白雪と七人の小悪魔

安芸咲良

プロローグ

1 静かなる別離

 様々な花が咲きほころぶ庭園。季節を無視するかのように競い合って咲く花々を、優しい風が撫ぜる。

 その中に、墨を落としたように立つ影が二つ。黒いドレスの女性と黒いマントの男性は、色とりどりの植物が溢れる庭園において異様だった。

 しかし二人は迷いのない足取りで庭園を進む。

「じゃあ、お別れね」

 石造りのアーチまで辿り着いたとき、女は男を振り返って言った。その腕にはすやすやと安らかな寝息を立てた赤子が抱かれている。男はいとおしげな目でその赤子の顔を見下ろした。

「願わくば、この子に幸あらんことを」

 その言葉を聞いて女は小さく笑う。切れ長の目が弧を描いている。

 それを見て、男はむっとした表情を浮かべた。

「あなたがそんなことを言うなんて、なんだか滑稽だわ」

 男はしかめ面で顔を背け、溜め息をつく。そしてまた赤子に視線を戻すと、大きな手で優しく赤子の頭を撫でた。

「祈らずにはいられないだろう……」

 女はそっと男の肩に額を当てた。

「大丈夫、この子は私が絶対に守るわ」

 男は赤子を潰さぬよう、そっと女ごと抱き締めた。

 そして二人は離れる。女がアーチに向き直ると、その中が淡く光り始めた。

 女はゆっくりとその中を潜っていく。光が収まったとき、その先に女の姿はなかった。

 しばらくアーチを見つめていた男だったが、やがてひとつ息を吐くとくるりとそのアーチに背を向けて、元来た道を戻り始めた。


 その日、静かに別離があった。

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