第337話 持つべきは良き友であり仲間である
ぞくぞくと人が集まりだし、辺りは一気に騒々しくなった。
特に多いのが引率された子供で、もちろんそれは今回の式典での主役たちだ。講習会を受けたばかりの、新たなデーモンルーラー使いたちで、足元にはそれぞれの従魔を従えている。物見遊山な様子で、誘導する係員の注意を受けても、大人しくする様子はない。
ある程度の年齢になると酷いもので、虚勢を張ってふざけ奇矯な声をあげたりと、手が付けられない。
――猿山の猿と言ったら、猿に失礼かな。
亘は目を閉じ自分の額を指で突いた。
個々人の良識に期待するなど、全くもって無意味だ。この中の一人か二人でも、従魔を使って何かしでかせば、批判の矛先は全員に向けられる。早いところ誰かが厳しく指導をすればいいが、きっと誰も何もしないのだろう。
自分を棚に上げ、やれやれ気分で足を組む。
もうサキは膝上にはいない。
式典の始まる頃合いなので強制撤去され、後ろに用意された従魔専用の席に座らされていた。それだけでも不機嫌なのに、神楽が亘の胸ポケットで寝ている状況だ。すっかり機嫌が悪く、頬を膨らませ椅子に座って足をぶらぶらさせている。
不機嫌な妖狐の隣になった不幸な雨竜くんとガルムの恐怖を、亘は知らない。
そのときだった、うんざりするような騒々しさが収まったのは。
意外に思った亘が目を開けると、原因は会場に到着した一団だった。年寄りが多く、しかも服が――まるで今まで戦っていたかのように――汚損して幾つかは血痕であるし、顔に血糊血痕のある者すらいる。目付きは据わって油断がなく、戦場帰りの兵士とか野生の獣といった雰囲気だ。
この異様な集団の登場に、騒いでいた子供たちが黙ってしまった。
本来なら喜ぶべきところだが、老人たちは亘に向け――諸悪の根源たる大宮の行動を真似して――次々と敬礼をしていく。
「…………」
亘は何も言えず、そっと視線を逸らした。
そうすることで敬礼の対象が自分ではないと思い込もうとしたのだ。けれど、エルムやチャラ夫が笑って見つめてくるので、あまり効果は無かったのだが。
まるで救いの手を差し伸べるように、七海が話しかけてくれた。セーラー服姿が眩しすぎて、ちょっと直視しがたい。亘は綻びそうな顔を抑えるのに一生懸命だ。
「もしかして皆さん、また戦いに出ていたのです?」
「出ていたんだよ。なんだか鍛え方が足りないとか言ってな、昨日の夜からずっと戦いに行っていたんだ。どうして、あんなにも戦いたがるのやら……」
「五条さんみたいに、メリハリがないと駄目ですよね」
「そう、そうなんだよ」
言いながら、亘は横目で大宮や老人たちを眺めやった。全員の敬礼が終わって整列しているが、訓練されたならず者と言った様子で、堂々と立っている。横に並んだ青少年どもが静かになったことだけは、嬉しく感謝すべきことなのだろう。
そこに狐目の老人が、係員に誘導され、しずしずやって来た。細い体つきに白い顎髭で着流し姿。時々姿が違うが、稲荷の狐の古老だ。後ろに古い時代の唐服姿の同類を連れているため、とてもよく目立つ。
亘は急いで立ち上がったが、サキはジロリと一瞥しただけだ。
「あいあい、どうもお久しぶりでございます。五条様におかれましては、誠に素晴らしき活躍の数々。我ら一同は感心するばかりであります」
「狐の一族の皆さんの方が、活躍されてますから」
「いえいえ、そのような。我ら一族、五条様のご指示に従っておるばかりです」
その言葉を耳にした係員を含める何人もが、ぎょっとしている。なぜなら、この狐の一族の活躍が今の社会を支える重要な戦力であるのだから。すると亘が狐の一族を従え指示しているような言葉の意味は、とてもとても重い。
ただし亘は事の重要さには少しも思い至らず、社交辞令に――少なくとも本人はそう感じている――どう反応すべきか困っているばかりだ。
「みなさん、お揃いですね」
タイミング良くヒヨがやって来た。
一緒に居るのはアマテラスの雲林院という男で、幸いにして雲林院と狐の古老が挨拶を始めた。面倒な会話は回避できたが、しかし目の前でやっているため、亘は座るに座れない。ようやく挨拶が終わり、狐の一同は係員に案内され席に向かった。
やれやれと座りたいところだが、雲林院は残っている。
さらに会釈程度で通り過ぎればいいのに、話し掛けてまで来た。
「久しぶりだね」
「はぁ、どうも。ご無沙汰しております」
「ピヨから話は聞いていたが、また力を付けたようだ。これはもう、私ではどうにもならん存在だね。しかし……」
雲林院は亘の眼を見つめ、ややあって微笑した。
「君は見事に中庸の道を貫いている。普通は力を手に入れると、他人を意のままにしようとするか、他者を軽んじ踏みにじろうとする。しかし君はそうではない。本当に稀有な人だよ。実に素晴らしい」
「はあ……?」
「君であれば、ピヨを任せて安心だ。どうぞ、よろしく頼むよ」
「はあ」
戸惑った亘は曖昧な返事をした。なんとなしに視線を向けると、なぜだかヒヨは頬に手をやり、俯き加減の上目遣いで、しかも照れて恥じらうように顔を染めている。
「それはさておき」
言って雲林院はヒヨの頭に拳をのせてグリグリした。
「このピヨの不始末は許し難い。やんごとなき方の威光を使って、議員どもを黙らせたことだね。流石に禁じ手すぎるということで、私が御所からの使者という立場で参加することにしたのだよ。こういうのはバランスが必要だからね」
「痛い痛い。雲林院様ってば酷いんです、暴力反対なんです」
「同じぐらいの頭痛を感じた人もいるのだ。ちょっとは思い知るといい、考え無しの行動で、どれだけ人が困ったかということを」
どうやら雲林院はご立腹らしい。
アマテラスの重鎮という事で、挨拶したそうに雲林院を見つめる人たちがいるにも関わらず、そちらには目も向けず。雲林院は頭を下げて申し訳なさそうだ。
「君にも迷惑をかけている」
「はあ、別に特に迷惑とは思ってませんが」
「それは嬉しい事を言ってくれる。何か困った事があったら、私に出来る事であれば最大限の努力でもって協力しよう」
これまた周囲は、ぎょっとしている。
だが亘は単なる社交辞令程度にしか思っていない。しかし雲林院が友好的で好意的だという事は分かるので、ちょっとだけ頼んでみることにした。
「それなら一つ頼んでもいいですか?」
「君の頼み事なら喜んで」
「実は、うちの実家にですね。アマテラス関係の方が入り浸ってまして。別に迷惑とかじゃないですし、うちの親も喜んでますよ。でも毎日ゲーム三昧で、親兄弟や友人まで呼んで入り浸る状況でして。そういうの何とかなりません?」
事情を知っている者は、何とも言えない珍妙な顔で、あらぬ方を見やった。
しかし雲林院は事情を知らない。だから、思わしげな顔で眉を寄せた。
「ふぅむ。アマテラスの者が、そのような事をかね?」
「ええ、そうなんです」
「これは申し訳ない。確かに注意すべき事柄だ。私からキツく言っておこうじゃないか。いったいどこの部署の者だろうか――ん? どうしたピヨ」
ヒヨに小突かれた雲林院は訝しんだ。
そして耳打ちされ、途端に堂々とした顔が青ざめていった。ガタガタ震え、まるで泣きだす一歩手前のような顔になったかと思えば、すとんっと腰を落として地面に膝をついている。
誰が何をして、どんな存在たちが入り浸っているか知ったらしい。
「あの?」
「す、すまない。私の手には負えない。いや、これはもう……」
一気に虚脱した雲林院は、駆け付けた部下に肩を借り去って行く。自分の頼みがどうなったのか気になる亘だが、立ち去る雲林院の後ろ姿が、あまりにも物悲しげで、声のかけようもなかった。
しかし亘は他人の心配をしている場合ではないだろう。
なぜなら、傍から見ればアマテラスの重鎮にして御所からの使者を、ひどく恐れさせたようにしか見えないのだから。とりあえず、サキは愉快な光景を見て溜飲をさげたらしく、ちょっとだけ機嫌を直していた。
式の始まる時刻に近づくにつれ、徐々に偉い人もやって来る。
そうした人々の力関係は一目瞭然。もちろん露骨ではないが、一部の悠々とした人の元へと、媚びるようにして人がやって来る。そして、ひと言ふた言会話をして、並んだ姿を撮影させ頭を下げたりしていた。
そうした中に、あの橋詰政務官もいた。多数の取り巻きに囲まれ姿を現したのだが、挨拶伺いに来る相手に――それも結構な数だが――いちいち挨拶を返して談笑し、上手くあしらっている。
「ああいうのってのは、凄く面倒そうだな」
「挨拶のことですか。それはどうしてですか?」
「あんな風に挨拶されたら、いちいち反応しないといけないし。やりとりが面倒そうだと思う」
呟いた亘に、七海が不思議そうな目を向けてくる。なお、式典に備えてポケットからつまみ出した神楽は、寝ぼけ眼で飛んで行って、七海の胸の上にのって張り付くように寝てしまった。
けしからん神楽を摘まみ上げるべきかどうか、亘は大いに悩むのだが、そもそも見つめる事さえ出来ないのでどうしようもない。
「えっと……大宮さんたちが挨拶してましたし、狐の方々も、それからヒヨさんたちも挨拶に来てましたよね。そういう感じで良いのではないでしょうか」
「うん? まあ知り合いだからな」
「ええ。ええ、そうでしょう。五条さんは、きっと今のままが一番ですよ」
「これ以上は目立たず、平々凡々に穏やかに暮らしたいな」
亘が散漫状態で、視線を七海の胸元に向けては悩んでいるので、会話は微妙に噛み合わない。そんな様子に気付いたエルムなどは、たははっと呆れた笑いだ。
「いやいや、待つっす。平々凡々とか、そうは布団屋が卸さないっすよ」
「布団屋じゃなくて問屋だな」
「そうとも言うっす」
「言わんよ」
「まあまあ、細かい事は気にしないで欲しいっす」
チャラ夫は大雑把に言い放った。
「それよか俺っちは兄貴に偉くなって欲しいっす。そんでもって、兄貴が凄い奴だってのを皆に知って欲しいんっすよ」
エルムの向こう側から顔を出すチャラ夫は、大真面目な顔で頷いて言う。しかし、細かい事を気にしないという問題どころではなく、どうにも偉いの意味を勘違いしているようだ。
しかし、亘に寄せる気持ちは伝わってくる。
「そうか。まあなんだ、気持ちだけ受け取っておくよ」
真摯に自分を思いやってくれるチャラ夫に、亘は照れた笑みを見せつつ大きく息を吐いた。持つべきは良き友であり仲間である。そんな得がたい相手に恵まれた事は、喜ぶべきことなのだろう――しかし、そんな気持ちが踏みにじられる時が来ようとは。この時には少しも思っていなかったのである。
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