34.少女、賛同する。
それは縦長の箱のようなもので、横に大きなハンドルがついていた。おそらく回すことで中のドラムが回転し水流が生まれるのだろう。もちろん元いた世界のようなモノではないが、中世レベルのこの世界ではやけに近代的だ。
「主人が作り、わたくしに与えてくださったものです。正式名はわかりません」
「へぇ、マキナくんが作ったんだ。すごい」
言われてみれば、先ほどのバスルームのシャワーも他の宿では見ない物だった。あの装置も彼が作ったのだろう。そう考えているとバイオレットは相変わらずの無表情で言った。
「この箱を頂いたことにより、作業時間が三分の一にまで短縮できました。ニチカ様はこういった物にお詳しいので?」
「あー、少しだけ」
なにせ現代社会はどこを見回しても機械だらけだった。確かに便利ではあったが、ニチカ的にはこちらの世界のアナログな方法もどこかホッとして好きだった。
「でしたら中庭にある工房へ行ってみてはいかがでしょう。きっと興味を惹かれると思います」
「工房ですか?」
あぁ、と呟いたバイオレットは隣の部屋へと移動する。しばらくすると深い赤色のワンピースを持って戻って来た。
「バスローブ姿で歩くわけにはいきませんね。これをどうぞ」
「何から何まですみません……」
申し訳なくなりながら着替える。シンプルだが胸元のフリルがかわいいブラウス。その上からワンピースをかぶってバイオレットに後ろの紐を結んでもらう。
「ひっ!!」
その時、彼女の冷たい両手がニチカの首に添えられた。ビクッと反応した少女はおそるおそる振り返る。
「あ、の?」
「……」
感情のない目に背筋が寒くなる。わずかにクッと力が入ったようだが、すぐに放してくれた。
「そうですね、あとはこのリボンで髪を……」
***
(なっ、なになになに、何だったの?)
まだドキドキとうるさい心臓を押さえながら、屋敷の中を駆けていく。どうやらマキナとバイオレット以外は住んでいないようで誰ともすれ違わずに中庭へと出る。暖かい陽の光にようやくホッと一息つく事が出来た。
(言っちゃ悪いけど、バイオレットさん怖いよ~、美人なんだけどそれがいっそう凄みを増してるというかっ)
ため息をつきながら工房と思われるドアを開ける。古そうな見た目に反してよく油が差してあるのか扉は静かに開いた。
(薄暗いなぁ)
中は天井が高く、高い位置に小さな窓が一列に並んで居るだけだ。どことなく学校の体育館を思わせる中を静かに進んでいく。雑多に詰まれた木箱を覗くと歯車やネジがぎっしり入っていた。
(あ……)
そして暗闇の中、古ぼけた大きな机に向かうマキナの背中を発見する。なにやら真剣に書き物をしているようだ。
「違う、だめだ、この方法じゃ……」
「『魔に代わる新たなエネルギー考案』?」
「うわっ!?」
すっかり読み書きが得意になったニチカはつい図面の文字を読み上げ青年を大いに驚かせてしまった。椅子から落ちかけた彼は眼鏡を直しながら苦笑する。
「なんだニチカか。驚かせないでくれよ」
「ごめんなさい。ねぇ、それってなに?」
好奇心旺盛な少女は興味津々に図面を覗き込む。その様子にマキナは面食らいながらも見せてくれた。
「ええと、僕が今考えてる理論なんだけど、あの! ほんとにフッと思いついただけであって――」
「へー、魔法をまったく使わない動力提案か」
この世界の文明レベルはいわゆる中世のそれで、電気やガスは全くない。夜の明かりはロウソクか魔法の明かりに頼る状況だ。そんな中、魔法に一切頼らないエネルギーをこの青年はゼロから考えだそうとしているらしい。
「すごいね! これを実現させたらみんなの生活がずっと豊かになるよ」
素直にそう言ったニチカに対して青年はポカンと口を開けるだけだった。しばらくしてなぜか少しだけ疑わし気に切り出してくる。
「……馬鹿にしないのかい?」
「バカになんてするわけないよ。なんで?」
ふしぎそうに逆に問いかけられ、眼鏡を外したマキナは霞む目をこすりながら話し出した。
「こんなの趣味でやってるだけだし、今まで人に話しても笑われるだけだった。魔法や便利な魔女道具があるのにそんな無駄な研究をしててどうするつもりだってね」
確かに魔女道具は便利だ。師匠であるオズワルドが出してきた様々なものを少女は思い出す。不可能を可能にしてしまう魔法の道具たち。
「でも、魔女道具とか魔法って、特定の人にしか作れなかったり使えないものでしょ? マキナくんの考えてるのは誰でも使える平等なものじゃない。それって大発明だよ! もっと誇りに持っていいことだと私は思う」
自信を持ってそう力説すれば青年はパッと顔を輝かせた。こちらの両手を取り熱意溢れる眼差しで語りだす。
「そうだよね! ニチカは分かってくれてる!!」
「わっ」
「そうさ、今は魔法を扱える者とそうでない者の格差が広がっている。人は平等じゃなくちゃいけない、生まれ持った才能、それはこの新しいエネルギーで埋めることができる! それに最近じゃマナの働き自体が不安定にもなっているし、いざと言うときの為にも人類は精霊に頼らず生きていく技術を持つべきなんだ!!」
そう語る青年の目はキラキラしてとても輝いて見えた。興奮した様子のまま彼は満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうニチカ! この考えに賛同してくれたのは君が初めてだよ!」
「あ、うん。どういたしまして」
この世界では魔法が発展しすぎてマキナのような科学的な考えは笑われてしまうのだろう。自分が元居た日本で「魔法」を提案するようなものだろうか。さすがに「その科学が発展している世界から来ました」とは言えずに微笑む。
「大丈夫、マキナくんの努力はきっと報われるよ」
「……」
優しく確信を持った響きにマキナの心臓は一度大きく跳ね、そして急激に暴れ出した。薄暗い工房の中で華奢な少女が光り輝いて見える。やわらかそうな頬、夜の湖面のように澄んだ瞳。つややかな髪からは仄かにせっけんの香りがする。
「あっ、もしかして川原で水車のそばに居たのはこの研究のため?」
瑞々しい唇から零れる無邪気な声が耳をくすぐる。マキナは知らず知らずの内にゴクリと喉を鳴らしていた。
「マキナくん?」
「あっ、えっと。ごめんボーっとしてた」
「根つめすぎなんじゃない? こんな暗いところで熱中してるからだよ。ねぇっ、もし迷惑じゃなければこの村のこと案内してくれないかな? 散歩も兼ねてさ!」
屈託の無い笑顔に、青年は一瞬わきあがった欲情を恥じた。苦笑して伸びをする。
「そうだね、まだ夕食にも早いし、行こうか」
***
外に出てみればすでに陽は傾き始めていて、村と畑が柔らかいオレンジ色に染まっていた。心地よい風が吹き二人の髪をさらう。
「わぁぁ、いい景色」
屋敷は村よりも少し高い位置にあるので、その光景を一望できる。乗り出すように柵に寄りかかるニチカからマキナは目が離せなかった。
「あっ、川。マキナくんに拾われなかったら、私ここまで流れ着いてたのかもね、あははっ」
「そうだとしても、僕は君を見つけ出したと思うよ」
「そう? やっぱり優しいね」
柔らかい風に吹かれ赤いワンピースが翻る。なびく髪を抑える彼女に話しかけようとした、その時だった。
「マキナ様ぁ~、大変、大変なんでさぁ!」
丘のふもとから村人が駆け上がってくる。赤ら顔をした中年の男性はハァハァと身体を折って息を整えようとする。
「どうしたんだい?」
「悪魔が、花を枯らす悪魔が村に現われたんでさぁ!」
「悪魔?」
のどかな村には似合わない単語に、思わずニチカも興味を引かれて寄ってくる。男は首から下げた布で汗を拭いながら続けた。
「へい、全身黒尽くめの男なんですが、そいつが来た途端に村の入り口にあった花が一斉に枯れただ」
そこでぶるりと一度身を震わせた男は、自分の身を掻き抱くように腕を回した。
「村の娘ッコが言うには、氷みてえな冷てぇ目におっそろしいほど綺麗な顔立ちをしてるそうだぁ、あれは悪魔にちげぇねぇ! くわばらくわばら」
「それ……」
心当たりのありすぎる特徴に、ニチカはこめかみを押さえた。十中八九、間違いないだろう。
「どうしたの?」
「ごめんなさいっ、ちょっと行ってみる!」
戸惑ったように手を伸ばすマキナの返事も待たずに、少女は丘を下るため駆け出した。
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