なんだ。髪は染めてっけど……怖いと言うよりかはそういうの、体を表すんだよな。アクセサリーって思ってればいいんだろうけれど……」
「ミネが嫌いな物はあたしも嫌いになればいいって事?」
「……違う。お前はそんなに着飾らなくていいんだよ。単にそういう意味でお前に言った」
と言って、氷峰はリビングを出て行き、自分の部屋へ向かって行ってしまった。
「あ……。じゃぁこれは……大事に箱に仕舞っておけばいいんだね……」
そう呟いて、亜結樹は自分の部屋へ――。
と、行きかけた所、やはり氷峰の様子が気になり、ドアをノックし、一声掛ける。
「ミネ……聞こえる?」
返事は無い。だが亜結樹は必死になって、ある事を尋ねた。
「恋人である証に、ピアスを貰ったってのは理解してるし、これは一生物なんだってあたし……俺わかってるから!」
そう告げた後、自分の部屋へと籠った。
―――同時刻・柊八束宅。
海鳴は家に着く。くすんだ音の鳴る旧式のインターホンを鳴らして、ドアを開けた。
八束は晩飯の買い出しにでも行ったのだろうか。人の気配を感じなかった。
「……だいま」
最初の声を呑んで、八束がいない事を確かめると、台所に立って水を一口飲んだ。
「ふー……どうせ俺は冷蔵庫に入ってる奴とこれしか摂れないんだけどね……」
一息つきながらそう呟いて、制服を脱いでVネックの七部袖のベージュ色のTシャツと黒いズボンに着替える。ギィーっとドアの開く音がした。
八束が帰ってきた。
着替えた海鳴は、廊下に顔を出して八束を笑顔で迎えた。
「お帰り」
「おう……」
「何? なんか元気ないね?」
「そう見えんの?」
「なんとなくだけど」
「別にお前の分は買ってねぇからな……」
「うん」
海鳴は納得した様子で、頷いてみせた。
「なぁ」
「何?」
「お前何か、いつもと様子違くね?」
「え?」
海鳴は薄笑いを浮かべながら、小さい声を漏らす。
「今日学校で何かあったろ? 話してみ?」
「ええ、嫌だな……。俺別に見てないし……――」
と、言ってしまったおかげで――
「は? ていうことはぁ、何か見たんだろ?」
八束に見透かされてしまった。彼の眉間に皺が寄っていた。
「……」
「何だよ。言えねェことなのかよ」
「えっと……見ちゃったんだよね、俺」
「何を?」
「女同士のキス」
「へぇ……そんで何思ったの?」
「いや、俺さ……俺は、八束とキスすんのは嫌いじゃないと思ってるし、悪い事じゃないと思ってんだよね」
「は? 良い悪いの問題じゃねぇだろが」
「じゃさぁ、もしかして俺が亜結樹のこと好きなのって、亜結樹がもしかしたら男の子だったって可能性はあんのかな?」
「は?」
「いや、俺の考え過ぎかもしれない。ていうか俺二人のキス見て気分害したし……」
「んだよ、ただの愚痴かよ。聞かなきゃよかったー」
八束はそう言うと両腕を伸ばして欠伸をした。
「何それ……」
――今までの話聞いて愚痴で済ませるのかよ。勝手な人だなほんと。
終業式の日――夏の始まりに立花友美香は転校した。
これから、氷峰、亜結樹、海鳴、八束の四人は海へ遊びに行く。
歯車が噛み合うとしたら、擦れ違う気持ちを制御する事が出来たとしたら――。
彼等の友情と恋愛の境目は目に見えている部分で、お互いの気持ちを苛む事になるだろう。それを密かに期待する人物がいる事を柊蔀は知っている。あの男だ――。
――陵莞爾。彼の隠された感情を、化けの皮を剥がせるのは――。
――施設に勤めている蔀、速水、そして……唯一陵さんの気を許せる友人の戸室という人だ。
「夏の海には野蛮な奴らがいるからな……。あいつら、あの子らを守ってやれるのだろうか……」
蔀は、ココアを飲みながら心配事を湯気に吐いていた。
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