35.少女、見当違い。

 ロロ村の入り口は二つあるが、ニチカは迷わず自分が入ってきた方――渓谷側へと向かった。さきほどまで穏やかだと感じていた風がざわりと不気味な物に感じられ、枯れた花びらを巻き込みながら頭上を流れていく。


「オズワルド!」


 村の柵から少し出たところで花畑を見つめる背中を見つけ、強めに呼びかける。ゆっくりと振り向いた男は少女の姿に片眉をあげて見せた。


「なんだその服、盗んだのか?」


 一言目がそれか。カクッとコケた少女は憤慨しながら顔を上げた。


「もうっ、あなたじゃないんだからそんなことしないってば」

「失礼な、俺だってしない」

「……そう?」

「借りたまま返さないだけだ」

「それは窃盗だ!」


 再会して五秒でこのやり取りだ。やはりこの男とは相性が悪いのだろうか。そう考えていたニチカは本題を思い出しハッとした。


「そうじゃない! どうして花を枯らすの? ロロ村がお祭りに使う花なのにっ!」


 ビシッと指さすとオズワルドはフンといつもの尊大な笑みを浮かべた。あざ笑うような表情に言葉の臨戦態勢をとる。


「だとしたらなんだ?」

「っ、なんでこんな事するのよっ」

「知らん」

「知らない……って、あなたの仕業でしょう?」

「誰がいつそんなこと言った?」

「え、あれ?」


 ニヤニヤと鬼の首でも取ったかのように笑う師匠は、ゆっくりと間合いを詰めてきた。


「証拠は? 動機は? 俺がこの寂れた村の花を枯らしたところで何のメリットがある?」

「だっ、誰かに頼まれたとか、単に趣味でとか……」

「思慮が足りないんだよお前はっ」

「いたぁ!」


 目の前まで来た男にズビシッと頭をチョップされ思わず抑える。見上げれば彼は呆れた眼差しで少女を見下ろしていた。


「馬鹿が。人の噂に簡単に流されやがって」

「うぅ、ごめんなさぁい」


 しばらく厳しい顔をしていた師匠だったが、涙目で素直に謝るニチカにほんの少しだけ目元を緩める。少女の髪をくしゃりと撫で優しいとも言える口調で言った。


「無事で良かった」

「……」


 思いがけないセリフに目を丸くしていると、彼はだしぬけにニヤリと笑い言葉を継いだ。


「雄大な川が穢されずに済んだからな」

「だと思った!」


 ちょっとでも期待した自分がバカだった。そう頬を膨らませそっぽを向く。と、ここで一人――いや、一匹足りない事に気づいて少女は辺りを見回した。


「あれ? ウルフィは?」

「あぁ、アイツなら――」


 だが師匠が答えようとした言葉を遮るように、自分を呼ぶ声が村の方から聞こえてくる。振り向いたニチカは、置いて来たはずの青年が息を切らしながらこちらに来るのを見た。


「マキナくん?」

「一人で行っちゃ危ないじゃないか。ええと、そちらの方……は?」


 マキナはそこでようやくオズワルドの存在に気づいたのかほんの少し顔をしかめた。そこに居た黒い影のような男は、たしかに村人の情報通り冷たい雰囲気をまとっていた。アイスブルーの眼差しにじっと見られ、背すじが凍りつくような錯覚にとらわれる。けれどもニチカは少しも恐れた様子はなく、その男を紹介しようとした。


「あっ、これは私のお師匠様でね」

「お前、仮にも師匠を『これ』呼ばわりとはどういうつもりだ」


 なるほど。渓谷ではぐれた仲間と言うのは彼のことだったのか。なんとなく同性だと思い込んでいたマキナは、ニチカの手を取ると自分の方に引き寄せた。


「わっ!」

「失礼ですが、人……ですよね?」


 敵意を含んだ視線にオズワルドがわずかに反応する。だがすぐに冷たく笑うとこう返してきた。


「心外だな、人以外の何に見えるんだ?」

「あくまー……」

「ニチカ、後で覚えてろよ」

「ひぁっ!」


 後ろにぴゃっと隠れるニチカをさりげなく庇い、青年は固い態度を崩さず続けた。


「あなたが来た途端に村の花が一斉に枯れた。なんらかの因果関係があると考えるのが普通でしょう」

「だから証拠もないのに決めつけるな、俺じゃない」

「口だけなら何とでも言えますよね」

「……」


 なぜか次第にピリピリしていく空気に少女はうろたえた。なんとか場を取り繕うとした時、マキナがこちらを向いて優しく言う。


「ねぇニチカ、師匠に家に来てもらうようお願いできるかな。話が聞きたいんだ」

「フン、体(てい)の良い拘束だな。仕事の依頼なら行ってやらんこともない」


 ニチカが答える前にオズワルドが冷たく答える。その横柄な態度にマキナは目を丸くし、弟子はため息をついた。


「もー、そんな態度だから敵を作るんだよ」

「仕事の依頼って、どういうこと?」

「あ、オズワルドは魔女でね――」


 そこまで言ってハッとする。マキナが表情を固くしてこちらをジッと見ていたのだ。

 そうだ、この青年は魔と付くものに対抗するため新しいエネルギーを研究しているのだ。魔女に対してあまり良いイメージは持っていないのだろう。


「ごめんなさい、別に隠してたわけじゃないんだけど」

「良いよ、君が悪い奴じゃないのは知ってるから」


 この男はどうだかわからないけど。

 言外に匂わした言葉に、ますます場が凍りつく。あの、ある意味では空気クラッシャーのオオカミが居てくれないのが非常に悔やまれた。


「とりあえず立ち話もなんだし屋敷へどうぞ」

「え、ちょっ」


 そう言ってマキナがニチカの手をしっかりと握りしめ移動を始める。掴まれたままなので当然ついて行くしかない。


(え、えぇ、私もしかして人質!? 意味ない意味ない! オズワルドは弟子なんか簡単に見捨てるって! ほら踵を返して――あれ?)


 だが意外にも師匠は後をついて来た。壮絶なまでに冷たい目なのに、なぜか口元は薄く笑っている。その底冷えするような視線にさらされながら、少女は心の中で叫んだ。


(うわぁぁ! あれは絶対私に怒ってる!! あっさり捕まったからだ!)


 それでも世話になったマキナの手を振りほどくことは憚られ、奇妙な3人組はぞろぞろと屋敷へと向かう事になるのだった。


(ちゃんと話せばどっちもわかってくれるはず。うん)



 彼女は問題の本質にまったく気づいていなかった。渦中の人物は自分だということに。

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