2―2道。

「「「お疲れ様ーー」」です」


 コツン、と木製のジョッキをぶつけ合い、私たちは中身を一息に飲み干した。

 半分くらいは泡だったのではないかと思わせる量だ。それに、微かな苦味が舌に残る。


 大陸のお酒は、余り味わい深くない。故郷の酒は、何と言うか、刃のように鋭く脳に届くような冷たい酒気があった。


 苦味を打ち消すように、私は魚の揚げ物を頬張る。サクサクの衣は、私の知る揚げ物とは違う感触。だが、そこから溢れる熱々の白身魚には馴染みがあった。

 野菜を刻んで卵と和えたソースに浸けて食べると、とても美味しい。そして同時に、この味の濃さなら先程の麦酒エールとは合いそうだと思い直した。


 文化とはこういうものだ。

 食べ物と飲み物と、組み合わせって良いものになる。


「っぷはぁーっ!!」


 お代わりも飲み干して、ラットさんが盛大なげっぷを吐き出した。

 本部に報告しに行ったロータスさんがいたら、きっと嫌そうに顔をしかめただろう。

 私とジンさんは気にしない。飲み方は人それぞれだと私は思うし、ジンさんはそうした、ある種の粗暴さに慣れているようだ。


「しっかし、ここんとこ任務続きで疲れたなぁ。おにーさんは肩凝ったよ全く」

「だらしねぇなぁ」


 そう言うジンさんも、両手で包み込むようにして慎重にジョッキを傾けている。恐らく、片手では握力が不安なのだろう。

 因みに、ジンさんのジョッキの中身はアルコール分を取り除いた生姜味の飲み物である。程好い炭酸と苦味が、まるでお酒のようなのだそうだ。

 そこまでして、お酒を飲む必要は無いと思うのだが。まあ、その辺りは本人の勝手だ。


「確かに、えっと、三日ほど連続でしたね」

 しかも、どれもが盗賊の殲滅。詰まりは夜からの仕事だ。「けれど、これで一段落なのですよね?」

「ロータスは、そう言ってたな」

「最後らしく、結構持ってたなぁ奴等。羨ましいぜ」

「転職の希望ならに言いな、おっさん」

 私の注意で渋々皮袋を差し出した時の事を思い出したのだろう、ジンさんは鼻を鳴らす。「さぞかし引き留めてくれるだろうよ」


 馬鹿にしたような、と言うよりも馬鹿にした様子のジンさんに、ラットさんは呆れたように大袈裟なため息を吐いた。


「解ってねぇなぁ坊やは。おにーさんはね、楽して稼ぎたいの。貴族の家に忍び込んでお宝盗むのは、生憎と楽の部類にゃあ入らんのよ。待ち伏せして、出てきたそいつらから奪う方がもっと楽!」

「不純な動機ですね……」


 しかしまあ、楽するためにラットさんを笑うわけにもいくまい。

 そもそも人は、楽をするために苦労する生き物なのだ。世界のどこを見渡しても、未来のために現在を犠牲にする生物なんて他にいない。


 他の多くの獣は知っている。

 未来なんていうあやふやなもののために、現在の空腹を我慢するのは歪んだことだと。


「ところで、ここは奢りですよね? その努力に免じて、

「は?」


 私の言葉にジンさんは目を丸くし、ラットさんは青くなった。こういう変化は、面白い。


「おいおいおいおい」

 一気に大人しくなったラットさんの代わりに、ジンさんが私に顔を寄せる。「? どういうことだよそりゃあ」

「餌ですよ、ジンさん。三つも袋が見付かれば、

「っ、てことは、ラット、テメエ……!」

「い、いやあ、ははは」

「ジンさん、


 私の言葉にラットさんは慌てて腕を引いたが、ジンさんはそれより素早くその手首を掴んだ。

 ボトッ、と思ったよりも重い響きと共に、見覚えのある皮袋が煤けた机の上に転がり出る。すかさず拾い上げ、私はその重さに眉を寄せた。


「思ったよりも有りましたね。一番重そうなものを、ラットさん、目敏く見定めたのですか……」

「ったく、こそ泥みたいな真似をしやがって……っておい!!」


 、ジンさんは再び目を見張った。

 投げられたラットさんも、少し驚いているようだ。二人の反応に、寧ろ私は驚いたのだけれど。


「ジンさん、どうかしましたか? こうした飲み屋とはいえ、あまり騒ぐとご迷惑ですよ?」

「どうもこうもあるかよ、お前……ラットのこと、見逃したって……何で言わねぇんだよ?」

「はあ。隠したのは解りましたが、先程指摘したときに左袖を庇うまで、詳しい場所までは解りませんでしたから。何処かに持ってます、じゃあ、拷問するしか無くなるじゃないですか」

「……え、お嬢ちゃんは選択肢に拷問ってあるの?」


 実際、見事な腕前だった。

 台の上の残数から掠め取ったことは解ったけれど、そうでなければ気付くことも出来なかったに違いない。

 褒美を与えられる身分に私はないけれど、もし私が将だったなら、多分褒めてやったろう。


「そういう問題じゃあ無いだろっ!」

 ダン、と力強く机を叩いて立ち上がったジンさんは、周りからの視線に慌てて座ると声を潜めた。「そんなのは、えっと……あ、横領だぞ……!」


 私は首を傾げた。

 ジンさんが何を憤っているのか、全く解らなかったからだ。だって――


。代わりに、見事な技で隠したのですから、寧ろ褒めるべきでは?」

「……盗品だぞ、持ち主がいるんだ」

「それはいるでしょう、自分で取り返すことを諦めた持ち主が。……座して吉報を待つような愚鈍は何もかも失う。それもまた、世の習いでしょう?」


 同意を求めて見たラットさんは、ため息混じりに首を振っていた。


「……もういい、今更袋を返しても、問題が大きくなるだけだ。けどな、カノン。お前が選んだ道は、そんなを助ける道だ。そいつらを突き放す道じゃないってことだけは、良く覚えとけよ」


 それきり、目の前の皿に視線を落としたジンさんは、食事の間一度も口を開かなかった。


 私もまた、閉ざされた門の前に並べる口上も持たない未熟者だ。

 黙って魚を食べ、パンを食べ、酒を飲む。異国の酒は、やはり苦く感じられた。

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