第357話 言わぬが仏のナンマイダブ
「一緒に行くっす!」
その一言で、亘は額に手をあてた。
NATS本部の設置されている建物の玄関前。公用車を回送してきたのは亘で、乗り込もうとしていたのは法成寺に神楽とサキ。そこに走って来たのがチャラ夫で、運転席に張り付き、自分も一緒に行くと騒いだのだった。
「どこに行くか知って言ってるのか?」
亘はスイッチ一つで窓を開け、呆れた声を出した。
その窓から神楽がするりと入り込み、小さな身体で助手席を陣取っている。遅れて助手席ドアを開けたサキと場所取り合戦を始めて騒々しい。分かち合いの精神を発揮したのは、亘が一瞥し咳払いしてからだ。
そしてチャラ夫は開いた窓に手をかけ顔を突き出してくる。
「キセノンヒルズっすよね。正中さんに教えて貰ったっす」
「別に遊びや挨拶で行くわけじゃないぞ。様子を見に行くだけだからな」
「いやー、でもほら。兄貴は悪魔の群れ見つけたら突撃っしょ。でもって法成寺さんじゃあ、いけいけゴーゴーで止めるはずもない。ってなわけで、俺っちにストッパーになって欲しいって頼まれたんす」
「ストッパーね……」
このチャラ夫こそが、最もストッパーに相応しくないと思うのだ。それなのに、どうして正中はチャラ夫に声をかけたのか。亘は眼を上に向けて考え込んだが、答えは出なかった。むしろ法成寺とチャラ夫の二人が揃って、騒々しくなって面倒だという考えしか思い浮かばない。
なお正中は亘が身内に対しては庇護意識が強いと知っているので、チャラ夫の存在自体をストッパーにしただけだ。その言動には期待していない。他の仲間では過保護になりすぎるとか、法成寺では効果あるまいとか、いろいろ細かに気遣っての選択なのだろう。
その辺りの思惑を分からぬまま、亘が頷くとチャラ夫は嬉々として車に乗り込んだ。
「この辺りで急に悪魔が強くなって、そんでテングと戦って、なかなか大変だったんすよ。なんかテングの攻撃もなんすけど、神楽ちゃんとサキちゃんの魔法の方がヤバかったんすけど。でもまっ、俺っちは天才的な囮の才能があるって兄貴に褒めて貰って。しかも最高の仲間って言われてもうマジウルトラ最高気分で」
後部座席のチャラ夫は上機嫌。
「えーっ、神楽ちゃんの魔法とか浴びたの。なにそれ超羨ましいんですけど。やっぱ芸術的爆発がビシッとバシッとハートに響いて昇天しちゃう感じ? ぼきゅも吹き飛ばされて回復されてのフルコースを味わいたいのよ」
後部座席の法成寺はハイテンション。
「兄貴の特訓とかでそれあるんすよ。まぁ一番の特訓を受けた俺っちから言わせて貰えば、魔法攻撃とかより、兄貴に手ずから攻撃を受けてガッツンガッツンやられる方がハートに響いて興奮するっすよ」
「どっちも最高。だから最高と最高で比べてもしょーがないって。ガッツンガッツンでハートに響いて最高。それでいーじゃないの。君は君の最高、こっちはこっちの最高。みんな違ってみんな最高ってやつ?」
「マジそれ。いぇいいぇいいぇーい!」
「いぇいいぇいいぇーい!」
「「HAHAHAHAHA」」
二人揃って両手を打合せ、声を揃えて笑っている。
後部座席の騒ぎに亘は苛々していた。しかも肩を組んで身体を揺らす二人の姿がバックミラーにちらついて、一度気になれば目について癇に障って仕方が無い。。
騒々しい者同士が出会えばどうなるか。
きっとどちらかが負けて片方が静かになるに違いない、と亘は思っていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。むしろ相乗効果で騒々しくなるという事だ。
しかも両者ともに自分の好きに喋っているだけなので、内容が微妙にずれている。おかげで聞かされる側は苛つくばかり。
こんな時は注意して黙らせるべきなのだが、亘にそれが出来るはずもない。
根本的に他人に対し遠慮があるので、自分が我慢すればいいとの考えが先に立つ。だから何も言えないまま、我慢しながら苛つくばかり。頭の中では、後部座席だけ綺麗に切り離せないかとか、射出装置があれば迷わず放出してやるとか、そんな事を考えストレスを溜めていく一方であった。
一応は態度に苛つきをみせ、それで相手が気付いてくれる事を待っているばかり。もちろん後ろの二人が気付く筈もないので、気の毒なのは微妙に荒い運転で酷使される年季の入った公用車――走行距離は二十万㎞を越えている――であった。
サキは気にした様子もなく、胸の前のシートベルトを掴んで背筋をのばし、外の様子を眺めている。ときどき亘を見て嬉しそうに笑い、ドライブを楽しんでいた。
しかし神楽は不機嫌な亘の様子にハラハラだ。
「あのさ、マスターさ。怒っちゃダメだよ、深呼吸で気を落ち着けるといいよ」
「怒ってないぞ。まあ怒らせたら大したもんだ。でも怒ってないんだ。まあ、怒らせたらどうなるか知らんが」
「はぁ……そーいう性格だよね」
神楽は両手を組んで、早く到着しますようにと祈っていた。
雑居ビルに挟まれた二車線道路の路肩に車を駐めている。以前にテングを倒していた辺りだ。前に来たときよりも、ゴミが散乱して見えるのは戦闘の名残だろう。
少し風が強い。
エンジンを止め外に出る。壊れかけた看板が風を受けてばたばたと鳴り、何かが落下した金属音が唐突に響く。それでも驚くほど静かだと感じるのは、もちろん車内との対比のせいだろう。
「なんて静かだ、気分が落ち着く」
少し埃っぽさのある空気を深呼吸してしまう。
だが、そんな憩いの気分も直ぐ終わる。車のドアが二度開閉し、茶髪のチャラ夫と太目な法成寺が現れると、辺りはたちまち喧噪に包まれてしまう。
「おーっ、あれこそキセノンヒルズ。今までの研究が、無駄ではなかった証のために! 再び我が研究を続ける為に! DP確認成就の為に! キセノンよ、私は帰ってきた!」
「法成寺さんってば、あんま騒ぐとテングが来ちゃうっすよ。でも兄貴と一緒なら大丈夫なんすけどね。でも兄貴の手を煩わせるわけにはいかないっす。もはや負ける気がしないっすから、テングどもはこの俺っち一人で片付けてやるっす」
「えっ、テングが来る!? テングが来ちゃえば神楽ちゃんの活躍が見られる!?」
その時であった、道の脇の標識がへし折れたのは。
半ばでくの字に曲がって標識部分がアスファルトに激突し、ひしゃげていた。哀れにも亘のストレス発散に使われたのである。
普通であれば黙るだろう。
だが、相手は普通ではない。むしろ、きゃいきゃいと騒々しく喜んで、二人は余計に騒々しくなるばかりだ。
亘は深々と息を吐き、自らに従う二体の従魔に目を向け命じた。
「あー、もう……やってしまえ」
その言葉と同時にサキの蹴りがチャラ夫に、神楽の蹴りが法成寺に命中し黙らせる。片方は痛みに悶絶し、片方は歓喜に悶絶した。その後は大人しくなるが、反省ポーズだけならサルでも出来るので、きっと反省などしていないだろう。
亘は半ば諦め、さっさと用事を片付けることにした。
「ここでDPの観測をするわけですよね。早いところやりましょうか」
「まー、そうですね。五条さんの視覚情報だけでは、頭の固いお役人方は納得しませんからね。ここでデータ観測して提示。後は資料にまとめて、キセノン社にDPが流れていること証明しつつ、現状との因果関係を否定と。あー、めんどくさ」
ぶつくさ言いながら、法成寺は車の後部から機器を取り出した。
「そこで取り出したるものが、ずばーり! DPミエール君!」
「どこかで見た事があるような……確かそれは測量道具?」
法成寺が車の後部から取り出したものを見て、亘は眉を寄せた。それは光波測距儀で、その名の通りレーザーを用い距離測定をする、お値段百万近い高価な機器である。
「そのとーり。国交省の倉庫に転がっていたのを改造して転用したんですよー。ほんっと、これを弄るの苦労しましたって」
「全く目的の違うものですから、それを改造するのは大変でしょうね」
「いーえいえ、そうじゃないです。弄るために調達するのが苦労って意味です。なんですかー、官庁間での物品のやりとりが無理って。予算の色が違うからダメだとか、あーだこーだと煩くて。倉庫で埃かぶって使わないよりか百倍マシじゃないですか、バカですよねアホですよね」
「…………」
亘が意見を笑いの表情だけで留めている間に、法成寺は機器の据え付けを行った。起動すると短い電子音が響き、低いモーター音を響かせながら計測を始めた。
「全自動っす、なんか近未来なハイテクって感じっす」
「おお同志チャラ夫よ、これの前に立たない方がいいですよー」
「あっ、お邪魔っすか」
「別にそんなことないけど。ただ発射してる光線って見えないけどね、それを頭に浴びちゃうと……言わぬが仏のナンマイダブ?」
「ひよぇっ!」
機器に近づいていたチャラ夫は大袈裟に仰け反った。ついでに亘もさり気なく後退って離れている。見えないだけに不安があるが、しかし神楽とサキには見えているらしい。
「あのさ、これすっごく目立っちゃうよね」
「んっ、ぱっぱ光る」
「しかもあっちまで飛んでるからさ、あちこちから丸見えだよね」
「丸見え」
その発言に亘は嫌な予感がした。
つまるところ、機器から出ている光線が悪魔には目立って丸見えということは、興味を惹かれた存在がやって来るという事だ。もちろん悪魔が来るならDP稼ぎでありがたいのだが、しかし今は法成寺という戦闘力皆無な存在がいる。
法成寺を護りながら、悪魔と戦うなど面倒過ぎるではないか。
どうか面倒が起きないようにと願う亘であったが――。
「あっ、来た」
神楽が指さすビルの向こう、舞い上がるように飛びたつ大量の影が確認できた。
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