ニュータント・イーター

コケシK9

第1話 幸福感と自己嫌悪


深夜の街、真っ暗な路地。

そんな、普段は野良ネコくらいしか通らないような所を私はゆっくり歩く。

周りの音に耳を澄ましてみると、

ちょうどその辺を通りかかった車の音や近くの建物の換気扇の音、

あとはどこに潜んでいるのか、虫のなく音。

そんな雑音に混じって、人の息遣いの音が聞こえて来る。


私が聞きたかったのはこれだ。

その息遣いがどこから聞こえて来るのか注意深く聞き取り、近づいていく。

しばらく歩くと行き止まりに突き当たる。探しもそこにいた。


「み~っけ」

「ひィッ!」


できるだけ明るい声で話しかけてみようと思ったが結局棒読みになってしまった。

見つけた少女、私よりちょっと年下っぽい子は

私の声を聞くなり飛びのきながら振り返り、

奥歯をカチカチと鳴らして後ずさる。

完全に化け物を見る目だ。まあ否定はしないけど。


「……」

「来ないでっ!」


私が一歩近づくと少女の右手が輝きだした。

普通、人間の手は光らないけど今じゃ大して珍しいことでもない。

この少女は“ニュータント”だ。

簡単に言うとニュートラルとかいう謎のウィルスで覚醒した超能力者。

この少女の能力は知ってる。さっき見たから。

右手から光の球を打ち出す能力だ。それに当たったものは燃え尽きる。

十数分前、絡んできたチンピラをその力で楽しそうに焼き殺していた。


「おお、怖」

「それ以上近づいたら、燃やすわ!」


私をにらみつけて震えながら精一杯虚勢を張る少女。

でも後ずさりをやめない。そっちは行き止まりなのに。


「燃やされるのは嫌だなぁ……」


私はそばにある、木で出来た壁に手を触れる。

そんな私の様子を見て一層警戒しながら少女はさらに後ろに下がる。


「じゃ、近づかずにやるね」


私がそう言った瞬間、壁から無数のトゲが生え、

少女の右腕を何か所も貫いた。


「ッ!? ああああああああああああああああ!」


悲鳴とともに少女の右手から光が消え、代わりに血で真っ赤に染まる。


「痛いっ!いたい!」


トゲは互いに交差するように生えており、

それで少女の腕はその場に固定されている。

すごく痛いだろうなぁ、あれ。

我ながらえげつない方法を取った。

でもまあ、仕方ない。こっちだって燃やされるのは嫌だ。


「さて、もう近づいても燃やされないかな」

「ッ!・・・嫌ァ!」


半狂乱になって必死で逃げようとする少女。

トゲは壁の材木で出来ており割と細い。思い切り力を加えたら簡単に折れるだろう。

でも痛みに慣れていないようで、思い切って動かせずにいる。


「捕まえた」

「あ……ああっ……!」


左手を少女の右肩にポンと置いた。

それだけで少女はこの世の終わりのような顔で震える。


「それじゃ……」

「たっ……助けて! 誰か! やめて死にたくない! おかあさ―――」

「いただきます」


最後まで言わせず、私は少女の頭を



―翌日―


「やあ、昨晩も派手にやったらしいね、直視なおみ

「あ、画寅えとら


高校の昼休み、人気のない体育館裏で一人で呆けていると、

唯一の男友達であり、私の正体を知っている唯一の人間でもある

麻弦 画寅あさづる えとらが話しかけてきた。

昨晩、というのは私があのニュータントの少女を襲って食べた件だろう。


「……なんで知ってんの?」

「君は食ったやつの遺品も血痕もその場に残していくからね。

 そんなのすぐに見つかって報道され……

 ああ、君はニュースもネットも観ないんだったね。

 大騒ぎだよ? わずかだけど目撃情報も出てる。

 悪人ヴィランのニュータントだけを狙って食い殺す化け物ってさ。

 ほら、ブレてるけど写真もある。

 まあ、幸い君だとはバレてないみたいだけど」


そう言って画寅は携帯電話を取り出し画面を私の方へ向ける。

画面には“背中から触手をいくつも生やしたデカい二足歩行のなにか”

とでもいうような姿の、“能力で変身した私”が写っていた。

かなりブレているが。


「ずいぶん腕のいいカメラマンだね」

「そう言ってやるなよ、変身した君を見たら普通の人間は冷静じゃいられない。

 いくら最近はニュータントが増えてきてるからって、

 これは人間離れしすぎている」


確かに、昨晩のニュータントですらあの怯えようだ。

一般人など卒倒ものだろう。

まあ他人の写真の腕なんかどうでもいい。さっさと用件を聞こう。


「……で? そんな話を振ってきて何の用? 説教でもするの?」

「ああ、そうだよ。君はもうちょっとコッソリやるってことを覚えた方がいい。

 そのうち「悪人だからって殺されていいわけじゃ無い」

 なんて主張するタイプのヒーローにでも見つかって絡まれたら……

 面倒なことになるよ? 君なら負けはしないまでも……」

「ああ、やっぱりそっちか」


普通なら襲うのをやめろとか何とか言ってくる場面かもしれないが、

この画寅というやつは違った。


「もちろんそっちだよ。

 顔も知らないヴィランが何人死のうが知ったことか。

 君が飢え死にするよりマシだ」


この男は真顔でそんなことを言ってくる。

優しそうな顔をしているが、善良とは程遠い。


ちなみにこの男、本人が言うには私に惚れているらしい。

でも、好きになられたってちっとも嬉しくない。

だって私自身が私のことを嫌ってるから。

嬉しいわけがない。


私が若干不機嫌になりつつ黙って聞いていると、

画寅は言いたいことを大体言い終えたのか、

話を切り上げにかかる。


「とにかく。昨日の分でしばらくは腹も減らないだろう?

 騒ぎが収まるまで、できるだけおとなしくしてるんだよ?」

「分かってる」

「よろしい」


答えるのが面倒になったので適当に返事したが、画寅は特に気にした様子もなく満足そうに頷いて去って行った。


再び一人になり、上を見上げて呆ける作業に戻る。

空を見ても何の感慨も浮かんでこない。

ただつまらない時間だけが過ぎていく・・・そうして頭を空っぽにしていると、

嫌でも昨日のことを思い出す。


ニュータントを襲う時、私は人が変わったようになる。


普段は、何をやっても楽しくないし、

最後に笑ったのもどれだけ前か思い出せない。

でもニュータントの前に立った時は違う。


感情が高ぶって自然とゆがんだ笑顔になっているのが自分でもわかる。

昨日のあの感覚が忘れられない。美味しかった。楽しかった。幸せだった。

人を食べてそんな感想を吐き出す自分が嫌いだ。


でも生きてる間は、食べることはやめられない。

人間も、そのへんの鳥も犬も虫も。

それぞれ自分に合ったものを食べる。嫌でも食べなきゃ生きていけない。

私の場合、それがニュータントの肉だった。


もし不味ければ、楽しいなんて思わずに済むのだろうか?

そして楽しそうな昨日の自分を思い出して自己嫌悪せずに済むのだろうか?

生きるため仕方ないんだって自分を騙しきれていただろうか?

そんなことをしばらく考えてみたが結局わからなかった。


だって、あいつらは美味しいから。


……やっぱり、私は自分が嫌いだ。

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ニュータント・イーター コケシK9 @kokeshi-k9

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