44.少女、飛ぶ。

「飛ぶ!? 私が!?」

「あぁーそういうことね!」


 驚愕するニチカをよそに、納得したと言った感じのシャルロッテは荷物を漁り出した。


「はいはいはい、ちょーっと待ってね。確かこの辺りに……あらっ? 違うわね、えーと」


 あらゆる荷物がふろしきから引っ張り出されてそこらに投げ捨てられる。あきらかに入れ物より大きな体積の物が取り出されているように見えるが、この世界に段々慣れてきたニチカは何も言わなかった。人は順応する生き物でなのである。その横でオズワルドはボソリとこぼした。


「整理くらいしておけ」

「うるっさいわねー、いつもは受注してから用意してるの。いきなり売ってくれってのはあんまり――あったぁ!」


 パッと顔を輝かせたシャルロッテは、ようやく一つの箱を持ってきた。弁当箱ほどの大きさの木箱を受け取った少女はそっと開けてみる。中に入っていたのは予想外の物だった。


「ホウキのミニチュア?」


 手のひら大のそれは精工に作られてはいたが、どう見ても人が乗るサイズではない。猫、いやハムスターサイズだろうか。


「まぁまぁ、それを掴んで」

「掴んで」

「ほいっ、放る!」


 言われた通りに前方に投げる。途端にボンッと白いケムリと音を立てて一本のホウキが出現した。


「おおお! で、これどう乗ればいいんですか?」

「え、普通にまたがればいいだけよ」


 ニコニコするシャルロッテだが、正直言って恥ずかしい。ファンタジー小説に憧れた小学生ならば誰しも一度はやったことがあるだろう。だが自分はいい年した女だ、どうにも抵抗感があった。


「こ、こうかな」


 恐る恐る握り手を掴みながらまたがると、浮力が発生した。


「うわっ」


 気づけば地面から数センチ浮いていた。焦っていったん降りようと地に足をついた――その時


「!!!!」


 ドンッと、発射されたかのように少女は飛び立った。


「うわぁぁぁぁああああっ」


 風が耳元でびゅんびゅんとうなり、視界がクルクルと回転してどうなっているのか分からなくなる。青い空と茶色の地面と緑の森が混ざり合ってヘンな色になる。ニチカはなんとかホウキにしがみついていたがパニック状態だった。


「あらら、ものすごい反応ねぇ」

「シャルロッテさんんん、止めっ、止めてええええ!!」

「命令すればいいだけよ」

「今すぐ降ろして!!! ひっ」


 いきなりガクンと沈みこんだホウキは、地面に向かってまっさかさまに落ちていった。


「いやあああ!!!」


 ホウキは地上すれすれでキキーッと急ブレーキをかけ、力を失ったニチカはそのままボテッと落ちた。


「ドへたくそ」


 師匠の容赦ない一言が、ブスリと突き刺さった。


***


 それから練習すること三十分。ようやく少しずつは慣れて来ていたが、やはりちょっと気を抜くとすぐに暴走してしまう。何度目かの地面へ激突に、オズワルドは盛大なため息をついた。


「まだやってるのか」

「だってすごく制御が難しいんだよこれ! 文句つけるならお手本見せてよ!」


 売り言葉に買い言葉で言った一言だったが、オズワルドはなぜか顔をしかめる。


「……俺がそんな恥ずかしいことできるわけないだろ」

「?」


 何が恥ずかしいと言うのか。頭に疑問符を浮かべた少女の後ろでシャルロッテがニヤニヤ笑った。


「オズちゃんは『飛べちゃう』のが恥ずかしいのよねー」

「シャル、余計なことは言うな」

「どういうこと? あっ、そういえば前にホウキは女が乗るものって言ってたっけ」


 出会った頃のやりとりを思い出す。「男の魔女は空を飛べないものと相場が決まっている」と言っていたが、飛べないわけではなかったのか。


「でもどうして女が乗るものって決まってるの?」

「風のマナはねー、すっごく女のコ好きなので有名なんだよ」


 無邪気に説明するウルフィに、ますます男の眉間のシワが深くなる。


「だから、美人な人ほど上手に飛べるんだって」

「ってことは――」


 むふ、と笑ったシャルロッテは男を指した。


「飛べちゃう男の人は、つまり女性的ってことになるのよねー」


 確かにオズワルドは美形だ。女装すれば絶世の美女になってしまうだろう。だがそれはこの世界では恥ずかしいことに分類されるようだった。


「つまり、飛ぶっていうのは、オズワルドがスカートをはいてるような物……?」

「やめろ気色悪い!」


 顔をしかめた師匠は、空へとニチカを追いやった。


「さっさと練習に戻れっ」


***


 さらに三十分。ようやくコツを掴んで来た少女はシャルロッテと共にふわりと降りてきた。


「やっぱり横乗りの方が安定してる気がします」

「そうね、ニチカちゃんにはそっちの方が合ってるのかも」


 帽子をグイッと直したシャルロッテは、いい笑顔で肩をポンと叩いて来た。


「よし、それじゃあこれにて教習はおしまい! よくがんばったわね」

「ありがとうございましたっ」

「お待たせー、もう大丈夫よ」


 うとうとしていた男とオオカミはその呼びかけで現実に引き戻された。オズワルドは目元をこすりながら言う。


「下着が見えるような無様な飛び方は改善されたのか」

「見ないでよっ」

「見せるなよ」


 師弟のそんなやりとりを見ていたシャルロッテは何かを思い出したようだった。


「下着と言えば……あぁそうだ。はいニチカちゃん、肌着とかの替え」

「わっ、助かります。そろそろ新しいの欲しかったんです」


 ここでふと思い出したかのように言葉を切ったニチカは、少し顔を赤らめたかと思うとシャルロッテの袖を引っ張り少し離れたところへ誘導した。


「あら、なになに? 男共に聞かれたくない話?」

「ちょっと相談したいことがあって……その」


 ためらった少女は、真剣な顔で打ち明けた。


「生理が来ないんです」

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