第367話 わきゃわきゃ喧嘩をしている
日が沈み残照も終わった夜のはじめ頃。
真っ暗な街の道路を車が一台走行している。速度は遅めだが、路上に何が落ちているのか分からないので仕方がない。世の中が平穏な頃は道路管理者がパトロールを行い落下物を拾ってくれたが、今はそこまで丁寧に管理されている状況ではないのだ。
猛スピードで突っ走らず、安全運転するのは当然だった。
とは言えど、どんな状況だろうと不測の事態に備え警戒するのは当然なのだが。
「おや、珍しい事に他の車がいるな」
言って亘は、ちらりとバックミラーに目をやった。
そのままとてもさり気なく、助手席の方をちらっとだけ目を向ける。一緒に出かけて悪魔退治をしてきた七海の姿があって、それだけで嬉しくなってしまう。以前、こんな感じで出かけた事を思い出した。トラックの群れに襲われ崖から落とされるといった、酷い事故にあった。もう随分と昔のことのように思えてしまう。
亘はもう一度バックミラーを見やった。
今度はそれほど眩しくないのは、サキが存在を主張するように座席から精一杯の背伸びをしているからだ。もちろん神楽も一緒だが、後ろの車のライトのせいで殆どシルエットしか見えない。
亘は微かに頷いてみせた。
それだけでサキは満足したらしく引っ込んでいくと、神楽のシルエットも手を振りながら沈んでいく。
「ちょっと遅くなりましたね、夕食で皆に迷惑をかけてしまいます」
間違いなくエルムやイツキは健気に夕食を待っている事だろう。それは間違いないこととして疑うことすらしない。
「そうだな。エルムに一品奪われそうだが、最近はイツキもそんな感じになってきたな。まあ良いコンビだと思うけど」
「二人で戦隊ショーの企画をやってますね。聖獣戦隊コウリュウジャーというタイトルで、悪の大妖狐を倒すお話だそうです。でも今はアマリュウレッドしか活躍してないそうですけど」
竜なら青だと思うが、なぜ赤なのかは分からない。きっとノリと勢いなのだろう。
「それで私には悪の幹部をやらないかって言うんですよ」
悪の女幹部となれば、露出の高い衣装がセオリーだ。七海がそんな格好をすれば、大きなお友達がいっぱい押し掛け、薄い本が厚くなりそうな気がした。亘は即座に首を横に振った。
「悪役ってのは良くないな、実に良くない」
「そう言って貰えると嬉しいです。でも、五条さんにも何かやって貰おうかって、二人して話して張り切ってましたよ」
「それは……勘弁して欲しいな」
学芸会で木の役しかやった事のない亘は肩を竦めた。
後ろが追いついて来たので、横に寄ってアクセルを緩めつつ速度を保持する。道路交通法では、追い越しされる時は速度を一定にせねば違反となる為だ。取り締まりも何もないが、身についたマナーやルールに基づいての運転だった。
だが後続車は追い抜きもせず、急接近をして蛇行をしたりしだした。
亘はハンドルを指先で叩いて苛立ちを露わにする。
「これが煽り運転という奴か」
たとえ追突されようと怪我をしない自信はあるが、さりとて事故を許容するものではない。なにより同乗者に嫌な思いをさせたくもない。徐々に苛立ってきて、いっそ神楽に命じて破壊させようかと思っていると、ようやく後続車は横に出て追い抜きにかかってきた。
そのまま先に行かと思えば、今度は併走しだして――。
「誰も乗ってない?」
「凄いですね自動運転なんでしょうか」
「どうも違うな」
亘はちらちらと相手の車を見た。
車体全体が歪んだピンクの外車で、ライトが目になってフロントグリルは牙のような感じになっていた。間違いなくこれは悪魔だ。
しかも幅寄せしてくるため、亘は速度を調節しながら回避した。
「悪魔まで煽り運転をするとは世も末だな。ああ、実際そんな感じの世の中だった。まあいい、悪魔なら倒すのみだ。神楽、やってしまえ」
「はいなのさ! ボクにお任せなのさ」
張り切った神楽の声を合図に、亘はパワーウィンドウのスイッチを操作した。
後部座席の窓が開けば風が吹き込み、車外の空気がなだれ込む。排気ガスの臭いが強いのは、車の悪魔がもうもうと撒き散らしているためだ。何となく毒ガスっぽい気もするが、車内にいる誰にも効果はない。
「んもうっ、風が酷い」
乱気流の如く吹き込む風のなか、神楽は苦労して窓まで移動。そのままドアをよじ登って、窓枠に顔を出した。髪の毛が逆立つような強風に顔をしかめ、しっかり窓枠を掴んで攻撃に移ろうとする。
しかしその時だった。
シートベルトを外したサキが、尻をずって座席の上を横移動。戸惑う神楽を見もせず、さっさと火球を飛ばす。
直撃。
爆発。
車の悪魔は玩具のように空に跳ね上がり、縦に回転しながら破片を撒き散らし、真正面から道路に激突。炎をあげ爆発した。
呆然とする神楽は風で髪を乱しつつ、後方へ置き去りになる炎を見つめている。
「煽り運転死すべし慈悲はないって、ところだな」
亘がスイッチを操作すると、茫然とする神楽の目の前で窓が閉まっていく。
「倒した」
と、サキは言った。
ふんすと威張り気味な具合だが、それを神楽が鋭く振り向き睨んだ。
「ちょっと何で横取りするのさ! あれは! ボクが! 倒すの!」
「知らん」
「マスターが言ったの聞いてたよね、ボクに頼んでたのを!」
「遅いが悪い」
両手を振り回して抗議をする神楽だが、それをサキは小煩げに払って座席の間から顔を突き出した。それで亘が適当に頭を撫でると満足げに引っ込むが、ふんすと再び得意そうな顔を神楽に向けた。
余計に煩くなった後部座席の喧騒を背景音楽に、亘は車を走らせ七海と雑談した。
防衛隊の警護する検問所へ近づくと、サーチライトが向けられる。その眩しさに目を細めつつ速度を落とし、指定の場所に車を停車させた。辺りを見回せば、遮蔽物に身を隠し油断なく銃器類を構える隊員の姿があった。
夜ともなれば、悪魔が活発化するため警戒が厳重になって当然だ。
鳴り響く笛と誘導棒の合図に従って、亘は指定の位置に車を止める。今なお銃口が向けられ緊張の度合いは高い。
しかし亘は気にした様子もなく、パワーウィンドウスイッチを操作した。
窓が開くとエンジンを停止させる。軽く顔を出して合図をすると、銃器を手にして近づいて来た隊員たちに外出許可証の紙を差し出す。
隊員がそれを検めている向こうで、誰かが小さく声をあげた。その少しむさ苦しい系の大柄な男が駆け寄ってきた。
「あっ、五条さん!? お勤めご苦労さまです!」
「ああ大宮さん、こんばんは。今日の当番でしたか」
「はい! そうです!」
デーモンルーラー使いも交代制で、検問所の警護に参加しているのだ。防衛隊だけでは対処出来ない悪魔への対応や弾薬の節約もあるが、一番の理由は相互理解の為である。夜勤などで雑談をすれば、普通は何だかんだと仲が深まるものだ。なお亘はダメだったが。
後ろから穏やかな顔の木屋も現れた。
「ご苦労様です」
もちろんスナガシという名の、年寄り犬の姿をしたケルベロスも一緒だ。きちんとお座りをして背筋を伸ばしている。
きっちり挨拶に来てくれた二人に、亘は車を降りて挨拶するか迷った。そして迷っている間に、二人が側に来てしまったためドアが開けられずに降りる機を逸した。
「こんな時間まで悪魔退治されていたのですか」
「ええまあ、ちょっと気晴らしがてら」
「気晴らし……。流石です!」
大宮の感心するような声は大きくて、木屋も何度も頷いた。その声を聞いていた隊員たちは、なんとも微妙な表情を浮かべている。
「こんばんはです」
そして七海も助手席から運転席側へと前屈み気味に身を乗り出した。
この組み合わせに驚きもせず、大宮も木屋も年下の少女相手とは思えないほど丁寧な挨拶を返している。七海の強さを知っているだけでなく、亘との親密ぶりも把握しているからだ。
ついでに言えば、わきゃわきゃ喧嘩をしている後部座席の小さなピクシーと金髪の女の子の正体も彼らは知っている。両手を振り回し威嚇し合う姿は、傍目には微笑ましい喧嘩のようだが、その両方が本気を出せば辺り一面が消し飛ぶということを。
外出許可証の確認を丁寧に行った防衛隊員が、遠慮気味に差し出し返却した。
「それでは行きますが、夜勤の方は宜しくお願いします」
こんな時に掛ける言葉に迷いながら亘は丁寧に言った。頑張ってください、では上から目線のようである。お任せします、では他人事のようである。だから結局は丁寧な言葉で言うしかないのだ。
亘が車のエンジンをかけると、検問用の車止めが退かされる。それを確認すると、周りの人たちに頭を下げつつ検問所を通過。アクセルをゆっくりと踏み込み、車を加速させた。
夕食を待つ仲間たちの元へと。
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