第492話 一番やったら駄目な方法だと思うが

「どういうつもりだ? 脅されてるのか?」

 亘が問いかけると。冬広は軽く首を傾げた。

「別にそうじゃありませんよ。悪魔の力を貰っただけですよ」

「あの中堂を信じてるのか? あいつは信用ならない」

「それぐらい分かりますよ」

 冬広の態度は今までと変わらず、軽く笑んだ顔も変わりない。

 普通に話しかけて気も遣ってくるが、それは単に興味がないからだろう。興味がないからこそ、誰とでも普通に話せる。だから亘のように他人との関係に飢えている者は勘違いしやすい。

「中堂は胡散臭いですけどね、でも強いから偉いってスマートじゃないですか。こうやって力を貰えて、ありがたいですし」

「与えられた力は意味が無い。自分で身につけないと駄目だと思うが」

「あれですか修行しないと駄目とかです? ほんっと先輩とか、そういうコスパ的な考えが好きですよね。タイパが悪すぎですよ」

「コスパ、タイパ……」

 亘は混乱した、すでに言葉の理解でついていけてない。

 連想する言葉もなく、少し考え言葉の意味を何とか理解する。

 時間をかけ身につける力をコストパフォーマンス、つまり費用対効果と捉えているのだろう。一方で明らかにタイムパフォーマンス、つまり時間対効果については誤用して捉えていそうだ。

 本来のタイムパフォーマンスは費やした時間に対する効果の度合いだが、冬広は単に短時間で効果を得ることとして捉えている。両者は似ているようで全く違う。

「そういう効率だけ追う考えは良くないよ」

「はいはい」

 凄く嫌そうな返事をされた。

 それで亘は軽く自己嫌悪した、なぜなら自分も年上からの小言に辟易した記憶があるからだ。小言を言う人間にはなるまいと思っていたのに、いつの間にかそうなっている。しかし、その年上の人たちの気持ちも理解できてしまう。

「先輩を排除すれば、もっと力が貰える約束なんで。じゃあ、いきますよ」

「ちょっと待った!」

 亘は掌を向け大きめの声をあげる。

「報連相で報告、連絡、相談。一人で突っ走らず、なぜこうなったのか状況説明をしないと」

「……五条先輩、何を言ってるんです? 状況理解してます?」

「もちろん理解しているけど」

「だったら――」

「それはそれ、これはこれ」

 横でガルグル威嚇を続けるサキを小突き、キャインと鳴かせる。まるっきり子犬扱いならぬ子狐扱いだ。

「ちょっと何かあったら、即座に敵認定なんておかしいだろう」

「いや、ちょっとって……自分、先輩の腹をぶち抜いたのですけど」

「なんともない」

 亘は自分の腹を叩いてみせた。近くでは神楽が心底呆れ、顔を覆いながら墜落して地面の上で嘆いている。


 空の日射しはほどほどで、辺りの悪魔が倒されたことで平穏な雰囲気すらある。少し離れた場所では片付けを始めたらしく、ガタガタと物を動かす声や掛け声が聞こえて来ていた。

「聞こう、なぜこうなったのかを」

 そう亘は言った。

 今の気分は頼れる先輩というものだ。ただし、周りの誰にも理解されていないだろう。気付けば遠巻きにしている皆から向けられる視線は困惑ばかりである。

 もちろん冬広もだ。

 しかし、わざわざ公務員になるような者は真面目なタイプが多い。生真面目という意味ではなく、頼まれたことを当たり前に行い責任を感じられるという意味でだ。特に国家公務員になる者はその傾向が強い。

 ただし、内外問わず評価されない環境の中で徐々に不真面目になるのだが。

「いや、それはですね……」

「やっぱり上の連中に対する不満が?」

「それは大きいです。何もしないし、方向性とか指示を明確にしない。あげく責任から逃げる、全く駄目じゃないですか」

「確かにそうだ」

 その言葉に頷く亘だが、一方で逃げる年配者の気持ちも分かる。

 年を取れば気力も体力も衰えてくる。若い頃のような明日や未来への無自覚な希望も消えている。行動に伴う労力が脳裏を過る。黙っていれば誰かがやってくれるという経験もある。

「だから、この力ですよ。五条先輩を排除すれば、さらに力を与えてくれると約束してくれましたから。その力を得た者で皆を守っていきます」

「なるほど、良い考えだ」

「良い考えって……自分が言えた義理はないですけど、五条先輩を排除するんですよ。排除ってのはつまり、殺すってことですよ。分かってます?」

「分かっている」

「分かってるって……」

 冬広は完全に困惑し、眉間に皺を寄せ僅かに頭を振ってさえいる。間違いなく、その反応が正しい。

「皆を守ると言ってたが、一方的に守るだけだと駄目だな。守られるだけの人はなにもせず文句ばかり言うようになる」

「いや、そうはならんでしょ。だって守って貰ってるんですよ」

「普段の仕事はどうだった? 地域のため、国民のためとに頑張ってただろ。でも、クレームばかりだったろ」

「…………」

「満足すれば、満足した環境の中で人は不満を見つけるのさ」

 凄まじく説得力のある言葉に冬広は黙り込んだ。

 墜落していた神楽も復活しているが、亘の口車が動きだしたことに気付いて小さく息を吐いている。サキは飽きて暇そうな顔になり、亘の手に顔を近づけ血を舐めだしていた。


「それはそれとしてだ。子供じゃないんだ、ヒーローが奮戦して問題解決とはならないだろう。運営組織は必要だと思うが」

「もちろん変えますよ。方向性とか指示を明確になるようにして責任を――」

「だから、それをどう変える? 具体的なプランは?」

 もう職場の先輩後輩が廊下で立ち話をしているような雰囲気になっている。遅れて駆けつけたヒヨが姿を現すが、状況が掴めず辺りを見回すばかりだ。

「上をすげ替えて自分が全部やるつもりか? それだと組織は動かない。組織全体が変わらないといけない」

「そうですよ。だから駄目な連中を排除します」

「駄目という判断は誰がする? 自分の気に入らない相手を排除するだけなら、単なる独裁だろ」

「少なくとも今の上層部連中で十分ですよ。後は皆の投票で決めるとか?」

「それ、一番やったら駄目な方法だと思うが……」

 言われて冬広も気付いたらしく小さく唸っている。

 ヒヨが辺りを見回しながら近づいて来た。何が起きているのか全く理解しておらず、若干不安そうな顔だ。

「あんのう? どうされたんです? それに五条さん。お腹のとこ服が破れてますよね。血みたいですけど、誰か怪我されたのです?」

「大丈夫だ。ちょっと僕の腹に穴があいただけで」

「なんだぁ、そうだったんです……か? ええええっ!」

 声を上げたヒヨは慌てて亘に詰め寄り、その腹の様子を確認する。怪我を心配しつつ血まみれの服を捲り上げ、しっかりした腹筋を触りだした。

「なんともない……ちゃんとしてる。うん、なんか頑丈。硬いのに硬くなくて触り心地がいいですよね。うふふ」

「そんな撫で回されると、くすぐったいのだが」

「はっ!? す、すみませんです。でも怪我はなさそうですね」

「神楽が治してくれたからな」

「どんな悪魔が相手だったのです?」

「悪魔と言うか、ほら目の前にいるが……」

「え?」

 困惑したヒヨは目を瞬かせ、まさかという顔でサキを見た。無実の罪で疑われたサキが憤慨して唸ると、一応は神楽を見て睨まれて首を竦める。

 いろいろ考えて、ようやく冬広を見つめた。

「もしかして?」

「あ、はい。自分がやりました」

「そうでしたか。あははは――敵ですね、敵ですか! このっ! どうして、そんなのんびり立っているんですか!」

「そうですよね……」

「許しません!」

 怒り心頭のヒヨは懐から漆黒の符を取り出し、それを冬広に貼り付けようとした。だが、その前に亘が制止している。

「ちょっと五条さん! 危ないですよ! これに触ったら凄い呪いが発動するんですから!」

「いや呪いとか信じてないから」

「違います、これ信じてようが信じてまいが関係なく効果が出るんですから!」

 バタバタ暴れるヒヨに手を焼き、普段サキにそうしているように、その頭に手を置いて向こうに押しやった。そんな扱いをする程度には、親近感がある。

「えっ、あのっ。ふええええ」

 された方のヒヨは困惑しつつ大人しくなり、力の抜けた腕が下に行き漆黒の符がサキに触れる。符は一瞬で押し負け、あっさり燃えて消えてしまった。サキは気付いてもいないぐらいの程度だ。

「…………」

 冬広は呆れが二割、困惑が八割といった様子の目をしていた。

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