第358話 にわかに強まる社長黒幕説に焦る
「あー、いっぱい来るな」
見覚えのあるテングの中に、それとは別のものも見える。まだ遠いのではっきりとは見えないが、翼の種類が違う。そんなのが、いっぱい来る。数えるのが面倒なぐらいだった。
これが普段であれば、亘は大喜びで戦ったところだろう。
しかし今は素直に戦えない事情もある。
「法成寺さん、直ぐに隠れて――」
観測機器に張り付いている法成寺に呼びかける。
この法成寺は全くの普通の人間、性格はさておき戦闘能力は皆無。しかし、その頭脳は暴走気味だがかけがえのないものであって、失われるわけにはいかない。
「あーそれ駄目駄目、観測の最中だから。これ波数を合わせながらでないと観測が安定しないんでー、つまり手が離せませーん」
「いや、敵が来てますけど」
「ふーん、あっそう。じゃあ、倒すのよろぴく」
「よろ……でも、あの数なんですけど」
「だいじょーぶ。五条さんなら、余裕のよっちゃんでしょ。あれれ? それとも無理? そっかぁ無理かー、五条さんならって信じてたのに。とってもとっても残念」
「あ、大丈夫です。分かりました」
亘は誰かの期待に弱く、失望されることを恐れる。この法成寺を友人の一人と思っているため、その期待と信頼に応えねばいけないと考え、無茶な言葉に頷いてしまう。
「マスターってばさ、なに言ってんのさ。あの数だよ!?」
「うるさいな、やると言ったらやるんだ」
「また何か変な意地張ってる……」
空の悪魔の群れはこちらに向かってきていて、一体ずつがしっかりと見えている。テング以外の悪魔は、爬虫類ぽい。恐竜のような頭にコウモリの様な翼と鳥っぽい足といった姿だ。
初見の相手に眉を寄せていると、神楽が頷いた。
「あれワイバーンだよ、ドラゴンの一種だよ」
「なるほどそうか。倒せば全部一緒だな」
「うん、マスターならそー言うって思ってた。じゃあさ、攻撃しちゃうよ」
「待ってくれ。いま攻撃すると相手が散ってしまう」
下手に攻撃をすれば分かれて動き、それでは法成寺を守りきれないのは自明の理。そうしないためには、相手の動きをある程度は誘導してやる必要があった。
「サキで敵寄せするの?」
「それもいいが、そうすると数が多くなりすぎる」
「そだね」
「ここは囮作戦だな。何せ囮には最適な人材がいるから」
ぼやっと空を見上げていたチャラ夫が、まさかという顔で振り向いている。もちろん亘と目が合って、どうやら自分がその人材とやらだと理解したらしい。
「あ、兄貴? まさかっすけど、やっぱし……」
「チャラ夫は天才的な囮の才能があるだろ。頑張ってくれ」
「あの数なんすけど、マジっすか!?」
「もちろん援護するさ」
チャラ夫の肩に手を置いて、亘は優しく頷いた。
「ヘイヘイカモーン! 降りてきて掛かって来たらどうっす? ここよーん」
チャラ夫は空に向けた中指で相手を差し招き、舌をみせて頭を振った。目にしただけでイラッとする具合で、確実に空の悪魔たちの心を捉えてみせた。
わさわさと黒い群れがチャラ夫を目がけ下降してくる。
まさに一匹残らずだ。
「ちょっ! 多すぎっす! タイム! ストップ! いやーっ!」
チャラ夫は目を見開き悲鳴をあげ走りだすが、その騒々しい仕草の一つ一つも、やはり悪魔の群れの心を掴んで離さない。その天才的な挑発には、見ていた亘や神楽やサキまでイラッとしているぐらいだ。恐らく平気だったのは、ガルムくらいだろう。
悲鳴をあげるチャラ夫を掠めるようにして、神楽の光球が放たれ、空に爆発の花を幾つも咲かせる。余波で墜落したテングにはサキが躍りかかって仕留めていく。ガルムも走り回って火を吐き噛みつき頑張っている。
亘は念の為に法成寺の傍に待機していたが、向こうから聞こえて来る爆音やら戦いの声やらを前にして落ち着かない。もちろん自分も飛びだし戦いたいのだ。少しはこっちに来いと願うぐらいだが、もちろん悪魔の群れはチャラ夫に引きつけられている。
「法成寺さん、まだ終わりません?」
「うーん、なんかですね。観測データが面白いの取れてるのね。これって、やっぱ意図的な感じ? 単なる暴走じゃないって言えるかも」
「……つまり新藤社長による故意だと言いたいのですか?」
にわかに強まる社長黒幕説に焦る亘だった。
戦いの方ではビルの硝子が粉々になり、砕けたコンクリートが落下している。吹きよせてくる風は、少し埃っぽいぐらいだ。
「あっ、もっちろん、そんなつもりないですって。五条さんに言われて気付かされて、自分決めましたから。新藤を信じるって事をね。一度決めた事ですから、そこは曲げませんですよ」
「…………」
しかし、その言った本人が一番迷っている。おかげで、ふらふら飛んで来たワイバーンの姿を見ても、考え事をしながら足元の石を拾って投げて倒して終わりだ。戦いを楽しむどころではない。
「でもまっ、一つ分かったのは。このままだと、キセノンには近づけないってことかなー。詳しいとこはデータを持ち帰って解析しないと分かんないけど」
「それはどういう?」
「だーかーらー、せっかちさんはダメですよん。データを解析しないとはっきりしないから。さっ、神楽ちゃんの活躍は見たいけど。ここは真面目に頑張って観測しなきゃですよ。あーもう、こういうのジレンマ葛藤悩み!」
騒ぐ法成寺は、チャラ夫に負けず劣らずイラッとさせられる。だがしかし、亘は我慢して大きく息を吐くだけにした。
法成寺は観測機器に繋いだタブレットを操作し、幾つか向きを変え観測していく。合間にちらちらと視線をあげ、神楽のいる方を見ては悶えている。
「くーっ、悔しいみたい。はっ、そうだ! DPでもう一人の自分ができたら、この悩みも解決するとか? 今後の為に研究しちゃおっかな」
「その場合、もう一人の自分と争うのでは」
「ノーッ! それ確かにそうかも。もう一人の自分と、どっちの愛が上かで争っちゃうかも。流石は五条さん、なんて冷静で的確な判断力なんだ!」
危ない研究が阻止できて亘は安堵した。法成寺が二人に増えたら耐えられない。
戦闘の方は、相変わらず続いている。チャラ夫が逃げ惑い、それをテングとワイバーンが追い、それを神楽とサキとガルムが討ち減らしていく。
「むっ……」
ビルの小道から、のっそりと大型悪魔が現れた。
どうやら法成寺の観測機器は空の悪魔だけでなく地上の悪魔も呼び寄せてしまったらしい。チャラ夫の姿を見ていないせいか、やや大股で、まっすぐ向かってくる。青い肌の牛のようで、しかし顔には白髭がある姿だ。
亘はDPで出来た棒を取り出し、注意した。
「あれを倒してきますから、周りには気を付けて下さいよ」
法成寺の返事を待たずに突っ込む。ここで時間をかけ問答するよりは早く動いた方がよっぽどいい。
青い牛が動いた。突っ込んでくる。
亘は真正面から迎え撃って、DPの棒を頭上に放り投げた。相手を押しとどめるには素手の方が良いと判断したのだ。思いっきり腕を振るって、自分より遙かに大きな青い牛の頭を殴りつける。拳が痛い。だがそれで青い牛が膝を屈して倒れ込み、しかし突進の勢いで転がった。
もちろん巻き込まれた。
衝撃、上下が何度も入れ替わって、その度に道路に頭をぶつけてしまう。
「く……」
ふらつく意識を整えて、素早く身を起こす。まだ倒れたままの青牛の角を掴んで、そのまま思いっきり放り投げる。投げたのは、向こうから続けて来ようとしていた牛の大群にだ。
そこに大型悪魔の青い牛が飛んで行って、ぶつかった。ついでに雑居ビルの一階部分の柱にも激突している。ビルは元からそれなりに損傷していたのだろう。壁面にひび割れが一気に走った。外壁のコンクリートが幾つも落下、下にいた牛を押し潰す。
「あ……」
見ている前でビルは、濛々と粉塵を噴き上げ、斜めに移動するよう崩れていった。
それだけなら問題なかったが、しかし間の悪いことにチャラ夫が走って来ていたのだ。もう完璧なタイミングでたチャラ夫は巻き込まれている。
「いかん! チャラ夫! 大丈夫か!」
亘は血相を変え突っ走り、途中の悪魔をなぎ倒し蹴散らし跳ね飛ばす。そのまま瓦礫の山を掘り出すが、しかし瓦礫をおしのけチャラ夫が顔をだした。こちらも高レベルのため、普通の人間より遙かに頑丈なのだ。
「大丈夫っすよ」
「すまん巻き込んだ」
「いやいや気にしないで欲しいっす! それより俺っちは役に立ったっすよね!」
「もちろんだ」
手を差し伸べチャラ夫を引き起こすが、周りでは残ったテングやワイバーンや、その他の悪魔が次々と倒されていく。それも気にせず、服の埃を払ってやる。
「すまないな、いろいろ無茶させた」
「そんなことないっす! 兄貴の役に立てたなら、もうそれだけで俺っちは!」
「チャラ夫……」
「兄貴……」
見つめ合う二人の周りに神楽とサキとガルムがやって来る。そして法成寺も。
「やあ終わりましたよん。それじゃーね、一旦戻りましょっか。ここに居ても時間の無駄無駄無駄ぁ! あっ、神楽ちゃん。真面目に頑張って観測してたからね、どう? どう? とっても偉いでしょ」
騒ぐ法成寺も立派な囮に使えるに違いない。
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