第491話 治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒
それは板バネなどの廃材を使い、それっぽい形にしただけなのだろう。剣と呼ぶには、あまりにも無骨すぎ不出来で歪んで、なにより大雑把すぎ――そんな感じの武器を手に、人々が応戦していた。
見渡せば老若男女それぞれ何かしらの武器を持ち、数人ずつで身を寄せ合い子供を囲み自衛している。余力のある連中が自分より弱い者を助けようとしているのだ。
ふと見れば父親らしき者が悪魔と殴りあい、その背後で母親らしき者が子供を守り近寄る悪魔を追い払い、守られる子供も石や木切れを投げて援護している。
「…………」
亘はその光景に感じ入ると同時に、皮肉めいたものも感じていた。
普段いる避難所は国が管理し防衛隊が警備に付き、様々な危険を排除して安全を確保していた。一方でここは、支援が手薄だったが故に人々は自助共助の道に目覚めている。
どちらが正解で、どちらが結果として良かったのか。
「考えさせられる光景だよ」
呟きながら駄目になった武器をぶん投げ、戦っている家族に向かおうとしていた悪魔にぶち当てる。
自分の父親がアレな人で家族的な繋がりを殆ど感じられなかったが故に、親子が力を合わせる光景は心に来るものがある。
「頑張るか」
DPでできた棒を取り出すと、足に力を入れ突き進む。
頂角の尖った二等辺三角形的編み笠を被った悪魔が、矛を手に彷徨いている。
それらの間を突っ走り跳ね飛ばしながら、右に左にDP棒を叩きつけていく。上から蜥蜴のような悪魔が襲って来た。長い尾が鞭のようしなって襲ってきた。
無造作に手を伸ばし、むんずと尾を掴む。
「ちょっと失礼」
驚いて固まっている家族に会釈をして、掴んでいた悪魔をぶん投げる。それで矛を持った悪魔が何体か巻き込まれている。
だが、まだまだ悪魔は湧いてきた。
今度は頭に三角布を付けた髪の長い真っ黒な女性型悪魔だ。
「大物はいないな……」
呟いて倒しに行こうとすると、別の意味で大物が目の前を駆けていった。それは狐姿のサキだ。パタパタ走って悪魔を追い回し――牧羊犬ならぬ牧羊狐とでも言いたくなる様子で――集め、火を吐いて片付けている。
「ヒヨも神楽も問題なし。他も大丈夫か」
一緒に来た者たちは木屋やスナガシは当然として、その他の者もしっかりと戦っている。この地域の者が驚き感心するぐらいの戦いぶりだ。
そして大物がでないまま戦いは終わった。
悪魔は砕けてDPに還っている。
辺りの被害を見れば壊れた建物もあったが、元から廃材で組み立てられた小屋だったので問題ない。ひしゃげたドラム缶が転がり、水が貯めてあった浴槽が引っ繰り返って地面が水浸し。道路には陥没痕や亀裂が刻まれ、散らかった印象だ。
「中堂が何か仕掛けてると思ったのにな……」
亘は残念そうに呟いた。
ただ単に多めの悪魔が出現しただけで、狙っていた大型悪魔は姿を現さなかったのだ。そのつもりで戦っていたので、肩すかしを食らった気分である。
辺りには焼け焦げた臭いが漂う。
ただし、それはサキの使った火のせいだった。ちょっと焦げた場所は前足で叩いて消火していたので問題ないだろう。
「マスターってば注目されてるね」
飛んできた神楽が嬉しそうに言った。
「そうか?」
「そだよ。だってさ、悪魔をどんどん倒してたもん。これはもー、目立たないはずないもんね」
神楽は誇らしげな様子で、我が事のように胸を張っている。
「見られるのは好きじゃないんだが……」
「あーそーですか。じゃあさ、どーしてもマスターが嫌なら追い払っちゃおっか? ちょっと脅せば逃げちゃうって思うからさ」
「分かってて言うな。それやったら、完全に悪者だろうが」
「あはは、そだね。でもさ、いーじゃないの。どうせ関係ないし」
「無責任なこと言う奴だな。ほら、傷薬。怪我人の治療に行ってこい」
「ちょっと!? その傷薬って、ボクのこと? 失礼なのさ!」
神楽は、イーッと歯を見せてから飛んでいった。
あちこちで怪我人を回復させたので、また変に崇められ拝まれるのだろう。いつかは悪魔ではなく神になってしまうかもしれない。そうなれば、きっと怠惰と暴食を司るのだろう。間違いない。
「五条先輩」
冬広が驚いたような顔でやって来た。
「本当に凄く強かったのですね」
「ん? ああ、まあ。いろいろあったから」
ちょっとだけ得意な気分だ。
職場ではパッとせず、上司にパワハラされて小さくなっていたのが以前の自分だ。それが活躍して凄いところを見せることができて、こうして認めて貰えて感心して貰える。
承認欲求が満たされて気分が良い。
「先輩が来て下さって本当に良かったですよ」
「別にこれぐらい、どってことないから。機会さえあれば、いくらでも手伝う。何でも言ってくれ」
「本当ですか、良かった。じゃあ、ちょっといいですか」
笑顔の冬広がさらに近づき――腹に衝撃を受けた。
「ん?」
亘は自分の見ているものが信じられなかった。
冬広の腕が浅黒い鱗に覆われているうえに、しかもその腕が自分の腹に突き立って手首まで潜り込んでいるのだ。
「ぐっ……」
強い痛みは遅れて感じた。
それでも亘は、冬広の腕を掴んで自分の腹から引き抜き突き飛ばした。痛みを無視しての行動だったが、流石に腹をやられては限界だ。
数歩蹌踉めいて膝を突く。
「……どういうことだ」
「うわぁ、五条先輩。そんな状態で動けるんですか、マジで化け物みたいですね」
膝を突いた亘の前で冬広は笑っている。
その目は緋色に染まっており、瞳孔は縦に割れたような状態だ。どうやら探していた大物悪魔は目の前にいたらしい。
神楽の叫ぶような声が轟いた。
「こんのっ! よくもマスターを!」
「止めた方がいいですよ、動いたら殺しちゃいます。そっちが動くより、こっちのが早いですから」
「うううっ……」
「ほら、もっと向こうまで離れて下さい」
「…………」
神楽は悔しそうに唸り、怒りに身を震わせている。だが冬広が亘の頭に手を置く様子を見て渋々と従った。
「先輩、実はキセノン社の中堂氏から悪魔の力を貰いましてね。多分ですけど、先輩よりも強いんですよ」
「そんな、簡単に、喋っていいのか?」
「大丈夫ですよ。ほら、悪役ってこういう時に語るものでしょ」
「それは、悪役は寂しいから、聞いて欲しくて、語るだけだ」
「じゃあ先輩も寂しかったんですね。ちょっと話しかけると、すーぐ返事をしてくれて嬉しそうに喋ってましたから」
「ひとつ、いいか」
「なんです?」
冬広が不思議そうな顔をすると同時に、亘は自分の腹に手を突っ込んだ。そこから手を引き抜き、自分の血と臓物の一部を冬広の顔に投げつける。
「うわっ」
驚いた冬広が身を仰け反らせると、渾身の力で飛び退き距離を取る。
「治癒! 治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒!」
凄まじい速さで神楽が素っ飛んできて、効果範囲外からも連続で回復魔法を使ってくる。その効果に入った途端に亘の身体が淡い緑の光に包まれ痛みが遠のく。
後には凄まじい目で怒る小妖精の姿があった。
「許さない、絶対に許さない。誰のマスターを傷つけたのか、何をしたのか思い知らせてやる。幾星霜経ち何度生まれ変わろうが必ず見つけだし未来永劫責め――」
「神楽は引っ込んでろ」
「ちょっと? なにさ、なんなのさ! ボクは怒ってるんだから、すっごく怒ってるんだから。いくらマスターが言っても――」
「煩い。サキ、やめろ」
殆ど音もなく駆け、鋭い爪で冬広を襲おうとしていたサキが急停止した。勢い余ってベチッと転んでいるが、そこから顔をあげガウガウ訴えながら駆け寄ってくる。どうやら、いろんな感情が渦巻いて言葉にならないようだ。
「あとは自分でやる」
亘は冬広を見やった。ようやく顔に付いた血を拭い、それで手についた肉片を気味悪そうにして払っている。
とりたてて仲が良かったわけではないが、それでも職場では話しやすい後輩だと思っていた。挨拶もしっかりして返事もしてくれて、気の良い相手だと思っていた。それなりに関係性ができているとさえ思っていた。
だが、実際は違ったらしい。
裏切られた思いはあるが怒りはない、ただ無性に哀しいだけだ。
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