45.少女、アレ話をする。

 ポカンとしていたシャルロッテの顔面が、みるみる内にニマァとほころんで行く。


「あら、あらあらあら?」

「えっ、あっ!」


 その笑顔の意味するところを察した少女は、慌てて否定した。


「ちがっ、違うんです! そういう意味じゃなくて!! 心当たりないですしっ」

「あら違うの? 残念」


 逆にまだ手を出してなかったのかと配達魔女は瞬いた。よほど大事にしているのか。あの男が?


「意外ねぇ……」

「そうじゃなくてっ、もう一週間くらい遅れてるんです、私けっこう正確な方だったから少し不安で」


 ふーんとしばらく考え込んでいたシャルロッテは安心させるように微笑んだ。


「きっとこっちの世界にきたストレスのせいよ。心配しなくてもその内くるわ」

「そうでしょうか」

「そんなに不安ならオズちゃんに十月十日止めてもらえば――」

「だからそのネタもういいですってば!」


 ケラケラと笑った魔女はそれでも生理用品を用意してくれた。どうやらこの世界ではガーターベルトのようなものをつけて、そこに布製のナプキンを吊って使用しているようだ。


「慣れるまでちょっと掛かりそうですね……」

「ニチカちゃんの居た世界ではどんなだったの?」

「使い捨ての紙製で、裏に両面テープが着いてるんです。で、下着にそのままぺタッと貼る形で」


 現代で使用していた物をそのまま伝えると、シャルロッテは痛く感心したようだった。


「それすっごい画期的ね! 今度試しに作ってみるわっ」


 試作品をぜひ試してね!と言われて承諾する。この世界の魔女は自分の興味を持ったものはどんどん作ってしまう。その精神は貪欲で、とても情熱的だ。


(いいなぁ、そういう夢中になれることがあるって)


 そんな事を考えていたニチカは、思い出したように声をあげる。


「あっ、そうだ。ホウキと色んな物のお金――」

「あぁ、そうだったわねぇ。どれも在庫になってたものだし別にいいんだけど」


 師匠たちのところへ戻った二人は、お代の話になる。思案していたシャルロッテは、ホウキの先端にくくりつけていたカンテラを持ち上げた。


「それじゃこのカンテラに炎の魔法を掛けてくれない?」

「え、そんなことで良いんですか?」

「どうも炎属性はニガテなのよねぇ~、いつも一晩持たなくて途中で掛けなおすはめになるのよ」


 そんなことで良いのならと、精神を集中させる。パッと目を開けたニチカは手の中のエネルギーを地面に置いたカンテラめがけて撃ちだした。


「『炎よ、夜道を照らしてっ、ファイヤー!』」


 手から放たれた炎が、台座に命中する。カチャンとふたを閉めてまばゆい光を見つめたシャルロッテは感動したようだった。


「すごっ!! これめちゃくちゃ長続きしそうよ。半永久的かもしれない!」

「えへへ、そうですか?」

「さすが精霊の巫女さんね~、そうだ。オマケでこれもつけちゃう!」


 思いついた様子のシャルロッテは、荷物の中からベルトを取り出した。


「さっきのホウキとか、魔導球とかここにつけておけばすぐに取り出せるし落とさないでしょ?」

「いいんですか?」

「なんのなんの! 永久カンテラに比べればこれでもまだまだ安いもんよ」


 何度か落としかけてヒヤヒヤしていたからこれはありがたい。また一つ装備が整ったことにニチカは満面の笑みを浮かべた。


「シャル」

「あらなーに?」

「次は俺との取り引きだ。エルミナージュへの入学許可証の偽造はできるか?」


 さらりと何を言い出すのかこの男は。


「懐かしー、昔やったわねぇ。私たちが入るとき」

「えっ」


 耳を疑うが、シャルロッテは少しも悪びれている様子はなかった。本当にこの二人の過去に何があったと言うのか。


(聞かない聞いてない、私は犯罪の事なんか何も聞いてない)


 必死にそう思い込んでいる内にも、話はどんどん進んでいるようだった。


「クラスはどうする? 魔導師科? 魔女科?」

「総合でいいだろう、あまり魔女科に近寄りすぎるとボロが出そうだ」

「うーん、上手く手配できるといいんだけど、ちょっと時間がかかるかもよ?」

「俺らが着くころまでに用意できればいい」

「そうは言ってもねぇ」


 難しい顔でうーんと悩んでいたシャルロッテだったが、その黒いドレスの胸元が前触れもなくピカッと光る。


「あら、呼び出しコール。えーとこの筆跡は確か……」


 胸から先ほどオズワルドが書いていたカードと同じものを取り出した彼女は、文面を読み上げて顔を輝かせた。


「えっ、もしかしたら」

「なんだ?」

「ちょっと待っててくれる? すぐ戻ってくるから! すんごい良い話もってこれるかも!!」


 ひらりとホウキにまたがった魔女は、発射されるかのごとく空の彼方へ消えていった。


「どうしたんだろう」

「さぁな」


 共に見送っていた男を向いたニチカは、不思議そうにたずねた。


「卒業したのに、もう一度入学するの?」

「何言ってんだ」

「え」


 青い目をこちらに向けてきた師匠は、当然だろとでも言いたげな顔をした。


「お前が入学するんだよ」

「ええええっ」


 またも自分の知らぬところで勝手に話が進んでいる。足元にいたウルフィがパタパタと尻尾を振った。


「ニチカ学校入るの? いいなー」

「ちっともよくないっ」

「我侭言うな。それが一番自然に侵入できる方法なんだから」

「あのねーっ」


 文句を言おうとしたその時、突き刺さる勢いでシャルロッテが戻ってきた。


「びっぐにゅーす!! なんてタイミングがいいのかしらっ、入学許可証が手に入ったわよ!」

「早っ!」


 まだこっちの話がついていない!と言う間もなく、彼女は説明を続ける。


「さっきの呼び出しはお得意先のお嬢様からでね。彼女むりやりエルミナージュに入れられるところを逃げ出してきたんだって。旅の用品いろいろ発注されちゃった~。でも首輪なんて何に使うのかしら」

「それで、そのお嬢様の許可証を代わりに貰ってきたのか」

「ご名答! じゃーん」


 赤い封ろうがされた金の封筒をシャルロッテは自慢げに掲げる。


「こんなもん使わないからって言ってたわ。いやーラッキーねぇ」

「つまり私がそのお嬢様の身代わりになれと……?」

「わーニチカお嬢様、ニチカお嬢様!」


 無邪気に言うウルフィに、ニチカは頭を抱えた。


「できるわけないっ」

「ふっ、せいぜい上品なふるまいを心がけるんだな」


 意地悪く笑うオズワルドだったが、シャルロッテはニコニコ笑いながら彼にこう言った。


「オズちゃんもね」

「なに?」

「この入学許可証と入寮許可証なんだけど、お嬢様とお付きの執事の二名分で登録されてるの。だから必然的にオズちゃんはニチカちゃんの執事になるわね」


 グググとぎこちなく顔を見合わせた二人は言葉を失う。


 顔を引きつらせていたオズワルドは、フッとため息をつくとプライドを捨てた。


「それではしばらくの間、僭越ながらこのわたくしめがお世話させて頂きましょう。お嬢様」


 優雅に一礼する彼は、見事に召使いのそれだった。



 確実に荒れる。


 これからの学園生活を思ったニチカは、しばらく動けなかった。

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