1―11終幕、宴の夜

 試験の終わりと共に、試験会場では祭りが始まった。


 入隊試験の恒例らしい、観客と候補生たちが混然となって行う大騒ぎ。

 誰も彼もがその手に肉や酒を掲げ持ち、歓声を上げながら喚く。作法も何もあったものじゃあないばか騒ぎに、俺は苦笑しながらため息を吐いた。


 カノンの言うことが、良く解る。


 ついさっきまで剣を振るい武をぶつけ合っていた者たちが、今ではそんな過去など無かったように笑いジョッキをぶつけ合う。

 戦いの影が全く無い、騒いで笑うための祭り。


「………良いよな、こういうのは」

「あ、ジンさん!」


 噂をすれば彼来る。

 駆け寄ってくるカノンの笑顔は晴れやかで、この場のばか騒ぎに相応しい。


「治療は終わったんですか?」

「あぁ。流石は巡視隊だな、治癒魔術師も一流だぜ」


 ガッツポーズをして見せると、カノンは安心したように息を吐いた。


「かなり痛め付けられていたので、心配してたんです。死ぬことはないでしょうけれど、今日はもう起き上がれないんじゃないかって」

「はは、その割りに、割りと食って飲んでたけどな?」


 カノンの後ろから茶化すように、ラットが言う。そういう本人の顔は耳まで真っ赤で、相当いるようだ。


「い、いえ、その。安心したらお腹も空きましたし、皆様が杯を勧めてくださって」

「杯? お前、呑んでるのかよ!?」

「え、えぇ。………故郷では、10才から大人ですよ。私はもう15ですし、構わないかと」


 そういう問題だろうか。

 首を傾げる俺に、ダメな大人代表みたいなラットがヘラヘラと笑い掛けてくる。


「まぁ、気にすんなよ。こういう場で飲まない方が酷だし、それになんと言っても今日の主役はお嬢ちゃんだからな!」

「う、うう、お酒臭いです………」


 親しげに肩を組むラットに辟易した様子で、カノンがため息を吐く。

 次の瞬間にはその抱擁から魔法のように逃れて、カノンは俺の隣に立っていた。ラットの話では結構呑まされている筈なのに、その足捌きには淀みがない。呑み慣れているというのはどうやら本当のようだ。


 急に支えを無くしたラットが転ぶのを蔑むように見てから、カノンは肩を落とす。


「私が、その、教官を倒したので。皆様盛り上がってるんですよ」

「あぁ、まぁそれはしょうがないよな」


 多分、倒した事だけではなくて、その倒し方にも理由はあったと思うが。

 教官を相手にカノンが見せた躍りは、それだけ見る者を惹き付けたということだろう。俺も、少しは見とれたし。


 抜き身の刃のように鋭く、素早く。

 可憐な花の繊細さと荒れ狂う竜の力強さ。

 相反する2つの要素を兼ね備えながら、けして破綻しない美しい強さ。見映えもしようというものだ。


「有り難い、話ですけどね。を見せて引かれないというのは」

「………そう、か」


 それもまた、平和の恩恵かもしれない。

 戦争の武器に過ぎない剣舞を見て物珍しさに浸れるというのは、戦いが日常ではない証なのだ。


「ここでなら。私も、ここでなら、誰かを守れる気がします。この力で」

「………あぁ。良かった。本当に、それは良かったよ」


 自分の力を、自分自身を誇れるというのは幸せなのだ。


 ――も、そうできたら良かったのにな。

 カノンと笑い合いながら、俺はもう一人の友人を思い浮かべる。

 己の実力を、見せる機会さえ奪われた、不遇の友人の顔を――。













「………どうだ、俺の言った通り。あいつらは突破したぞ?」

「そうですね、ロータス坊ちゃん」


 壁の上から騒ぎを見下ろして、ロータスは嬉しそうに笑う。

 その態度に、執事の青年はため息を吐く。こういう、友人に対する甘さこそが、本家が少年を冷遇させる原因なのだと彼は気付いていないのだろうか。


 とはいえ。

 今回ばかりは気持ちも解る。ラデリンの評判を少しでも知っていれば、彼に勝った子供というのがどれだけ奇跡的かというのは言うまでもないのだ。

 特に、あの少女。


 軽く眼鏡を擦りながら、執事は異国の少女を見下ろす。


「………あの剣術は、実に恐ろしいですね」

「ん? 何か言ったかゼンカ?」

「いえ」


 首を振り益体もない想像を追い払うと、執事、ゼンカはその黒い瞳を瞬かせ、主たる少年へ向き直る。


 無表情に見下ろすその黒を見返して、ロータスは悪童じみた笑みを浮かべる。


「そう言えば。俺に班長をやらせるとか言ってたな。なら、


 なんと解りやすい頼みだろうか。

 もう一度、壁の下で騒ぐを見下ろして、ゼンカは肩をすくめた。


「畏まりました。まぁ、くらいはご希望に沿いますよ」













 試験を行っていた石舞台では、数人の男女がダンスを踊り始めている。

 本格的に祭り騒ぎだ、既に半数以上はその辺でぶっ倒れていた。

 教官も、今日くらいは多目に見るつもりなのだろう。騒ぎを笑いながら見守っている。


「おい、嬢ちゃん!」


 出来れば止めてほしいと思いながら見詰めていると、舞台の上から私に声がかかった。

 嫌な予感がする。恐る恐る顔を向けると、赤ら顔が手を伸ばしているところだった。


「何ですか?」


 解りきった問いかけだ。宴もたけなわ、主役に求められるのは注目の中でのダンスなのだろう。

 無理だ。

 剣の型さえ出来なかった私だ、異国の躍りなんてステップも踏めない。


 どうやってかわすか。考えつつ、無意識に後退りかけた背中を、ポンと誰かが気安く押した。


「え? ジンさん?」

「………」

「む、無理ですよ、私躍りなんて………」

「馬鹿。あいつらの顔、良く見てみろ」


 言われて、舞台の方へと振り返る。

 見覚えのある顔だ、共に訓練を越えた同期生たちだろう。

 ………私を馬鹿にした人がいた。 良い気味だと嘲った人も。


 気まずそうに眉をしかめながら、それでも彼らは笑って手を伸ばしている。


「あいつらはさ、自分の一番ダメなとこお前に見せたやつらだ。………仲良くなるなら、お前も、?」

「………嫌な、ところ」


 彼らとは、違うところ。

 殺し合いの中で磨いた私。他人の血と、恨みの鎚で鍛えた刃。


 それを見た彼らが、伸ばしてくれた手。

 仲良くなるなら、掴むしかない。


「………やれやれ」


 それでもみっともなく躊躇う私を、ジンさんは軽く追い越していく。

 石舞台に軽やかに登り、そして。

 


 私は目を見開いて。

 それから、出来る限り微笑んで、その2本の手をしっかりと握り返した。













「………はいはい、どうっすか。見事に潜り込めたでしょ?」


 物陰、騒ぎから離れ。観客からも貴族からも死角となる位置で。

 顔を隠した何者かと親しげに言葉を交わす。


「あの坊ちゃんがリタイアしたときはビビりましたけどね。結果オーライでしょ、


 遠くで歓声が上がる。

 石舞台の上で、カノンが例の剣舞を披露しているようだ。相手をしているジンには、時々冷やかしが飛んでいる。


「えぇ、俺たちの狙いは悟らせませんよ。解ってるでしょ、手慣れてますからね、俺」


 ついさっきまで酔っぱらって前後不覚に陥っていた筈の顔に笑みを張り付け、ふらつくこともなくしっかりと立ち、はジョッキを傾ける。

 溢れた、血のように赤いワインを見下ろしながら、ニヤニヤと肩をすくめた。


「潜入のお仕事なら、この幸運のラッキーラットにお任せですよ、?」













 こうして、試験は終わり。

 私は、夢への一歩を踏み出した。

 賑やかな人々、信頼できる仲間。順調すぎる第一歩だ。


 ………怖いくらいに。


 躍りながら、私は再び決意する。

 この血塗られた全身ででも、私は、こういう人たちを護ってみせる。

 そしていつの日か。胸を張って、あのお姉さんにお礼を言うのだ――貴女に憧れた私は、こんなに立派になりました、と。


 祭りの夜は更けていく。

 今まで知らなかった程、騒がしく、笑いに満ちて。


【第一章 完】

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