第373話 やっぱりだ、やっぱり来た――

「これが各方面の精鋭か……」

 亘は正直なところ、呆気にとられていた。

 その目の前では押し寄せる悪魔に怯みもせず、懸命に戦う人たちの姿がある。互いに背中合わせになって連携し、近寄る悪魔を足蹴にして転がし手製の槍を突き刺していたり、または金属バットを叩き付け殴り倒して前進する者さえいた。

 辺りに響く咆え声は悪魔ではなく人のもので、まるで蛮族のようだと亘は思った。

 ちょっと引くぐらいだ。

 しかし同時に、こんなに頑張っているのなら応援せねばとも思う。

「でも、ちょっと前に突っ込みすぎな気もしますよね」

「確かにそれもそうだ。皆の頑張りに応えて援護しに行こうか」

 ざっと見回して援護が必要な場所を探す。

 オレンジ系ユニフォームはよく目立つ。その消防レスキュー隊は破壊工具のハンドアクスを振るって戦っているが、少し手こずっているようだ。

 まずは、そちらを応援すべきだろう。

 だが半分ほど距離を詰めたところで、レスキュー隊の動きが加速した。

「「「来たぞー!!」」」

 流石は炎にも怯まず突っ込む人達だ。そんな声をあげ、向かってくる悪魔に向かって逆襲している

「あの様子なら手伝う必要はないか」

「そうですね。では、あちらはどうでしょうか。苦戦しているみたいですよ」

「ふむ、あれは国交省のテックフォースか。なんでここに」

 戦闘訓練まではともかく、他の組織は普段から身体を動かす訓練をしている。だが、国交省のテックフォースは全く毛色が違う。普通の行政マン。実態は座学研修を一度受けただけの運動不足な一般職員が年一回の機材操作訓練をしただけで災害現場に派遣されるという、見かけたら優しくしてあげたい最恐ブラック活動なのである。

 防衛隊に守られていたので気付かなかったが、よく見れば青息吐息だ。

「あそこに入庁しなくて本当に良かった」

「どうしましょうか。古宇多さんに頼んで下がって貰いましょうか」

「そうだよな……」

 いつか死人が出ると前から噂されていたテックフォースだが、それが今日この場かもしれない。そんな事になれば非常に困る。なにせこの訓練の発起人は亘という事になっているのだ。

「神楽もそこに気を取られてるし、防衛隊の邪魔しているだけだ。全体の効率が下がるだけだ。下がって貰うとしよう」

「分かりました。では、そのようにしてきますね」

 七海はエルムとヒヨを呼んで、一緒に憐れな行政マンの救助に向かった。

 なんだかんだ言いながら、全体を見て気を使っている亘である。ただしそれが皆に理解され喜ばれているかは別の話だったが。


「あの辺は放っておいてもいいか」

 最前線ではチャラ夫がガルムを連れて走り回っている。その直ぐ後ろでは、簀戸を連れた大宮が戦っていた。突っ走りそうな近村を木屋が抑えて、愛犬――愛ケルベロス――スナガシと共に活躍している。

「ちょっ待って、サキちゃん待って。もう呼ばないで。お腹いっぱいっす!」

「やだ」

 サキはチャラ夫の側で遠吠えした。

「いやあああっ!」

 集まってくる悪魔を薙ぎ倒しながらチャラ夫が叫んだ。サキが手を叩いて喜んでいるのは、きっとチャラ夫の叫びが面白いからなのだろう。そろそろ止めるべきかと思わないでもないが、まだチャラ夫は大丈夫そうだな、と亘は思った。

 イツキが両手を広げ片足跳びしながらやって来た。

「どうした?」

「うん、ちょっと暇なんだぞ」

「どこか手伝ってくるのはどうだ」

「でも、どこ手伝えばいいか分かんないぜ」

「そうだな……」

 言われてみれば確かにそうで、あの憐れな行政マン部隊を除けば、そこそこ上手く戦えている。チャラ夫たちデーモンルーラー使いが悪魔が集中する箇所で薙ぎ倒し、その他の隊がフォローするような連携が上手く出来上がっている。

 NATSは志緒を中心として、全体を確認しながら一番手薄な場所を抑えていた。

「なんとなく上手くまとまってるようだな。しかし申し訳ない」

「申し訳ないって、それ意味分かんないぞ」

「悪魔の強さがあまりないだろ。せっかく皆が集まってくれて、あんなに頑張ってくれてるのに。こんなに簡単に倒せる悪魔しかいないのは申し訳ない」

「えーっと?」

「そりゃまあ仕事は頑張る気はないけどな。でも、やっぱり来て貰ったからには手応えのある感じの、訓練したと実感できる悪魔が必要じゃないかと思うんだが」

 それは完全なる善意だと知っているイツキでも腕組みして唸ってしまう。

「うーん。俺、小父さんは好きだけどその考えはどーかと思うんだぞ」

 しかし亘の考えは変わらない。

「サキ、おいで」

 たったそれだけ普通に言っただけだが、この戦いの喧噪の中でもサキの反応は素晴らしかった。パッと振り向くなりまっしぐらに突っ走ってきた。目の前で急停止すると期待に満ちた目でみつめてくる。呼ばれただけで嬉しいといった姿だ。

「この辺で異界の主か、そこらの奴を探したいんだが。見つけられるか?」

「んっ、見つける!」

「よしよし、サキはお利口だな。一緒に探すか」

「んっ!」

 まさに天使の笑みでサキは頷いて、手を引っ張りだしているぐらいだ。

「じゃあ、ここはイツキに任せておく。頼んだぞ」

「うっ、うん。頼まれた以上は俺も頑張るけど、悪魔は選んだ方がいいって思うぞ」

「分かってる。手応えのあるのを探してくる」

「そういうんじゃないけど……まっ、いっか」

 イツキが考えるのを止め、それで皆の頼みの綱は誰も知らぬ間に断ち斬られたのであった。今のところ皆は、押し寄せる悪魔の数が減って喜んでいるばかりである。


「素晴らしい……戦いの精神が形になったような戦いだ」

 感心しきる古宇多の横で、お付きの武官は唸った。

「しかし少々手荒ですな。ここまで戦国時代的な戦いが行われるとは、正直……」

「どのみち、これからの戦いには必要なことだ」

「銃器類は海外メーカーから設計図を購入し、稼働可能な工場で製産しています。弾薬関係も同様です。まだ、ここまでは必要ないのかと」

「そうだ。他にはクロスボウ関係も製産しているな」

「やはりこのような戦いは損耗が大きいです。今回のような回復支援が受けられるわけではありません」

「分かっている」

 古宇多は頷いた。

 その目は少しずつ減っていく悪魔と、それに勢いづく皆の姿が捉えられている。

「だが、いざという時はこのように戦わねばならない。やった事のある者とやった事のない者では心構えが違うのだよ」

「その点は理解しますが……他組織まで集める必要はないのでは?」

「ここで戦った連中は、自分の部署に戻って我々と同じ思想を振りまく。地道に同じ方向を向く連中を増やさねばならん。いつまでも書類仕事しか知らん連中の言いなりにはならんよ」

「ああ、それで国交省にも声をかけたのですね」

「……いや、あそこは向こうから押し掛けてきた」

「そりゃまた、出しゃばりらしいですな」

 へたり込んで青息吐息のテックフォース隊員に、古宇多たちは憐れみの視線を向けた。上層部の思いつきや思惑に振り回されている彼らが気の毒でならなかったのだ。

 辺りで歓声があがる。

 悪魔の最後の一体が倒されたのだ。

 この苦難を乗り切った者たちは手を取り合い、腕をぶつけ合い肩を組んで喜びを分かち合っている。そして、回復魔法を振りまいてくれた小さな存在に手を合わせたり食べ物を差し出し感謝をしていた。そこには強い連帯感が漂っていた。

 だがしかし古宇多は気付いた。

 あのチャラ夫を始めとするデーモンルーラー使いやNATSといった者たちは、全く警戒を解いていない。それどころか、むしろ警戒を高めて周囲を警戒している。

「やっぱりだ、やっぱり来た――」

 NATSの誰かが叫ぶ。

 鼓膜に響く激しい轟音と共に地面が揺れ、皆の前に大きな牛男が転がってきた。痛そうに唸り、怒りで充血した眼で辺りを見回しながら立ち上がって凄まじい声で咆吼をあげた。

 びりびりと空気が震え、その場に居た者たちの身体どころか心まで揺さぶった。

 何人かの警察関係者が逃げようとして後退るが、先回りしたNATSの隊員に肩を叩かれる。

 NATSの隊員は口角を極限まであげ、歯まで見せた最高の笑顔だ。軽く首を傾げて覗き込むような仕草は、何かサイコでホラーな雰囲気を漂わせている。

「こっからが本番ね」

「嘘だろ。あれ、どう見ても手に負えない……」

「ようこそ地獄へ」

「…………」

「常に回復されるから死ねないから倒すまで終わらないから一緒に頑張ろうね」

 辺りに再び凄まじい声、さっきとは別の牛男が落ちてきたのだ。

 さらに半ば悲鳴のような叫びに目を向ければ、悪魔のような奴にドナドナされて連れてこられる牛男の姿がある。掴み上げられて投げられて、他の牛男と同じところに落ちた。逃げようとすると、そこに巨大な狐が回り込んで威嚇して――まるで牧羊犬がするように――その場にとどめている。

 ふわふわと小さな姿が飛んで来て、皆の上で両手を握って励ましてくれる。

「あのさボクさ回復しか応援できないけどさ、頑張っちゃってね」

 それをありがたいと思える者は、一部の訓練されきった連中だけであった。

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