1―7

「………まるでお祭り気分だな、こりゃあ………」


 試験会場の様子を見て、俺は鼻を鳴らす。


 街の中央、門前広場。

 試験のために用意された石舞台の周りには、観客野次馬が騒々しく集まっているし、さらにその周りには彼らを狙った屋台が組み上げられている。正に黒山の人だかりだ。


 酒を提供する屋台まであるらしく、観客たちは地面にあぐらをかいて、ちょっとした宴会気分である。


「彼らはまだ、親しみが湧きますよ。………ほら、あそこ」


 俺の袖を引くカノンに促され、視線を向ける。

 門前広場の名の由来、貴族地区をぐるりと囲む城壁の門。その上の城壁には、立派な身なりの男女が椅子に腰掛け見下ろしている。


「彼らにとっては、気分なのでしょうね」

「壁の向こうは別世界か。くそ、馬鹿にしやがって」


 まあ、無理もない。

 かつての前線基地であるこの街は、そもそもが壁で囲まれた一角しか無かったのだ。平和な時代に代わり、人々が壁の回りに集って出来たのが今現在。

 貴族にとっては、壁の外は異邦人の溜まり場なのだ。排除しないだけ、寛大とさえ言えるだろう。


 俺の憤りに、カノンは穏やかに首を振る。


「私の故郷でも、こういった造りはありました。領主の城と、城下町。壁や堀は、城の周りにしか無いものです」

「………お前のとこは、年中戦争なんだっけ? それで大丈夫なのか?」

「勝てば自分のものになる村を焼く人は、そうは居ませんよ。寧ろ民衆を説得し、城の包囲に協力させる方が得ですから」

「そんなものか………」


 戦争だったら、住人も畑も気にせず焼き払うものかと思っていたのだが。流石にそんな、地獄みたいなことはまかり通らないのか。

 カノンは、再び首を振った。


「いえ、戦争は地獄ですよ。ただ、地獄にも法や理があるということです」

「………そうか」


 俺には、理解できない世界だ。

 カノンにとってこの大陸が別世界だったように、俺にとっても海向こうの島国は別世界らしい。考え方の基本からして、恐らく全く異なるのだろう。


 やれやれ、と俺は肩をすくめると、振り返った。


 もう一人のチームメイト、ラット。

 俺やカノンよりも歳上なはずの青年は、時間からくる威厳というものを何処かに落としてきたのか、世にも情けない顔つきでうずくまっていた。


 血の気の引いた青白い顔でぶつぶつと呻く年長者に、俺は大きくため息を吐いた。


「………あんたも、いい加減覚悟決めろよ」

「う、うるせえっ!!」


 ラットは悲鳴じみた声をあげ、バネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。

 そのまま両手をバタバタと動かす様は、宝箱プレゼントから飛び出す道化人形ピエロそのものだ。気持ち悪い。


「こ、こんなの聞いてねぇよ! まさか、【巨狼殺しウルフキラー】が相手だなんて………」

「ウルフキラー? なんだそれ」

「あの教官だよ、知らねえのか? 例の【魔女の森】に踏み込んで、化け物みてぇな狼を独りでぶっ殺したんだよ!」

「なんだそれ。眉唾な話だな」


 神話の英雄じゃあるまいし、そんなことが出来る訳がない。だいいち、そんな狼がいるわけないじゃないか。

 カノンも、ちょこんと小首を傾げる。


「あの人が強いというのは解りますが、化け物退治というほどでしょうか………?」

「本当なんだって! 何で信じないんだよ!!」

「………」


 言ってるのがあんただからだ、とは流石に言えず、俺とカノンは口を閉ざした。

 世の中、言って良い事と悪い事とがある。


 あああと大袈裟に嘆きながら、頭を抱えたラットが崩れ落ちた。


「無理だ、無理だよ無理なんだって! 俺らじゃあ束になっても無理なのに、3対3なんて絶対に無理だ!」

「そんなの、やってみなきゃ解らないだろ」

「解るわ! お前、狼より強いかっ!? 俺は弱いぞ、全然弱い。狼より強い相手になんか勝てるわけないだろうが!」


 俺は、大きくため息を吐いた。


 気持ちは解る。俺だって、教官にはかなり搾られたし、実際に訓練しても丸っきり歯が立たなかった。

 それに、今回はコンビネーションを問われるチーム戦。にわか仕込みでは相手にならないだろう事は、容易に想像できる。

 できるが、しかし――諦める理由にはならない。


 力を振るうことを望みながら、果たせなかった奴がいる。

 力を振るう機会を与えられながら、望まなかった奴がいる。

 それに比べれば、ただ困難なだけの試験なんか大したことはない。何せ、挑めば良いだけなのだから。


「作戦通りだ。お前らが耐えて、俺が一人倒す。………たとえ、教官が相手でもな。カノンは大丈夫かよ?」

「はい、秘策があります!」

「へえ?」


 カノンの運動神経は伊達ではない。それを活かせば、或いは下手くそな剣術しか使わなくとも善戦できるかもしれない。

 ラットも顔を上げて、期待で瞳を輝かせる。

 二人分の視線を受けて、カノンは慎ましい胸を張りながら右手を差し出した。


「これです!」

「………これ?」

が、秘策?」


 剣を握った右手を、布でガッチリと縛ってあるようだ。

 俺の心に、不安の影が忍び寄った。ラットも同じ気持ちなのか、ごくりと音を立てて唾を呑み込み、緊張している。

 まさか――。


 カノンが、自信満々に頷いた。


「はい! !!」


「………無理だ、無理だよ………」


 ラットが、とうとう地面に倒れ込んだ。

 ………気持ちは、解る。










「………ご学友の子供らは、最後のようですね、ロータス様」

「らしいな」


 執事からの報告を受け、俺は静かに頷いた。

 城壁から見下ろす会場では、既に二組ほどの試験が終わっている。俺が抜けて15人だから、二人が6組と、半端が一組出来る訳だから、彼らの出番はもう少し先だ。


「ジンなら、何とかするだろうな」

「ふむ、彼の剣術はそれほどなのですか?」


 椅子があるというのに背後で律儀に立つ執事の言葉に、俺は首を振った。


「奴は農民だったらしいからな、剣術は訓練でしかやってないだろう」

「それでは、流石に無理なのでは?」

「どうかな」


 農作業は、上から下へ鍬を振り下ろしたり、或いは斧を振り抜いたりという作業の繰り返しだ。

 言うなれば、全力での素振りを毎日毎日行っているようなものだ。身体は、誰よりも出来ているだろう。


 人は、大地よりも弱い。奴の振り下ろしを油断して受ければ、番狂わせも有り得るだろう。


「………私としては、あの無礼な少年には世間の厳しさを学んでほしいものですがね」

「無礼も何も無いだろう。俺もあいつも、今日までは同じ志願者にすぎない。………そして明日からも、きっと同僚さ」


 巡視隊には貴族も庶民も無い――少なくとも表面的には、巡視官同士は平等だ。あるのは、階級だけ。


「新参者同士だ、遠慮なんていらないだろ」

「そんなこと、当主様が許すわけが無いでしょう」


 やれやれとばかりに首を振ると、執事はキラリと眼鏡を光らせる。


。庶民と同列などあり得ない」

「なんだと!?」

「………良い機会です、ロータス様。貴族とは。権利ではありません。人々の上に立ち、奉仕される義務なのですよ。放棄することは許されない」

「………」

「試験が終わり次第、班を考えましょう。しっかり庶民を支配してください。貴族らしく、ね」


 何もかもすべて、お膳立ては済んでいるというわけだ。


 俺は脱力感に襲われながら、椅子に深く体重を預けた。

 結局この世に、俺の自由になることは何一つ無いのか。これではまるで、支配の奴隷ではないか。


 ――やはり、お前が羨ましいよ、ジン。


 逆境に挑む自由を持つ者の、強い目を思い出して、俺は静かにため息を吐いた。


 試験はつつがなく進行している。いよいよ、次は彼らの番だ。

 せめて、あぁせめて。

 彼らと同僚になれることだけは、叶って欲しい。俺はいつしか目を閉じ、そっと神に祈っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る