単にからかって遊びたいだけ
「昨日はすごかったねぇ」
「ホントホント。まさかぼくたちがいる前でさぁ……」
「あの人も、なかなかやるようになったよね」
四限目が終わり、今は給食とお昼休みの時間なのだが、今日の子供たちのおしゃべりは、先ほどからずっと同じ話題で持ちきりだ。
いわく、一部の子供たちが誰かの告白現場を目撃したとかで……。
「寺本先生ってさ、けっこう肉食系だったりするのかも?」
早々と給食を食べ終え、次の授業で使う教科書に目を落としながらだんまりを決め込んでいた俺の耳は、突如登場したその名前にとっさに反応した。教科書を閉じ、話している子供たちのところへ早足で駆け寄る。
「なぁなぁお前ら、今寺本先生って言った?」
突如話に参加してきた俺に少し気圧された様子ながらも、話していた子供たちのうちの一人が答えてくれる。
「うん、言ったよ。おれたちの出身保育園は山ヶ岳なんだけどね、そこでお世話になってた先生なんだ」
「っていうかまぁくん、寺本先生のこと知ってるの?」
別の子供に尋ねられて、あぁ、と俺はうなずいた。
ちなみに『まぁくん』とは俺のあだ名である。……こんなあだ名で呼ばれてたり、普通にタメ語で話しかけられてたりと、この時点で完璧敬われてる感ゼロなのだが、これでも俺は一応こいつらの担任教師だったりするのだ。
「実はそいつ、俺の友達なんだ」
当然あちこちから、そうなのぉ!? とか、まぁくんと寺本先生って知り合いだったんだ!? とか、そういった驚きの声が上がるが、こっちだってきっと同じくらい驚いている。
子供たちの口から『寺本』と名前が出た時は、正直まさかと思ったし、話しかけたのも半ば半信半疑での状態だったけれど、山ヶ岳保育園と聞いた時点で俺は確信した。
間違いない。彼らが話しているのは、寺本陽平――高校時代から付き合いがある俺の友人で、現在は保育士として働いている、あの男のことだと。
しかも彼らが話していたのは、どうやらあいつの色恋のことのようだ。俺にはそういう話をしてくれたことがないのに。あの野郎、一体いつの間に……。
「なぁなぁ、さっきの話。詳しく聞かせてくれよ。寺本先生が昨日、誰かに告白したの?」
子供たちに向けている今の表情はきっと、至極意地の悪いものなんだろうと思う。これって小学校教師としてどうなんだろうとは思いつつも、ここで話を止める気は全くない。
そんな俺の表情に何かを感じたのか、子供たちもまた意地の悪そうな表情になった。まるで、これから一緒に悪戯を仕掛けようとしているみたいだ。
これまで話していた何人かの子供たちと、さらに集まってきた元山ヶ岳保育園のメンバーたちと、そして俺。一つの場所に十人ほどが固まって顔を寄せ合うと、子供たちは一人ずつ順番に、昨日の出来事を話してくれた。
「あのね――……」
話を聞き終えた俺は、それはもうえらく憤慨した。
「何だよあいつ! 十も年下の女の子と、そんな美味しい展開に……しかも子供たちの見ている前で、熱烈にキスだなんて……!!」
「まぁくんも見たかった?」
「当然だろう!!」
悪戯っぽい視線を向けてくる子供たちに、俺は鼻息荒くうなずく。
本当に惜しいことをした。昨日俺の知らないうちに、そんな美味しいイベントがあっただなんて。しかも梨の木が植わっている公園って、こっから近いじゃないか! 行けばよかった……くそぅ。
「あぁ、俺があの現場にいたら……寺本のこと、完膚なきまでにからかって冷やかしてやったのになぁ」
がっくりと肩を落とす俺の肩を、子供たちのうちの一人がポンッと叩く。どこか弾んだ声で、俺を励ますように言った。
「大丈夫だよ、まぁくん。この話を寺本先生にしてさ、思いっきり照れさせてあげたらいいじゃん!」
「そうだよまぁくん! きっと寺本先生は、まぁくんが私たちから話を聞いたって知らないはずだし……まぁくんの口からこの話聞いたら、すっごくうろたえると思うよ!!」
そうだよ! とか、頑張れまぁくん! とか、次々と発される俺を鼓舞する声に、俺はこれまでうつむいていた顔を上げ、ぐっとガッツポーズをした。
「そ、そうだよな! 俺がお前らからこの話聞いたって言えば、きっと寺本の奴うろたえて顔真っ赤にするよな! 本人から詳しい話を聞き出してやれば、今からでもめっちゃからかって遊べるよなっ!!」
「そうだよまぁくん!」
「いっぱい寺本先生をからかってあげてよ!」
ノリノリの子供たちと、図に乗るいい大人(俺)の姿は、どこからどう見ても教師と生徒のそれには見えないだろう。同僚に見られたら確実に引かれるだろうけど、そんなこと関係ないさっ!
「よぅし、待ってろみんな! 次の休みにはあいつを――寺本を飲みに誘って、散々からかってやるぜっ!!」
「頑張ってまぁくん!」
「報告待ってるよ!」
「よーし、やる気出てきたぁ!!」
掃除開始のチャイムをかき消す勢いで、一気に騒がしくなる四年二組の教室。まるでこれから戦地にでも赴くようなこの熱気に、廊下から見ていた他のクラスの教師や生徒たちが若干引いているのが視界の端に映ったけど、この際どうでもいい。
――その後、あまりに熱中しすぎて掃除の時間を華麗にスルーしてしまっていたために、四年二組の代表として俺が教頭先生に怒られてしまったのは、また別の話である。
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