01 日課
日暮れ前の人通りの多い繁華街。
それぞれの目的を持った人達がそれぞれの場所に向かっていく。
私はその中で待っていた。
通り過ぎる人は異なるものを見る様にちらりと私を、私の姿を見ては去っていく。
「おっ、お姉さん人待ち? さっきからここに居るけどもしかしてすっぽかされた系だったりする? いやー俺もそうなんだけどさ」
たまにこういう人間もいる。私は黙ってそれを見る。
「でもさあこんな美人さんほっとくなんてそいつも酷いよなー、俺だったら絶対遅れたりしないって、マジで」
「…あなたは違う」
心の中で苛つきながら呟く。解れはない。
「そーそー、俺は違うって。だからさ、どっか」
「消えて、叫ぶわよ」
冷めた目でそう言い放つ。
男は黙り、舌打ちをして悪態をつきながら去っていった。
「……はあ」
一方的に喋る相手は嫌いだ。
あのお喋りに付き合わなくて済んだのだから見えなくて良かったかもしれない。
そう思うことにしてこの苛立ちを抑え、私はまた待つ。
解れのある人間はそう簡単にはいない。
そのまま日が落ち、人の種類が変わる。
「…………………」
見つけた。
私はそれを追って歩く。派手な女性、今から仕事だろうか。
「お姉さん、そう、貴女です」
声を掛けながらさっきの男みたいだなと思う。
「…? えっと、ごめんなさい。何処のお店の方かしら?」
「いえ、初めましてです」
私を見て少し考える素振りをした後申し訳なさそうに聞いてくる。
同業者と思われたらしい、こんな格好だと仕方ないのかもしれない。
私は彼女の顔を真っ直ぐと見つめる。
「あなた」
気負いなく、諦観なく、悪意なく、含みなく、躊躇なく、澱みなく、厭いなく、嫌味なく、宣言する。
「もうすぐ死にます」
***
致命傷という言葉がある。文字通り命に達しうる傷。
この世にあり得るものすべてが、その大小はあれど、致命傷に至る綻びを持っている。
綻びのない存在などない、どんなに頑丈なものでも弱点を突けば崩壊する。
木こりは楽に木を切り倒し、船乗りは波を裂いて行く。武道の達人であれば人の致命傷になりうる僅かな部位を適切に攻撃することが出来るだろう。
そう、前提としてそれは分かっている者であればである。致命傷という綻びは極めて細いものであり作為的に解くことは難しい。
ただ、ごく稀に、偶発的に至ることもある。そう、当たりどころが悪かったという奴だ。軽く小突いただけ、転けて頭を打っただけ、それだけでも致命傷になりうる。
万に一つもない可能性。
***
「はあ?」
途端に表情を変えて立ち去ってく。
最近だと着物の女性が殺してくれるなんて噂でごく稀に喜んで殺されてくれる人もいるので伝えるようにしている。今回は駄目だったみたいだけれど。
私はその背中に向かって指を伸ばし、くい、と綻びを広げる。足元のピンヒールにも指を伸ばす。
彼女は気づけない。
「……」
そのまま気取られないように少し離れで付いていく。
その女性はとあるビルの地下へと降りていく。
「ーっ!?」
小さな悲鳴と階段を転げ落ちる音が聞こえた。
寄ってくる野次馬に紛れてそっと覗き込む。
全く動かないその身体は完全に解れていた。
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