2―7作戦会議。

 一日半の休日を終えて出勤した私は、詰所内のかつてない物々しさに気付いた。

 この空気、匂い、誰も彼もが殺気だち、鎧の裾を剣の鞘が擦るカチャカチャという音。

 戦の気配だ。その先触れだ。故郷で常だった懐かしい気配が、詰所のあちこちに満ちている。


 彼等の集中の邪魔にならぬよう、私は静かに部屋を横切り、ロータスさんたちと合流した。


「おはようございます」

「おはよう、カノン」

「よう、随分な気配だな?」


 ニヤニヤと笑うジンさんに、頷く。


「何か、大きな作戦でもあるのでしょうか。張り詰めていますね、皆さん」

「そしてお前もな」

 ジンさんは鼻を鳴らした。「気付いてないのか? お前、結構ぜ?」

「……そうかも、しれません。嗅ぎ慣れた空気ですから」


 内心を探り、渋々同意する。

 確かに、今の私は必要以上に昂っているようだ。懐かしい戦いを、肉体が歓迎しているのか。

 これでは、いけない。

 平和を甘受したくて私はここに来た。私の、奪うための力でも、守れるものがあると信じたからここに来たのだ。殺し合いを歓迎するなど言語道断である。


「いや」

 ロータスさんは短く否定すると、自分の背後、部屋の隅を示した。「そのくらいの方が、頼もしいよ」


 ロータスさんの指と、ジンさんの呆れたような視線を追い掛けた先には、私たちの仲間がいる。


「……ラットさん。どうしたのですか?」


 しゃがみこみ、ビクッと大袈裟に身を震わせたラットさんは、チラリと私を仰ぎ見るとまた壁を見つめ始めた。

 首を傾げる私に、ジンさんが呆れきったというように淡々と声をかける。


「大規模作戦って聞いただけで、これだよ。ちょっとはお前の野蛮ワイルドさを見習うべきじゃねぇかなって、ロータスと話してたんだよ」

「おい、私は野蛮とは言ってないぞ! ただ少し、積極的な方がと……」

「…………」


 無言で二人を睨み付ける。

 これでも、家族では充分にお淑やかなのに。例えば父は、将だというのに敵陣に飛び込んでいくし、母なんて……。


「わかった、悪かったよカノン。だからそんな睨むなよ。ほら、ラットがますます怯えて……」

「お、オレまで巻き込まないでくれよ!」

「静粛にしろ、隊長が来たぞ」

「注目っ!!」


 大喝に顔を上げると、完全武装の鎧二人に挟まれるようにして、一人の男性が姿を表したところだった。

 金髪の若者は、一同の注目を受けながら悠々と歩くと、上座で仁王立つ。

 明らかに注目慣れした態度に、ジンさんが密かに舌打ちする。


巡視隊ガードの諸君に、新たな任務が言い渡された! キルシュ隊長、内容をお願いします」

「あぁ、ご苦労様」


 キルシュ隊長。ロータスさんと同じ貴族だ。

 歩き方や身体つきからは、そこまでの強さは感じない。多分、ラデリン教官の方が数倍強いだろう。

 にも拘らず彼が隊長で、ラデリンさんが教官というのは、詰まりまぁそういうこと。

 貴族と平民、生まれついての格差の現れということだ。ジンさんや、周りの巡視官たちの冷ややかな視線も、察するべきと言える。


「さて、先ずは先だっての盗賊撃滅、ご苦労だった。適切な対処をしてくれたお陰で、愚かな残飯漁りめ、ほぼ壊滅出来た」

「……ちっ」

「ジンさん」

「解ってるよ……」


 かなり露骨に嫌悪感を示すジンさんを隠すように、私とロータスさんは静かに前に出る。

 私も詳しいわけではないけど、一時ほど貴族の権限は強くないらしい。けれどだからと言って、積極的に喧嘩を売りたい相手ではない――


 幸い、キルシュ隊長は貴族らしい傲慢さで、私たちの事を見逃した。

 何処にでも、こういう手合いはいるものだ。身の丈に合わない権力を、当然のものと勘違いする輩は。下手に暴走しないだけ、マシというものだ。

 上機嫌に己の言葉に酔いながら、隊長は本題に入った。


「今や奴等の命は消えかけの焚き火。とはいえ、放置すれば再び燃え上がる危険性もある。ここで一息に、連中の息の根を止めておくべきだと、我々は判断した」


 妥当な判断だ。

 戦に限らず、あらゆる争いの基本だ。『手を出したなら、最後までやりきる』。手負いの獣、追い詰められた逆賊。半端に生き残らせると、得てして録なことにはならない。

 問題は、二つ。

 基本と言うからには敵も当然それを予測し、警戒しているだろうという点。そして、もう一つ。


「……奴等の本拠地は、どうなのですか。把握できたのですか?」

「む? ……あぁ、君はロータス君か。かの【水花サファイア】のだとか」

「…………」


 ジンさんよりは密やかに、ロータスさんが舌打ちする。

 優雅に、冷静にと心掛けている彼にしては、珍しいことだ。詰まり、それだけ隊長の言葉は地雷だったわけである。


 キルシュ隊長は、自身の口がたった今他者を傷付けたと気付きもせず、上機嫌に笑った。


「話の最中に割り込むのは無礼だが、君の御実家を思えば、それくらいの事は不問に伏そう。そして何より、的を得た質問ではあるからね」

「……ありがとう、ございます」

「ははは、構わないとも。お父上に宜しく伝えてくれたまえよ?」


 ギリィッと音を立てて、ロータスさんが歯を噛み締める。

 堪えてはいるものの、抑えきれず立ち上る怒気にはらはらとしつつ、私はキルシュ隊長のに驚いていた。

 ジンさんも同意見なのだろう、先程までの嫌悪感を無くして、唖然と呟いた。


「……スゴいなアイツ。人を怒らせる天才かよ」

「……いやあ、貴族様の典型オールドタイプ過ぎて、寧ろ笑えてくるよなぁあの旦那」

「確かに」


 いつの間にかラットさんまで立ち上がっていた。その唇にはなんと、皮肉げな笑みさえ浮かんでいる。


 ――場を和ませるという意味では、指揮官向きかも知れませんね。


 出汁にされたロータスさんには、たまったものじゃないだろうけれど。

 これはこれで、稀有な才能と言えなくもない――ぜんぜん全く、これっぽっちも羨ましくならない才能ではあるが。


 自分を見る部下たちの眼に、先程までとは毛色の違う冷たさが浮かんでいることに気付く素振りもなく。


「話す順序があったがまあいい。ここで開帳といこうじゃないか。この私が考え付いた、!」


 底抜けに明るく、何処までも果てなく楽しそうに、キルシュ隊長はその作戦を、私たちに示したのだった。

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