2―6燻り。

「亜人が、憎まれている……?」


 私の故国では、【異能】を持つ亜人はそれはそれは歓迎されていた。

 基本的に人間よりも優れた身体能力を持ち、且つ呪術より即効性の高い【異能】さえ併せ持つ彼等は、味方となれば何より心強く、敵となれば悪鬼羅刹の如し。時には城を捨て置いても、彼等の首を獲らねばならない程だった。


 言うなれば、神の一種。善なる神か悪神かはともかく。

 それが、憎むという感情で語られることは、私にとっては違和感でしかない。首を傾げる私に賛同するように、ゼンカさんは頷いた。


「神の如し、というのは的確ですが。この大陸においてその名を名乗れるのはただ一柱、秩序神たるアードライトのみなのです」

「神がひとり? 変わった文化ですね……」


 それは、忙しそうだ。

 私の国では、神は驚くほど大勢居られたものだ。それぞれ司る職務が異なり、協力し合って国を治めていたのである。それをひとりで全て行うというのは、大変どころの話ではない。

 ジンさんとロータスさんは、曖昧に笑った。


「まあ、神様自身はともかく、それを信じる奴等は自分の神様以外は偽物、とか思うんだろ」

「或いは、一番か。自分の奉じる神こそが他を隷属させるに足ると、誰もが証明したがるものだ」

「はあ」


 のようなものだろうか。

 確かに、誰もが己の仕える主君こそ一位、混沌渦巻く火土の国を治めるに相応しいと確信して盲信し、猛進する。

 信じる誰かがいるのは幸いだ――不幸なのは、

 誰もが己の正しさに突き進む。

 ぶつかり合えば――退。どんな手段を使ってでも。


 正義のためなら、人はどこまででも邪悪になれる。神様も――或いは、そうなのだろうか。


「……ところで、お嬢さん。それからそこの馬鹿平民

「お前今、とんでもない悪口を言わなかったか……?」

?」

「条件?」

 私とジンさんは、揃って首を傾げる。「それはその、生まれなのでは? 貴族の子は貴族ということでしょう?」

「違います。貴族の子として生まれても、貴族と認められるには条件があるのです。それは――使









「【異能】は、神の加護と言われています。秩序神のもたらした、奇跡だと。それを使いこなす者こそ、貴族として認められるのです」

「【異能】が、神の奇跡……」

「さてところで。ご存知の通り亜人は、。それがどういうことだか、お分かりになりますか?」

「詰まりは嫉妬だよ、下らない話だ」

 ロータスさんが、不愉快そうに吐き捨てる。「力を独占できないことが、随分と恐ろしいらしい。貴族って奴は、本当に、どうしようもない奴等さ」


 私も含めてな、と自嘲気味に笑うロータスさんを、私たちは気まずい思いで見詰める。

 彼の正義は、周囲とぶつかってしまったのだ。そして、誰もがそうであるように、彼等は互いを思いやろうとはしなかった。


「私は、あぁはなりたくない。貴族、貴族。誰もが彼等を憎んでいる。……彼等貴族自身でさえも、な」









「……【土竜】の仔ら、やられたのか?」

「らしいな、アジトをやられた」

「またかよ……これで、何回目だ?」

「貴族の奴等……本腰を入れてきやがったな。巡視隊ガード、貴族の狗どもめ!!」

「そう、憤るな。逆に考えろよ、お前ら。貴族がやる気出したってことは、それだけ俺らのやり方が奴等の気に障ったってことだ。

 ……あと一歩だ、お前ら。もう少しで、奴等の足を掬える。

 変えるんだ、この街の仕組みそのものを。俺たち、【土竜】盗賊団の手でな!」









「…………」


 邪な熱気に盛り上がる、薄汚れた服装の男たち。全身をローブに包んだ男は、少し離れた暗がりでそれを眺める。

 無言で、何の感想も表に出さない男は、彼らの熱意と悪意と、自分手前な義憤を静かに眺めながら、静かに踵を返した。


 は良い。相手の足元であれば、なおのこと。


 危険な種火を見逃すと、男は、そこにどんな薪をくべるべきか慎重に考え始める。

 燃えろ、と男の唇が小さく呟いた。燃えろ、歪んだ栄光。

 

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