04 闘争
既に終電の時間を過ぎたこの時間、あれだけ騒々しかった繁華街は僅かな店の明かりを残して沈黙し始めていた。
路地に入り、ワーディングを展開する。これでその内気付いて来るだろう。
「
祝詞を上げ始める。
これからこの場所を汚してしまうことへの赦しとこれから死に行くものへのいのりのことばを。
途中、人の気配を感じるも向こうも待つようであり、最後まで続ける。
「・・・
静寂が辺りを包み込む。
「お待たせ致しました」
振り向き先程とは違う、UGNの戦闘服を身に纏った男に声を掛ける。
「まさかとは思ったが本当に来てるとは思わなかったぜ…、死線の赤がホンマモンの巫女さんだとも思わなかったよ」
数時間に感じた殺気は既になく、何か感慨深そうにこちらを眺める。
「なあ、なんでFHなんかにいるんだ? 俺にはあんたがジャーム化しているようには思えないし何かを破壊したいと考えているようにも見えない。確かにお前さんは人を殺していたがもしかして誰かに操られて」
「私は私ですよ、私の意思は私のものです」
言葉を遮る。少なくとも、今の浅凪凪波は私だ。
「そうか…、なら尚更だ。今からだって遅くはねえ、そりゃ暫くは自由にとはいえんがあんたの様子ならこっち側でもやってける。俺の下に付くならそれなりの便宜も図ってやれる、だからFHなんか抜けてこっち側に来い」
真剣な彼の目に嘘はない。心の底から私を救いたいと思っている。
「とても、嬉しい、お言葉です」
また、これも心の底からの私の気持ちであった。
「しかし、私はそちら側にはもう行けないのです」
懐刀に手を掛ける
「私はあまりに業を背負いました。これからも背負い続けます。これは」
そうこれは
「私に掛けられた私だけの呪いですから」
刃を取り出す
「そうか、なら仕方ねえな」
血が滴り連なる
「それでは、改めまして。浅凪凪波でございます」
「初めまして、“ブラッドハウンド”
「ン? マスターレイスのネーチャンはどうした」
「ご安心ください、彼女は来ません」
携帯電話を取り出し、綻びを断つ。いとも簡単に解けた機械を地面に放る。
「ハハハハハッ!! そーかいそーかい」
楽しそうに笑って指を耳に押し当てる。
「おう俺だ。応援はいらねえ。ああッ?! いらねえっつてんだろッ! 来たらぶっ殺すッ!!」
そう言い放つと指を放す。
「ブラックドッグとブラム=ストーカーのダブル、ですか。手の内を見せてよろしかったのでしょうか?」
「おっと、まだ決めつけるにゃはええぜ。もしかするとってことも…ああ、まあダブルだよ。俺はお前さんのこと知ってるのにあんたは知らないってのはちーとアンフェアだろう」
「味方を呼ばないのも、でしょうか?」
「まー、そんなところだ。実際にゃ雑魚が何匹いたところで犠牲がふえるだけだしな。俺の可愛い部下を無闇に殺されたくはないんで、いや、あんたは殺さないんだったか。ま、どっちだっていいさ」
赤い刃に紫電が絡む
「早え話があんたとはサシでやりたくなった、そんだけだ」ぐっと口角を上げて笑う。
「自信が、お有りなのですね」私は笑わない。
「ハッ! この仕事で自信のない奴は直ぐに死ぬか裏方に引っ込んでやがんよ。とはいってもこれで100%俺の勝ち、ってのは無くなっちまった訳だ。だが、それが面白え」くっくっくとこちらを見据えて笑う。
「それを聞いて安心しました」私は笑わず彼を見返す。解れは未だに視えている。
再び静寂が訪れた。
チリチリと刺す様な殺気が襲いかかる。ここから先は唯の殺し合い、どちらが先に立てなくなるかの持久戦。
緊張で力が入りかけた懐刀の握りを緩め、相手の様子を見る。
構えもなく伺うのを見るにこちらの出方を見て動くつもりらしい。ならば考える間など与えない、一歩踏み出す。
その一歩の刹那、相手が動き始める。
認識出来る速度を遥かに超えて、反応する暇を与えることなく肉薄する。
反射的に強引に腕を振り上げ懐刀で防ごうとするも。
「おせえ」
赤い刃がその腕ごと貫き通す。
「っつ!?」
その痛みを感じると共に悪手を打ったことに気付く。恐らくはブラックドッグ特有の生体電気による脚力強化。そして、その絡まった紫電が身体中を駆け巡り声にならない声が出る。
「があっ!」
「これが俺のブラッドハウンドだ、一度噛み付いたらその電流、中々消えるもんじゃねえぜ」
ずるりと刃を抜かれた後もその痺れがが走り続ける。
苦し紛れに手を伸ばすが
「おっと触らせねえよ」
その指はその体まで届かず宙を開く。
「がっ、カハッ」
身体を巡る電流が不用意に筋肉を動かし傷口から血を吐き出す。
「食らっちまったら後はねえ、諦めておネンネした方が楽になれるぜ」
そう言いつつ気を抜かず距離を取る、隙を見せることは死に繋がることを知っている。
「ほんと、やりにくい相手…」
震える脚に喝を入れて構え直す。
傷口は既に塞がったが失った血までは補充出来ない。
「ところで…、まだ気付きませんかね…?」トントンと太ももを叩く。
「気付かないって何に…」
ブラッドハウンドは視線を落とすと、糸が切れたかのようにがくりと膝から崩れ落ちる。
「いっつ…こりゃあ一体」
多量の血で赤く染まった戦闘服を触りながら一つ開いたナイフ大の穴に行き着いた。
「刺さり所が悪かった、みたいですね」
懐刀の刃についた血を拭いながら笑ってみせる。
「んな訳ねーだろ、あークソッ! 油断してた訳じゃねーがこいつぁ効いたぜ、全く。これがあんたの能力か」
傷が塞がっていく。
「先手を取ったつもりが五分五分かよ、全く格好つかねえなおい!ちっ足が動きやがらねえ」
「……」
「おいなんだァ?」
私は応じず、ゆっくりと間合い離す。
そのまま彼に向かって手を伸ばし、触れる。私だけが視える、その綻びを、摘んで、開く。
「なンの儀式だ、おい」
そのまま袖口に隠していた簪の刃を手首で投げる。僅かの重力操作を加えたその刃は視認出来ない速さでブラッドハウンドへと向かう。
「んなもん効くかっ! オラァ!!」
最早反射の域で強力な磁場の膜を張る。
しかし展開された磁場を縫って、簪はブラッドハウンドへと到達する。
随分と威力は弱まったが、それでも致命傷を与えるには十分であった。
「くそったれ…」
磁場が消えると同時に首筋を抑える。僅かに傷がついた血管から手では防ぎようのない量の血が溢れ出ていた。
「もう無理だと思います」宣告する。
「最期はせめて痛みなく」近づき懐刀を首筋にあてる。
「……はー、そうか負けちまったか」
ふう、と大きく息を吐いて力を抜く。
「でも、いい闘いだったぜ…」
柳谷は憑き物が落ちたように感慨に耽る。
「何か言い残すことはありますか」
「アー、いい。必要なモンはここに入れてある。これは残しといてくれ、遺書みてえなモンだ」
胸からUSBメモリを出す。
もう綻びを広げる必要もない。最後の解れに手を掛ける。
「分かりました。それでは」
「ああ、それから最後に」
「解けるといいな、その呪い」
彼は笑って言った。
私は解いた。
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