第13話

 小一時間も歩くと、森の入口が迫っていた。よくよく見れば木々の種類が少々違う。どちらかと言えば、針葉樹が多いようだ。そういえば、少し気温も低いと気付く。

 生地が良いせいかあまり寒さを感じてはいなかったが、いつものリネンシャツであれば、風邪をひいてしまうかもしれない。


「冷えてきてるね」


 陽も落ち始めた影響もあるが、ひやりとした風が頬を撫でた。


「海風と山から吹き下ろす風がもろにぶつかる場所だから、この森の周辺は結構風も強いんだぜ、兄貴。シルフィードの一族の故郷だ」


「ああ、じゃあもしかして、フェブリスの故郷もこの近くにあるのかい?」


 フェブリスは風の精霊シルフィードの一族だ。ウィンディアと呼ぶ、あの召喚獣から感じた風の因子の気配からしても間違いない。

 だが、オーヴスの期待とは裏腹に、フェブリスは表情を曇らせた。口を真一文字に引き結び、そっと視線を伏せる。背の低いフェブリスでは、ゴート教会の白い帽子しか見えなくなってしまった。


「ご、ごめん。嫌な事を聞いたかな」


「……もう、ないんだ。俺の故郷。色々あってさ、村のみんなも散り散り」


「フェブリス……」


 顔を上げたフェブリスは、笑っていた。懸命に、笑おうとしていた。それがぎゅっと、オーヴスの胸を締め付ける。


「俺の家族は、ヴィント・ウルボス……この先にあるアイル河超えたの先の地域なんだけどな、ちっちゃい村で暮らしてるよ。貧乏で、暮らすのがやっと。だから俺が出稼ぎにゴート教会に入ってやったってわけ」


「聞いていいのか、分からないけれど。よく、魔族の君をゴート教会が迎え入れてくれたね」


「俺の他にも結構いるよ。本部の人間にとっては、捨て駒みたいなもんだしさ。やっべー魔物が出れば『ゴート教会の御加護』の名目で派遣されるんだ。ゴート教会も、案外めんどっちい組織なんだぜ」


 饒舌になってきたフェブリスから、先ほどまでの陰りが薄れたことに、オーヴスは内心ほっとする。それに、気になる情報も紡がれたわけで。


「そろそろ、野営の準備をしましょう。それから話を聞かせて頂戴な、フェブリス」


「あ? 何でお前に」


「私も知りたいのよ。今のゴート教会を。ほら、ド田舎の裁縫屋の娘はそこまで教養が深くないのよね」


 肩をすくめてみせたリリヴェルに、フェブリスは怪訝そうに目を細める。


「……裁縫屋の娘は剣も使えるのかよ」


「これはそうね……護身術の一つかしら?」


「護身術でウィンディアを易々と倒せるもんかよ……」


 どこか怯えたような声音で、フェブリスは零す。対するリリヴェルは余裕の笑顔だ。

 裁縫屋の娘。それは、本当の姿なのだろうか。オーヴスの中で疑念が渦巻き始める。

 敵だとは、もちろん思っていない。

 だが、リリヴェルが自分の行動を促した理由は、あるはずなのだ。フェルク教を排斥する動きに対して、オーヴスは行動を起こした。リリヴェルの手でしつらえられた衣装と共に。

 大きなうねりを、リリヴェルは恐らく知っている。あるいは、渦中か。

 いずれにせよ、それを突き詰めるのは、まだ早い。それだけは、オーヴスでも理解していた。間もなく陽が落ちる。早急に、野営の準備をしなければならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る