幕間-魔法のホウキ

43.少女、戦闘する。

 草原に熱風が走る。少女を中心としてマナが舞い踊り、広げた手に沿うように炎が円を描く。目を開いたニチカは、バッと掲げた手を振り下ろした。


「『舞い上がれ嵐! ファイヤーストーム!』」


 叫ぶと同時に業火が走った。慌てたマモノたちが一目散に逃げて行く。辺りが鎮まった後、隠れていたウルフィが飛び出して来た。


「すっごーいニチカ! あんな魔法撃てるなんて!」


 だが少女はその場にへたりと座り込み、泣き言をこぼした。


「もういやーっ! なんでいきなりこんな戦闘しなきゃいけないのーっ!!」


 続いて出てきたオズワルドが、何かのメモを取りながら言う。


「何を言う。あれだけ炎を操れるのに使わないなんて勿体無い」

「だってすっごく怖いんだよ! いつ噛まれるかってヒヤヒヤしたんだからっ」


 どうやらロロ村で炎の矢を射ったことが原因で、ニチカは立派な戦闘員としてカウントされてしまったようだ。オズワルドは物陰から指示を、そしてニチカは肉弾戦という、本来なら男女逆では?という戦いがここまで繰り広げられて居た。


「いままでマモノなんて襲ってこなかったのに、どうしていきなり襲ってくるの!?」


 ロロ村から出発した一行は、進路を少し北寄りに東へと進んで居た。その道中はこれまでに比べて激しいものになった。ひっきりなしに犬のような黒っぽい獣に襲われるのだ。


 また現れた数匹に小さな火球を撃つと尻尾を巻いて逃げて行った。やたらと好戦的だ。


「今までは俺の魔女道具で敵を遠ざけていただけだ」

「じゃあそれ使おうよ! このままじゃ精神的に持たない――ひぃっ!」


 すぐ後ろに迫っていた一匹をウルフィが体当たりして撃退してくれる。タッと着地したオオカミは心配そうに振り返った。


「大丈夫? ニチカ」

「死ぬうう、死んじゃうううう!!」


 顔を覆って泣き出したいが、そんなことをしている余裕すらない。無様に転がって攻撃を回避すると後ろから激が飛ぶ。


「戦え戦え、場馴れしておかないといざという時困るぞ」

「遠くから言うなぁぁあっ!!」



 ようやく波が去ったのか、草原は落ち着きを取り戻す。精神的にすっかりボロボロになった少女はぺたんとその場に座り込んだ。


「終わったぁぁー!」

「ご苦労さまっ、すっごかったよ~僕ほれぼれしちゃった」


 むじゃきに言うウルフィは疲れた様子を微塵も感じさせない。その体力を羨ましく思いながらニチカは水筒を取り出した。


「殺してはいないと思うけど、ちょっとやりすぎたかな……」


 辺りの草は薙ぎ払われたかのように刈り取られている。そこだけぽっかりと広場ができたようだ。


「なるほど、出力との釣り合いはこんなもんか。よし、行くぞ」


 パタンとノートを閉じたオズワルドは無情にも言い放つ。少女は目を見開いて反論した。


「もう!? 少しだけ休憩していこうよっ」

「このくらいで何をへばってるんだか」

「後ろで見てただけのクセに!」


 あまりの理不尽さに立ち上がる。その隣でウルフィはストンとお座りして背中の荷物を取り出し始めた。


「僕もニチカにさんせーっ、そろそろお昼だよご主人」

「やれやれ」


 折れた師匠も座り込む。今日のお昼はロロ村でわけてもらった花祭りのご馳走だ。


「それにしても、むぐ、どこに向かってるの?」


 ライ麦パンにチーズとハムを挟んだものを頬張りながらニチカが問う。同じものを食べていたオズワルドは微妙に渋い顔をした。


「エルミナージュに行こうかと思っている」

「えるみなーじゅ?」

「僕しってるー! ご主人の通ってた学校でしょー?」


 ウルフィの言葉に驚いて食べるのをやめる。


「学校って、魔女の学校?」

「魔女だけじゃない。魔導師の育成もやってるところだ。少し調べたいことがある」

「で、でも」


 確か魔女協会とやらにこの男は追われているのではなかっただろうか。最初の村で魔女たちに追いかけられた記憶がよみがえる。


 不安そうなニチカの顔を見たのだろう、オズワルドは微妙に顔を引きつらせながら言った。


「心配するな、変装すりゃバレないだろう」

「そういう問題かなぁ……」


 微妙に信用できないまま、再び歩き出す。



 ところが二時間ほど歩いたところでニチカが遅れ始めた。足取りも重い少女の頭上を鳥が軽やかに飛んでいく。


「うう、私も飛べたらなぁ」


 その何気ないつぶやきが師匠の耳に止まる。悲劇の始まりだった。


「それも良いな」

「……はい?」


 どう言うことかと顔を上げるとオズワルドは何かのカードを取り出した。派手な金装飾のほどこされたそれを裏返すと白紙になっている部分に何やら書き込む。


「これでよし」


 ペンを離すとカードに綴った文字が光になって消えた。そのまま師匠は辺りの岩に腰掛けて待つ。


「何をしたの?」

「すぐに来る」

「?」


 それから数分も間を置かず、風を切り裂くような高い音がどこからか聞こえてきた。


「えっ?」


 空を見上げた瞬間、確かに『すぐに来た』


 ギャギャギャギャッ ズサァ!


「お待たせしました超特急便! 連絡一つで世界の裏まで飛びます行きます運びます、魔女急行です毎度どーもっ!!」


 ハイテンションな声と共にホウキが地面を擦る。降りてきた見覚えのある人物にニチカは目を丸くした。


「シャルロッテさん!」

「あら? ニチカちゃん?」

「シャルロッテさーん、ひさしぶりー」

「ウルちゃんも……ってことは」


 くるりと振り向いた金髪の魔女は、黒づくめの男の姿を見つけるとパァッと顔を明るくさせた。


「やっぱりオズちゃんじゃない! やだー元気だった?」


 飛び跳ねる勢いで浮かれる魔女は、まくし立てるようにおしゃべりを始めた。


「心配してたのよー、旅立ってからけっこう経つじゃない? それなのに何のウワサも聞こえてこないし、もしかしたら捕まっちゃったんじゃないかとか、どっかで野たれ死にしてるんじゃないかとか、詐欺罪でブタ小屋にぶち込まれてるんじゃないかとか、色々想像してたんだけど久しぶりに顔見れて安心したわー!! 思ったより早く安住の地を見つけたのね――」


 そこで辺りのだだっ広い草原を見回したシャルロッテは、カクッと小首を傾げた。


「安住の地?」

「……相変わらず人の話を聞かない女だ」


 あきれたように腕を組む男を横目に、シャルロッテはニチカに抱きついて頬ずりをした。


「まぁいいわ、元気だったー? 身体は平気? ケガしてない? 困ったことがあったらおねーさんにすぐ言うのよ?」

「あ、ありが……くるし……」


 豊満な胸に圧殺されそうになっていると、オズワルドが本題を切り出す。


「運び屋、仕事をしてくれないか」

「なによぅ、再会を祝してるだけでしょ~」


 ぷーっと頬を脹らませるシャルロッテに、オズワルドはこれまでの事情を説明した。


「へぇぇ、そんなことになってたの。ニチカちゃんが精霊の巫女ねぇ」


 まじまじと見られて戸惑う。だがシャルロッテはにっこり笑うとこんなことを言った。


「うん、いいじゃないそういうの。使命っていうの? アタシはただの女の子じゃないとにらんでたわよ」

「自分の弟子にしようとしてたくせに」

「異世界から落ちてきたとか、まるでおとぎ話みたいじゃない!」

「あ、はは……」


 苦笑していたニチカだったが、少し気になることがあった。


「まぁ、旅のついでに精霊集めもさせてやろうかとな」

「あ、わかった。オズちゃんのことだからそのチカラを悪用しようとか考えてるんでしょー」

「さてどうだろうな」


 あの基本的に人を信用していないオズワルドが、彼女に対してはやけに素直に見える。心なしか表情も柔らかい気がする。


(よっぽど信頼してるのかな)


 微妙にひっかかるものを感じながら二人を観察してしまう。ただの運び屋と客というだけでは無さそうだが。


「!」


 いつの間にかそんなことを考えている自分にハッとする。


(違う違う! 仮に二人が恋人同士だったりしたら、私がお邪魔虫になってないかどうか気になるだけだからっ)

「どしたの?」


 頭をブンブン振る少女を、オオカミがふしぎそうに見上げる。そんなニチカの葛藤には気づかずに、師匠は注文を入れた。


「いつまでもコイツの歩くペースに付き合ってられん。空飛ぶホウキを一本売ってくれ」

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