第493話 免許取り立ての十八歳ってところだ
「じゃあ、戦うか」
亘が肩を回し身体を解し始めると、冬広は眉を寄せた。しかも突っ立ったまま目を瞬かせ、怪訝そうな表情を隠そうともしない。
「え……?」
「僕を排除して、更に力を貰うのだろ。それで皆を守りたいって言ってたじゃないか。それとも、あれは嘘だったのか?」
「嘘じゃありませんけど……なんか、こう。違いません?」
「何が?」
「いや、だって今までの流れと矛盾してるじゃないですか」
「そうかな?」
心底不思議そうにする亘を、冬広は未知の相手を見る目をした。職場では茫洋としていたが、少なくとも常識的な会話ができる相手と認識していたからだ。
「敵認定しないとか言って、報連相がどうとかで状況説明させて。これ明らかに、説得して止めさせようって魂胆だったでしょ」
「え?」
「どうして困ってるんです!? じゃあ、なんで聞いてきたんですか!」
冬広が地面を踏みつけるとアスファルト舗装が割れ、細かな石が跳ねた。DPを得て身体能力が強化された状態であるが故だ。しかし、碌すっぽ身構えてもいない。
「それは知りたかっただけだから」
「知りたかっただけ?」
「ほら、仕事だってそうだろ。ミスした時は、まず状況を把握する。それから判断して対応する。社会人なら当然の対応じゃないか」
「そうですけど! そうじゃないですよ!」
怒鳴り気味の冬広に、神楽はしみじみ頷いた。ヒヨの方は軽く唸って検討中で、サキは腰を下ろし尻尾で地面を叩いている。
「じゃあいいんですね、もう攻撃しますよ! 攻撃しますけど、いいですね!」
「さっき攻撃しておいて、何言ってるんだ?」
「それはぁ! そうですけどぉ! 何かこう……上手く言えませんけど、五条先輩は何かおかしいですよ!」
「…………」
「何で悲しそうな顔をするんです!? 僕が悪者みたいじゃないですか!」
不意に冬広が動いた。地面を蹴って一気に突っ込んでくる。力強く迫力があって、どうやら戦うことに慣れた動きだった。
確か以前に職場での自己紹介で、ボクシングをやっていたと言っていたはずだ。
亘は息を吐いて構えた。
そのまま放たれた冬広の拳を、軽く払って逸らした。ドンッと大きな音が響く。
近くにいるヒヨは邪魔にならぬよう、慌てて距離を取った。しかし神楽とサキは動きもせず様子を見ている。
アスファルト道路の、ちょっとした広場の中で、亘と冬広は接近しては離れ、また接近して攻防を繰り広げていた。時折、ドンドンッと鈍い音を響かせ冬広のパンチを亘が払いのけていく。
苛立った声を冬広が漏らしている。
「くそっ、なんで当たらない?」
「…………」
「僕の方が強いはずなのに!」
「…………」
喋る冬広の攻撃を亘は黙々と防ぐ。その表情は平然としたもので、相手を侮ることもなければ恐れることもない。
――なんだろう、燃えないな。
戦いながら心の中でぼやく。
これまでの戦いであれば、もっと心が沸き立っていた。勝ちたいとか、負けたくないとか。苛立ちや怒りや何やらがあり、意欲が燃え上がっていた。
ところが今は、淡々とした気分でしかない。
冬広が敵で、敵だから戦い、戦うから倒す。そうしたフラットな精神状態だ。恐らくそれは勝ち筋が見えてしまっているからだろう。
「もう、やめてもいいけど」
戦うことが無駄に感じられてしまい、そう提案する。
だが残念な事に冬広にそのつもりはないらしい。否、それどころか遮二無二になって攻撃をしてきた。目を怒らせ顔を赤くし、大量の汗を流し力んで手足を振り回してくる。
「ほら」
亘が声をだし、冬広に足払いをかけた。
軽い一撃のようだが、それを受けた冬広は一回転して倒れ込む。アスファルトの上で尻餅をつき唖然とした顔だ。
「なんでだ? 先輩より強いはずなのに……」
「そうかもしれないけど、よいしょっと」
年寄り臭い掛け声をかけ、亘は同じくアスファルトの上に腰を下ろした。
「だから言ったじゃないか。与えられた力は意味がないって」
「…………」
「今の状態は。ほら、アレだ――免許取り立ての十八歳ってところだ」
「ええっ?」
「与えられた車は自分の力じゃないし、それを扱える技量も経験もない。それなのに、初めての車に舞いあがって暴走して事故をする」
「僕はそんな馬鹿じゃありませんよ」
「でも、やってることはそれだ」
「むっ……」
亘の指摘に冬広は口をへの字にした。尻餅をつく自分と、平然と座り込む相手。その状態から、どちらが優勢かは認識できているらしい。
「タイパ、タイパ言うけどね。身についてないなら、一番効率が悪くないか?」
「…………」
「タイパで最短を突っ走れば効率よく見えるけど、途中で得たものは深まらない。いや、途中で何も得られない。ああ、駄目だな。こういう説教臭い人間にはなりたくなかったのに」
亘はぼやいた。
自分も若い頃に年配者から教訓めいた説教をされ辟易とした。ところが自分が年齢を重ねてみると、年下の行動が心配になって口出しをしたくなる。
それだけ余裕ができたからでもあり、時間をかけ経験を積んだからでもあろう。
「まあ、ついでだから言うけど」
説教臭くなる自分に諦めて言葉を続ける。
どう思われようが、冬広のことが心配なのは事実だ。
「強いから偉いのがスマートって言ってたが。それなら、どっちが偉い?」
「まだ決まったわけじゃ……」
「言っておくけど、こっちはまだ本気じゃない。つまり――騙されたんだな、あの中堂に。あいつ、性格が悪いし」
「ちゃんと考えて判断しましたから、騙されてません」
冬広はムキになって言った。
少しずつ後ろに移動し距離を取ろうとしており、まだ諦めていない様子だ。
「職場の……誰だったかな。名前が出てこないけど、ロマンス詐欺に騙された奴がいたろ?」
「は……な、何の話です?」
「SNSでやりとりしてるって、美人の画像を見せびらかしてた奴がいただろ。覚えてないか?」
「えっ、まあ覚えてますけど」
それは職場にいた冴えない顔立ちをした若手のことだ。
超美人の月収だけで自分の年収を超えるような大金持ちとSNSでやりとりしていると自慢していた。やがて相手から偽投資サイトに誘導され、相手が裏で操作する数字とも知らず、相手が投資して大金を稼ぐ様子を見せられ興奮。一緒に大金持ちになって結婚しようと誘われ、色と欲に目がくらみ相手の指定する口座に数十万円を振り込んだ途端、相手は音信不通。
まだ若くて、しかも公務員の薄給だったので大した貯金もなかったことが幸いし、被害は少なかった。それでも、しばらくは落ち込んで酷い有様だった
「傍から見れば詐欺だと丸わかりだったが、誰が言っても耳を貸さなかった。君だって忠告して説得しようとしていたはずだ」
「ああ、そんな事もありましたね」
「今の君は、あのときの奴になっている」
「…………」
冬広は下唇を突きだし、渋い顔で唸りだした。実例を間近で見ているだけに説得力は極めて高い。それでも直ぐに頷けないのは、自分が騙されていると認めたくない心理が故だろう。
だが、それでも冬広は賢かった。肩が落ちて項垂れる。
「多分そうなのでしょうね……ははっ、これが認めたくない若さ故の過ちってやつですかね」
「まだ手遅れじゃないさ」
「先輩を殺しかけましたけど……」
「何の話だ? ほら、どこもなんともない」
亘が腹を叩いてみせると、冬広は何とも言えない顔をした。笑うような困るような呆れるような、そういった全てが詰まっている。
「思ったより面白い人だったんですね、先輩って」
「そう?」
面白いことをしたつもりは微塵もなかったので、亘は少し困惑した。ただ、折角の評価を否定する気はないので愛想笑いだけしておく。
「じゃあ、これで話は終わりだ」
亘は立ち上がり冬広に手を差し伸べた。
「ありがとうござ――うっ!?」
その時、冬広が呻いた。吐きそうな仕草で口を押さえ、飛び出そうなほど目を見開いた。額には異常なまでの数と太さで青筋が走っている。
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