あの場所で、また。

ピョンス

プロローグ 4年目の夏

佐世保の夏は地獄である。

「気候的には長崎は東京より北である」、という言葉があるそうだが、春川将生はそれは冬のみの話、と考えている。

夏は、流石は南国九州と言うべき暑さだ。海が近いこともあり、ジメッとした空気が肌にまとわりつく。建物がまだ少ない市街地では海風が直接体に当たる。

中心街を国道35号線沿いに歩いていた春川は、この不快さに耐えきれず足を早め急いで職場である「佐世保新聞 本社」の入るビルの玄関へ飛び込んだ。

「佐世保新聞」は、昭和中期に設立された新聞会社で、長崎県内でも「長崎新報」と肩を並べるシェアを持つ。近年活字離れが進む中、佐世保新聞は広い世代に親しまれることを重視し、様々なジャンルを取り揃えることで評判は良く、購読する家庭もかなり多い。

そして、地元に愛される新聞社になったきっかけはもうひとつある。


「ただいま戻りましたー」


記者フロアに入ると、何とも爽快な涼しい風が春川を取り込む。そう、この時を待っていた。


「おー、春川お疲れ様」


4つある机の島の、さらに向こう側にある大きな机の主、水巻規夫が春川に労いをかけた。彼の元に春川は向かった。



「汗だくだなー」

「やー、相変わらず暑いっす。まぁそれでも海風が入る分マシなんですが、ジトジトした空気なのも事実で」

「そうか、ご苦労様だった。で、例のヤツは」

「取り敢えず取ってきました。市役所庁舎再建計画の工面。イラストも貰ってきました」


春川が水巻に渡した紙には、5階建ての白く大きな建物が描かれてあった。題名は『佐世保市役所新庁舎建設計画』。現在はプレハブ3階建ての狭苦しい庁舎で業務をこなす佐世保市だが、土地などのメドもついたのでひとまずは一区切りだ。新築後は市役所は佐世保駅前の山側にできる予定だ。佐世保駅は一番海寄りに面しており、いざと言う時にはJR線と松浦鉄道線の高架が「防潮堤」の役割を果たすよう、特殊な工法を用いて堅牢なものにしている。そのため、山側にかなりのスペースが空いた。そこに市役所を立てるというのだ。

さらに裁判所や県北振興局というような官公庁も佐世保駅付近に集められている。

「どこよりも災害に強いコンパクトシティを目指します!」と、市役所を訪れた時に会った担当者の力説が頭に浮かんだ。


「ほぉー、ずいぶんと洒落たデザインだな。まぁ復興のシンボルにしたいんだろう」

「そうだと思います。かなり担当者も気合い入ってましたからね。じゃ、原稿書いてきますんで」

「おう、頼むよー」


と、自分の机に踵を向けてから、


「あ、例の企画はどうなりました?」


再び水巻の元に戻ってきた。


「お、そうそう、その話だが許可が出たぞ」


そう言って水巻は1枚の紙を春川に渡した。いわゆる「プロット」である。


「ありがとうございます」

「ただし条件がある」


普段なら「お前の好きなようにやれ」と放任主義の水巻が珍しく条件を付けてきた。思わず何事かと身構える。


「幅広い世代からの話を聴いてこい。ご年配の方から中学生までだ。『あの日』を多角的に調べあげるんだ」


水巻の珍しく力強い言葉に、背筋が自然と伸びる。


「分かりました」

「とりあえず市内の中学校や高校には声かけてある。まぁあまり進んで話してくれるとは思えないけどな…」


水巻の口調が弱くなる。当然だ。彼もまた「被災者」なのだ。思い出したくない事は1つや2つでは無いだろう。


「とにかく、後世に残る一大企画だ。思う存分やれ。頼んだぞ」


水巻の言葉に改めて記者魂に火がついた。記者歴7年目、春川将生。必ず、100年後に残るような記事を書いてやる。

そして受け取ったプロットに目を落とす。



「12.28 『あの日』をたどって 五島灘地震4年目の記録」


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あの場所で、また。 ピョンス @Midori783

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