宵の蝶
第7話
「半日……嬢ちゃん、マジかよ……」
「そういうことで、約束通り二倍報酬でよろしくね」
「ああ、もちろんだ。……もちろんだが」
ギルド店主は、清算した金額をカウンター越しに差し出しながら、リリヴェルを真剣な目で見やった。
「前金二割、成功すれば残りの八割で、一つ仕事を請ける気はないか」
「内容によるわね」
報酬を丁寧に数えながら、リリヴェルはさらりと返す。オーヴスとしては嫌な予感しかしない。自分に向けられた言葉ではないが、無意味に緊張する。
「リールの川のあれを何とかしてくれ」
「随分と曖昧な依頼があるもんだわ」
腰のポーチに報酬を仕舞い込んだリリヴェルはどこか呆れた様子で店主へ返す。
「しかもそれ、誰の依頼?」
「ゴート教会だよ。クルト支部の」
「ふぅん。で、報酬はいくらなのかしら? はした金じゃ無理な相談ね。今までずっとあの状態だった、っていう前例を考えて見れば、相応の対価は支払われると思ってるけど?」
「うぐぅ、嬢ちゃん……厳しい所を突くなぁ」
眉間を抑えた店主。相当困っているに違いない。
恐らくは橋が閉鎖されて以来、ゴート教会から依頼があったのだろう。確かオーヴスの記憶が正しければそれは二週間も前の話だ。二週間経っても、解決しない。あるいは成功していない。
「請けてあげよう、リリヴェル」
思わず口をついて出た言葉に、リリヴェルがぱっと振り返る。驚いた様子で大きな瞳を丸くし、オーヴスを見やる。オーヴスは表情を引き締め、一つ頷いた。
「困ってる人がいるんだろう?」
「それはそうだけどね、いい、オーヴス。仕事っていうのは相応の報酬が」
「それに、僕たちも向こうに行きたいんだ。一石二鳥だよ」
「貴方ねぇ……」
リリヴェルが大きくため息を一つ。オーヴスは糾弾されるのを覚悟して、息を呑む。
だが、意外にも。
「……いいわ。ただし、報酬は全部支払って頂戴。私たちは急いでるの。戻ってくる暇はないわ。それなら、請けてあげる」
再び店主に視線を戻し、リリヴェルは断言する。店主は表情を曇らせた。持ち逃げされる可能性を考えているのだろう。分からなくはない。ずる賢いヒトも、居る可能性はあるのだから。
それでも、店主は一つ頷く。
「よし。交渉成立だ。さっきの案件をクリアした嬢ちゃんだ。俺の責任で、全額前渡しだ」
「霧だか霞が晴れれば、結果は分かるでしょう。安心して。絶対、やりきって見せるわ」
「ああ、頼んだ」
すっと報酬を差し出す店主。リリヴェルはさっさと受け取ると、視線でオーヴスを促した。
かろんかろんと再びベルを鳴らしながら、ギルドの外へ。太陽は頂点へ登ろうとしている時間帯だった。薄暗い所にいたせいか、少し眩しく感じる。
「まったく」
「うっ」
リリヴェルの言葉に、咄嗟にオーヴスは身構える。
だが意外にも、リリヴェルは笑みを向けた。
「本当に、貴方は魔王なのかしら」
「魔王って概念が悪の存在ってのは、やめて欲しいなぁ」
嘆息交じりに反論すると、そうね、とリリヴェルは笑う。
「僕は、なったとしても魔族の王だ。それを魔王という意味にしたいな」
「……いいんじゃない? 貴方らしくて」
どちらかと言えば、安堵しているようにも見えるリリヴェルに、オーヴスもほっとする。
そして。
「行こうか、リリヴェル」
「ええ、日暮れ前に突破したいわね、魔王様」
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