第372話 我先に悪魔へ全力疾走を開始する

「この辺りの地形を考えると、良い感じに悪魔が集まりそうですね」

 亘は自分のスマホにマップを表示し、拡大したりスクロールしたりで確認した。

 これまでの経験から、なんとなく悪魔がよく集まる場所は分かっている。この辺りは程よく自然が残って川もあれば小山もあり、なおかつ人里に近い。

 活きの良い上質な悪魔が出て、大物も狙えそうだ。

 ざっと見回し満足げに頷いていると――。

「ほほぅ、そうなのか」

 近い位置で声がして、古宇多が横から顔を寄せ画面を覗き込んできた。

 見られて拙いものではないし、話をしている対象でもある。だがしかし、その覗き込まれる行為自体が何となく嫌だ。

「前に川をおいて良い地形だ。穴を掘って土嚢を積みたくなる。こことここに機銃を配置すれば、効果的なクロスファイアが形成できそうだ。出来れば後方陣地を用意してやりたいもので――」

 画面に古宇多の指紋がついていく。

 亘は曖昧に笑って肯き、さり気なくスマホを下げて避難させた。

「そういうのは詳しくないですけど、前方から敵が来る想定だったりします? どこから襲って来るか分かりませんよ」

「ほぅ! すると対ゲリラ戦みたいなものか、それは楽しみだ」

 古宇多は鼻息も荒く頷いた。

 それを感じる亘のストレスは積み上がるばかり。古宇多の存在が気になって、次は何をしてくるのかと意識が向いてしまって、古宇多がそこに居るだけで落ち着かない気分になってくる。

 しかし相手は友好的に接しているだけ。

 たとえ距離感がおかしかろうと、相手にとってそれは普通なので文句も言えない。誰かに言っても、言った方が心の狭い奴と思われるだけだろう。

 微妙なストレスに困っていると七海が来た。

 周りの者たちの向ける視線に、少しも臆した様子もなく笑っている。

「五条さん、そろそろ準備を始めませんと」

「準備……? ああ、そうだな準備があるな。よし準備するか」

「はい、それ大事ですよね。サキちゃんと打ち合わせしたりとかですね」

「そうだな打ち合せだな。では準備がありますので失礼します。準備、準備と」

 古宇多に頭を下げ周りに対しても頭を下げて、七海に手を引かれてその場を移動する。助かったという安堵もあるし、手を握っているだけで嬉しい。今の今まで感じていたストレスが浄化されていく気分だ。

「今のは助かったよ」

 やや声を抑えて亘が言うと、七海は最高の微笑みを返してくれた。

「良かったです。ちょっとお節介かなって心配してましたので」

「まさか、とんでもない。古宇多さんも悪い人ではないんだが。悪い人ではないんだが……もちろん変な意味じゃないが、そういう感じなんだ」

「分かります。嫌いじゃないですけど、少し困る人っていますよね」

 自分はそう思われたりしないだろうか、ふと亘は不安になってしまった。五条さんは違いますけど、と七海が付け加えたので安心した。

「さてと、一応は打ち合せしておくか」

 予想外に人数が増えてしまったので、それを管理する役割分担を仲間内で決めておいた方が良かったのだ。


 スキップするサキの髪は、日射しの中で輝いて神々しささえある。これから悪魔を呼び寄せるのだが、亘にお願いされて頭を撫でて貰った。お陰で機嫌が良いらしく、不思議な旋律の唄を口ずさんでいる。

「いやぁ、今から戦いっすか。兄貴と一緒にびしばしと、超楽しみっす」

「役目を忘れるなよ。チャラ夫は管理職として全体を見ながら行動するようにな」

 役職的にはチャラ夫が上だ。

 つまるところ年下上司になるのだが、国家公務員である亘にとっては慣れっこだ。二十代で管理職になって、肩で風を切りブイブイ言わせるキャリアの上司なんて幾らでもいる。

 それを思えばチャラ夫相手なら大いに気が楽であるし、もし何か問題が起きても責任はチャラ夫――もしくは古宇多――に行くので、そうした意味でも気が楽なのだ。

「おっと、始まった」

 サキが空にむかって朗々と咆えている。

 いつもより張り切っているせいか、壮麗な声がよく響く。だからきっと悪魔も多く集まるに違いない。実際、向こうの方から雲霞の如く黒影が押し寄せてくる。

 集められた者たちが如何に精鋭であろうと、動揺の声があがるのは当然だった。

「あのさボクさ思うんだけどさ、ちょっと多いんじゃないかな」

「うん、まあそうだな……」

「大丈夫かな。マスターが大丈夫なのは間違いないけどさ、つまりその。他の人たちとかが」

「期待しているぞ、神楽。お前だけが頼りだ」

「もーっ、しょうがないなぁマスターは」

 頼られた神楽はテレテレとして、亘の頬をペシペシ叩いてみせた。この神楽の回復魔法がたっぷり必要な状況になるのは間違いない。

 サキが駆け戻ってきた。

 足元で褒めて欲しそうに見上げ、チョイチョイと服の裾を引いて存在を主張する。

「んっ、褒めれ」

「ご苦労さん、よく頑張ったな。ちょっと多いけどな」

「んーっ」

 頭をワシッと掴んで髪をクシャクシャにすれば、サキは目を細め満面の笑みだ。嬉しさの余りに亘の手を捉まえ頬ずりしただけでなく、さらには歯を当てる程度の甘噛みまでしている。


 亘は押し寄せる悪魔の群れと、それに対峙する人々に目を向けた。

「心配は他の人たちが怖じ気づいてないかだが……」

「そりゃ大丈ー夫っす! さっき、俺っちが皆にしっかり言っておいたっす!」

「パワハラめいたこと言ってないだろな」

「えー、そりゃまあ。気ぃ抜いたら兄貴に怒られるって程度っすけど、それパワハラじゃないっすよね」

「あのなぁ……人を出汁に余計な話をするな。こっちがパワハラで訴えられたどうすんだよ。他に何か余計な事を言ってないだろな」

「いやまぁ、悪魔の群れの中に放り込まれるとか……これ大丈夫っすよね」

「お前なぁ」

 亘は顔をしかめた。

 どうにも自分の評判が悪い気がして――もちろん気のせいではなのだが――心配をしていたが、その理由がチャラ夫だと理解したのだ。

 もちろん実際には概ね亘自身の行いが原因だが、人は誰しも自分を客観視できるわけではない。亘もそうだ。だから、このチャラ夫が余計なことを吹聴している事が全ての原因と理解した。

「諸悪の根源め」

 チャラ夫の腰のベルトを掴んで持ち上げる。

「ちょっ、兄貴。そんなことしたらオマタに食い込んじゃうの、あふんっ」

「うるさい。悪魔の群れに放り込まれるんだろ? だったら、その言葉の通りにしてやろうじゃないか」

「えっ、ちょっ! マジ止めて!」

「ほら逝ってこい」

 変なニュアンスで言いつつ、悪魔の群れに向けて思いっきり放り投げる。

 チャラ夫は放物線を描いた。

「いやああああっすうううぅぅぅ!」

 その悲鳴を目で追う人々は空を見上げて振り仰ぎ、それから首を降ろしていく。雲霞の如き黒影のただ中に落ちたチャラ夫は、そこに呑み込まれ姿を消した。

「ふむ、狙い通りに落ちたな」

「そだねー。でもさ、回復しといた方がいいのかな?」

「あいつのしぶとさは天下一品だから大丈夫だろ」

 言うが早いか、その辺りの悪魔をなぎ倒してチャラ夫が姿を現した。

「ほら元気そうだ。あんなに叫んで気合い十分みたいだな」

「悲鳴だって、ボク思うよ」

「大丈夫、大丈夫。チャラ夫だから死にやしないって」

「マスターのそーいうテキトーなとこ、直した方がいんじゃないかな」


 チャラ夫は殺到する悪魔の中を走り回り、そこにガルムも駆け付け、両者そろって必死の形相で戦っている。見るも哀れな有り様だが、知っている者たちからすれば良くある話。

「っしゃぁ! チャラ夫さんが一番槍で行ったぞ! 突っ込め! 突っ込め!」

「前に! 悪魔側の方が安全よ! お互いの位置をキープして離れず戦いましょう」

 大宮たちは恐ろしい勢いで突っ込み、NATSの連中も志緒の冷静な指示で程よい勢いで戦闘を開始した。

 どっちも良く訓練されている。

 しかし、他の者はそうでもなかった。

 迫る悪魔の群れを見ながらも後ろを気にして振り向いて、ゆっくり近づいて来る五条亘という奴の姿を見つめる。

 先程聞いたばかりのチャラ夫の話、実際に放り込まれたチャラ夫の姿、目の前で猛烈な勢いで突っ込んでいく連中。巷で囁かれる五条という人物の噂。その全てを合わせ考えれば――理解するしかない。

 悪魔の群れの中に放り込まれ強制的に戦わされる、その話が本当なのだと。

「敵、来てますよ」

 心配した亘が応援の為に走って来れば、彼らは喉の奥で擦れるような悲鳴をあげ、我先に悪魔へ全力疾走を開始する。放り込まれるよりは、真正面からぶち当たった方が遙かにマシという考えだ。

 後ろに恐ろしい奴がいる。その一心で悪魔へと突っ込んでいった。

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