2―12地の底にて
振り向いた洞窟は、中天のように過度に明るい。
悪い意味で適当に松明を付けている分、地下とは思えないほど眩しくなっているのだ。
あまり付けすぎると良くないのだが、何しろ掘削作業は【爪】のお陰で手早く済む。ならば酸素の量など気にせず、部下たちの好むようにやらせれば良いと【土竜】は判断していた。
暗がりは、日陰者には好ましくはあるが、あまり長く居たい訳ではない。そんなことで彼らのやる気が上がるのならば、明かりくらい幾らでも付ければ良い。
そう思い放置した、大量の光源。
改めて振り返ると、眩しすぎて良く見えない。
――今、確かに悲鳴が……。
不審そうに眉を寄せ、【土竜】はじっと光の向こうを透かし見る。
何も異常は見えないか。どこまでも続く光のトンネルは、平穏に続いているだけ――
――いや。
「っ!?」
視界の遥か先で、闇が生まれた。
微かな、見間違いと思えるような小さな闇の点は、野火のように瞬く間に拡がっていく。部下たちの付けた松明が、一つ、また一つと消えていくのだ。
それに合わせて悲鳴が上がる。最初は風かと思うほど微かに、そして、徐々に大きくなる。
近付いてくる。
「……敵襲っ!!」
闇が十メートルほどにまで近付き、悲鳴も耳障りになった頃、漸く【土竜】は叫んだ。「構えろお前ら! 敵だ!!」
荒くれどもが、ナイフを構える。
ごくり、と息を呑む【土竜】。彼の、積み重ねられた経験が、けたたましく鳴き喚く。
――来た、来た、来た!!
順調過ぎた往路。
下り坂の正体、不安の具現がこれだ。この、ひりつく肌のざわめきが、現れるものを予見させる。
身構える盗賊団。
その前に、闇からするりと現れたのは。
「……追い付きました」
「お、女……?」
見るも可憐な、一人の少女だった。
見たことの無い妙な衣服。スカートみたいなズボン、或いはズボンみたいなスカートに、風を孕むようにゆったりとしたデザインで作られたジャケット擬き。
見事な刺繍で彩られたそれが【羽織】と呼ばれる衣装であることを、【土竜】は知らない。そして、左右の腰に吊るされた刃物の名前も。
少女の外見で【土竜】が知っているのはただ1つ。その左袖に填められた、緑色の腕章だ。
「
「御明察です」
笑みの形に唇を歪めると、少女は剣を抜く。ナイフよりは長く、ナイフより細く薄い刀身が、松明を照り返してオレンジに輝く。
二刀を鳥の翼のように拡げながら構える少女の姿に、彼女の2倍は長く生きている筈の男たちが揃って身を固くした。
誰も、女子供と嘲りさえしない。
誰も、理解しているのだ――目の前にいるのは、そんなものじゃあないと。
「大人しく縛に就けば良し。さもなければ……是非もありません」
花のように華やかに。
獣のように獰猛に。
少女は笑う。夜色だったその瞳を、橙色に輝かせて。
そして、少女は躍りかかった。
居並ぶ男性は、凡そ八人。八人と、あと団長の爪持ちだ。
私は笑う。
何とも気軽だ、何しろここに来るまでに、だいぶ減らせた。
追い討つのは、楽で良い。誰も彼もが背を向けていて、こちらは常に不意を打てる。
戦に不馴れな盗賊など、何人居ても敵ではないが。やはり戦は楽なやり方を選ばなくては。
残りは、九人。
頭目一人と、部下八人だ。そして古今東西、盗賊相手の戦法は決まっている。
「……剣舞、【雷斬一閃】」
私は駆け出し、そして跳んだ。
「んなっ!?」
反射的に突き出された一人目の腕を足掛かりに、その肩を蹴る。一跳びで天井に達すると、僅かな凹凸を狙って足を置く。
速度と重力が釣り合い、私の体がほんの一瞬天井に着地した。
直ぐ様私を引き戻す力に逆らわず、それを真横にずらす。
……かつて、自らに降った雷を切り裂いたという、伝説の再演。
私は雷を上回る、早く速く煌めく刃。
頭目一人、討ち取れば烏合の衆。盗賊相手の戦法は、やはり何より初手王手だ。
「くっ……!!」
八人の壁を飛び越えた私の突撃を、爪持ちが何とか防ぐ。
防ぐが、しかし踏み留まれない。
体重を丸々載せた一撃だ、防御など一瞬で壊れる。
よろけた相手は、最早演目の中。切り裂かれるべき雷神。着地した私は独楽のように回り、舞い、斬撃を放ち続ける。
「ぼ、ボス!」
「ちくしょう、奴をどうにかするんだ!!」
衝撃から立ち直ったらしい有象無象が叫びながら、私を取り囲もうと動く。
八対の瞳が私たちに釘付けとなる――闇に、背を向ける。
――あぁ、全く。だから容易いのに。
追い討ちは、楽だ。
そうでしょう――ジンさん。
「今だっ!!」
「あぁくそしょうがねぇなあっ!!」
叫びとぼやきとが、剣と槍とで襲い掛かる。隙だらけの八人は、あっという間に四人になった。
……それを四対二と考えられるのなら、まだマシだったが。戦に不馴れな盗賊は、それを八引く四と思ってしまう――四人居る、ではなく、四人しか残っていないとはんだんしてしまうのである。
「て、敵っ?! いつ、どこからっ!!」
「うわ、うわああああっ!!」
敵は総崩れだった。何せ、ラットさんが一人仕留められたくらいである……構えた十文字槍に、敵が自ら飛び込んだ結果だが。
ジンさんは、その点しっかりと敵の動きを見切っていた。かわし、転ばした相手を叩く。峰打ちの余裕さえあったらしい。
有り難いことだ、私にはそんな余裕はない。
踊り出した剣は、相手の首を刈るまで止まらない。死の運命を押し付けるのが、私の剣舞なのだから。
「くそっ……!」
流石は頭目、爪持ちは上手く防いでいる。
だが、防ぐだけ。既に演目は始まっている、彼の運命は定まったのだ。
……だが、私は忘れていた。
頭目の爪は、魔法道具。常識をねじ曲げるのだと。
「うおおおおおおっ!!」
「っ!?」
雄叫びと同時、爪持ちが沈んだ。
足元を一瞬で掘り、体勢を無理矢理に変えたのだ。
舞台から降りた役者に、演目は追い付けない。
「カノン!!」
「くっ……」
空振りにたたらを踏む私から、爪持ちはここぞとばかりに距離をとる。
距離は即ち、時間だ。時間があれば、爪持ちは穴を掘れる。
爪持ちは戦いには慣れていなかったが、手練れの盗賊ではあった。
彼は目前の脅威に対して、最も適切な対応を返した。一目散に穴を掘り、私から逃げたのだ――上へ。
掘られた土が雪崩のように降り注ぎ、私たちの行く手を阻む。あいにく、素手で取り除ける量ではない。
そして、その必要もない。
「任務完了、ですね」
首を逃したことは残念だが、しかし。
上は囲いの中なのだから。
「はあ、はあ、はあ……くそっ!!」
荒い息を吐きながら、【土竜】は力の限り地面を掘り進んだ。
魔法道具は、使う者の体力を奪う。ただでさえトンネルを掘ったあとだ、少女との戦いを考えたら、最早限界は近い。
「外へ……とにかく、外へ……!」
街の何処かに出れば、隠れる場所は幾らでもある。隠れて、やり過ごして、体力が戻り次第また潜れば良い。
今は、一刻も速く外へ出ることだ。それだけを考えて、【土竜】は大地を掻き分けて上へと登っていき、そして。
「ふふふははははは、ご苦労だったな、盗賊! だが生憎だが、全てが私の手の内なのだよ! さあ、我が異能に光栄と畏敬を感じながら倒れ伏すが良い!」
「………………はは」
「……む?」
肉体の疲弊に比例して疲れ果てた【土竜】の精神は、その馬鹿みたいな馬鹿に耐えられなかった。
穴から出た先に居た、金髪の男の高笑いに小さく苦笑して、【土竜】は意識を失った。
「……やれやれ。またしても貴族の悲哀だな。盗人ごとき、我が威光に耐えきれなかったか。まあ、無理もないがね。はははははははっ!!」
「…………」
ロータスたちの考えは、一致していた――可哀想に。
彼は今後、キルシュに捕らえられた間抜け、として巡視隊の中で笑われることだろう。多分、ロータスだってそうするだろうから、間違いない。
「さあ、盗賊を捕らえるのだ!!」
渋々、隊員たちは【土竜】を縄で縛る。その手つきは、どこか優しげにロータスには見えた。
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