36.少女、賭けられる。

 その頃、空気クラッシャーことウルフィは村の外をトコトコと歩いていた。


「この村が僕みたいな獣に理解があるかわかんないものね、ご主人の指示があるまで散歩してようっと」


 ふさふさのしっぽを揺らしながら歩く彼は、やがてとある花畑に出くわした。この辺り一帯は気候が適しているのか花だらけだが、ここは特にすごい。群生している赤や青、色とりどりのじゅうたんが夕焼けに赤く染め上げられていた。


「うひゃぁぁーきれいだなー、ニチカにも見せてあげたいや」


 やわらかな匂いを楽しんでいたウルフィは、ふと花畑にうずくまるスミレ色を発見した。スミレはスッと立ち上がると、こちらに背を向けたままクスクスと笑い始める。


 ウルフィは背筋が凍りついたように動けなくなってしまう。人?にしてはやけに艶めかしい、異様な雰囲気を纏っている。


 ゆっくりと振り向いたその口から色とりどりの花弁がこぼれ落ちる。その口元は血に塗れたかのように赤かった。


「ふふ、ふふふふふっ、あーっははははは!!!」

「う、うわぁーっ!!」


***


(どうしよう、この空気……)


 結局、ここに来るまでの間は一言も会話がなされることはなかった。沈黙に耐え切れなくなったニチカは、少しでも場を明るくしようと話題を振る。


「えぇと……そう! 花祭りっ、あのね師匠、もうすぐこの村でお祭りがあるんだって! せっかくだから見て行きたいの、いいでしょう?」

「呑気に観光なんかしてる場合か。必要なものを買い揃えたらこんな村さっさと出立するぞ」


 予想はしていたが、取り付く島もない回答にがっくりと肩を落とす。だがマキナが優しく少女を引き寄せたかと思うとにっこりと笑いかける。


「いや、是非見ていくと良いよ。本当に素晴らしいんだ」

「え、でも」

「なんだったら僕が後からお送りしますので、先に発って頂いて結構ですよ? お師匠さま」


 挑発的な目を向けられてオズワルドはピクリと頬を引きつらせる。


「マキナくん?」

「それに君にはまだまだ聞きたいことがあるんだ。もう少し一緒に居たい。ダメかな?」


 両手を握られて真剣に言われたニチカは顔に熱が集まってくるのを止められなかった。そんな弟子の態度にオズワルドはさらに不快感が募る。一歩詰め寄ろうとした、その時――


「うひゃああああ、ぎょええええ、出たあああああ!!!」

「ぶっ!?」


 柵を飛び越えていきなり飛び掛ってきた茶色い毛玉に押し倒された。


「ウルフィ!」

「バカ犬てめぇ!! その登場の仕方何度目だ!!」


 何度目かのデジャヴに激昂するが、オオカミはそんなこともお構いなしに震えていた。興奮したように口の端からあぶくを飛ばしている。


「ごごごごしゅじん、出たよ、出たんだよ」

「何が」

「『お花さん』だよ! あれは間違いないよっ」


 お花さん。それはいかなる妖怪、怪物、はたまた怪奇現象なのか。


「お花さんは僕の故郷で伝わってる伝説で、夕方の花畑で一人佇んでる綺麗な女の人なんだよ」


 毛があるのでわからないが、人型なら真っ青になってるであろう表情でオオカミは続ける。


「青い花びらを食べていていたら幸運が、赤い花びらを食べていたら一週間以内に死が訪れるんだ。赤い花びらたべてた、うわぁぁぁん!!」

「俺はお前との使い魔契約を時々切りたくなる……」


 使い魔が迷信を信じるな。男がそう考えていると、ウルフィが飛び出てきた柵の向こうから一人の女性がやってきた。


「皆さま、お揃いでどうされたのですか?」

「バイオレットさん」

「出たああああ! お花さん!!!」


 ぴゃーっと泣き出したウルフィがニチカの後ろに回りこむ。自宅のメイドを見たマキナは怪訝そうな顔をして問いかけた。


「なんだってそんなところから出てきたんだい?」

「お夕飯のテーブルに飾る花を、と思いまして……」


 彼女が掲げた花束を見て、一同は揃ってウルフィを見下ろした。


***


「ほんとだよぅ~、あの女の人たしかにお花を食べてたんだってぇぇ」

「しつこい。だからなんなんだ、花を喰うのが趣味の女なんだろうよ」


 泣きそうな顔で訴えるウルフィをオズワルドは冷たく一蹴する。ちなみに現在一行がどこにいるかと言うと、マキナの屋敷の客間、それも一番上等な部屋だった。屋敷の主人はメイドを連れて退出しているので思う存分話し合うことができるのが有り難い。


「あ、でも、バイオレットさんって人間じゃないんだって」

「なに?」


 眉をピクリとさせた師匠に、ニチカは胸の辺りをトンと指して続ける。


「本当よ、ホムンクルスなんだって。胸にエネルギーコアが埋まっているのを見せて貰ったもの」

「ホムンクルス? あれが?」


 それきりオズワルドは黙りこくってしまう。何か余計なことを言っただろうかと不安になったが、ガチャと扉が開く音に話が中断される。しばらく客人を待たせていたマキナが帰ってきたようだ。


「失礼。書類が少し溜まっていたもので」

「マキナとか言ったか。お前がここの村長なのか?」


 その言葉に大量の紙束を抱えて入って来た青年は苦笑を浮かべた。一行の前を通り過ぎ、奥にあったデスクに荷物を置くと謙遜するように答える。


「そんな大層な物じゃないですよ、ここは僕の父親が所有する土地と言うだけで、僕自身に権力があるわけじゃない」


 つまりは地主ということなのだろう。これで村の人のマキナに対する態度が丁寧なことに納得がいった。


「それでも、なぜか決め事の最終判断は僕に委ねられてしまうんだけどね」


 向かいのソファに座ったマキナは、メガネのズレを直すと穏やかに話し出した。


「先ほどは失礼な態度をとって申し訳ありませんでした。聞けばオズワルドさんは高名な魔女だとか?」

「自分で高名だなんて名乗ったつもりはないが、世間が言うのならそうなんじゃないか?」


 不敵にふふんと笑った魔女を見据えて、青年はこう切り出す。


「勝負しませんか」

「勝負?」


 笑みを浮かべたままのマキナは足を組んでその上に手を重ねた。胸ポケットにさしていた一輪の花を取ると軸をつまんで回す。萎れかけていた花はそれだけの動きではらはらと花弁を散らしてしまった。


「村人からの報告が届いているのですが、花畑が西から少しずつ枯れてきているそうです。このままでは二日後の花祭りまで持たないとか。そこでこの件に関して貴方に調査を依頼しようかと」

「いいのか? 俺は高いぞ、はした金を積まれたところで――」


 ドッ、と。青年が投げ出した小袋が、重たい音をたてて机に落ちる。ニヤけ顔をしていたオズワルドは少しだけ目を見開いて動きを止めた。


「前金です。足りなければ上乗せしましょうか?」


 線の細い青年が出すにはあまりに不釣り合いな音に、男は一瞬ピクリと反応する。だが袋を引き寄せ中を確認するとそれを放り返した。


「いや充分だ。報酬は後払いで結構。それより勝負の内容っていうのを聞かせて貰おうか」


 ここでニッコリ笑ったマキナは、予想だにしない一言を言い出した。


「調査が失敗した場合は彼女を――ニチカを頂けますか」


 商談の邪魔をするなと釘を刺されている為、それまで話を後ろでおとなしく聞いていた少女はいきなり話のド真ん中に引き摺り出されてポカンとした。理解したと同時に慌てふためく。


「え、わた……? え、えぇぇっ!?」

「どこで学んだかは知らないが、彼女の機械に対する知識は驚くほど深い。ぜひ僕の助手としてこの村に残って欲しい」

「いっ、いきなりそんなこと言われてもっ」


 断ろうとするがマキナに哀しげな眼差しを向けられて、うっと詰まってしまう。


「理想の世界を君は認めてくれた。僕の隣に、君が居て欲しいと願うのはわがままかい?」


 固まるニチカを一瞥したオズワルドは、いつものように鼻で笑うとその条件を承諾した。


「この底抜け脳天気がアンタの夢の何に役立つかは知らないが、そんな賭けか、いいだろう乗ってやる」

「ちょっと!?」


 本人の意思だとか、契約はどうしたとか、色々言いたいことがあるのに師匠はさっさと立ち上がり部屋を出て行こうとする。


「ご主人ー」

「ウルフィ、仕事だ」

「あいさーっ!」

「待ってってば!」


 ぼそりと何か呟いた言葉に、使い魔が即座に飛び出していく。少女も慌てて後を追おうとしたところで、クッと手首を引かれ立ち止まる。見下ろせばマキナは真剣な顔でこちらを見つめていた。


「冗談なんかじゃないから。よく考えておいて」

「っ~~!」


 顔を真っ赤に染めた少女は、軽く頭を下げると逃げるようにその場を後にした。後ろ手に扉を閉めると熱を持っていく頬を抑える。


(どうしよう、どうしようっ、男の人にあんなこと言われるの初めてだし、どう返事したらいいの!?)


 ハッとして廊下の角に消えていく黒い長身の背中を追う。


「ねぇ、オズワルド」


 だが男はさっさと歩いていってしまう。少女は小走りになりながら何とか隣に追いつく。


「私、どうしたら良いんだろう」


 こちらを見ようともしない態度にチクリと胸が痛む。


「ねぇ……」


 すがるように伸ばした手をいきなり掴まれてニチカは目を見開いた。そのまま狭い通路に引きこまれ壁に押し付けられる。おそるおそる目をあけると、すぐ間近で冷たい目が見下ろしていた。


「で、アイツとはどこまでやった?」

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