第338話 写真貼っておけば魔除けになるんじゃないか

 ドラムロールの音が響き、ファンファーレが鳴らされた。

 音響セットのスピーカーが空気を震わせ、いかにも盛大な雰囲気で閉会式が開式される。真面目に拍手するのは一部の関係者ぐらいのもので、肝心要となる参加者は碌な反応をせずボンヤリとして、残りの出席者もおざなりに反応するだけだ。

 周りは普通程度に手を叩くのだが、亘は――おざなり、なおざりに――指先をぶつける程度の拍手をしている。後は無意味で退屈な会議で鍛えられたスキルを活用し、半眼薄目で瞑想するようにして時を過ごす。

 両隣に七海とエルムがいて、良い匂いと言うべきか、何か分からない心地よさが味わえる。時々ちょっとだけ触れたりする肩から感じる熱が嬉しくて、視界の端に見る二人のスカート越しの足や、もうちょっと頑張り横目にすれば女の子らしい体つきも確認できる。誰にもバレず気付かれず、ゆっくりゆったり二人の存在を感じ幸せ気分だ。

 だから閉会式の方は、ほとんど気にもしていない。

 閉会式の開式の辞を雲重大臣が述べ、臨席した来賓の中の上位陣の挨拶が行われる。次々と登壇しては、長々と語っている。

 こうした挨拶文は主に主催者が文案を作成し、それを受け取った来賓側が自分の功績や主張を肉付け――ただし、これまた本人ではなく部下が行う――していく。そうしておんぶに抱っこで出来上がった原稿を、晴れ舞台に張り切る来賓が棒読み調に読み上げる。

 既に、飽き飽きとした参加者は置いてけぼり。

 幼い子は座り込んでしまっているし、それより上の年齢は欠伸をして私語が目立っている。背筋を伸ばして立っているのは、せいぜいが大宮を先頭とする、年寄り連中ぐらいのものだった。

 横目で七海を見ていた亘だが、その視界に小さな姿が立ちはだかった。白い小袖姿の、可愛い顔が目の前に迫って、のぞき込んでくる。

「マスターってばさ、目が疲れない?」

「……なんのことだ」

「ちゃんと前を見た方がいいって、ボク思うよ」

「うるさい。ちゃんと見てる」

「うるさくないもん。見てないもん。ボク、マスターの為に言ってるもん」

「もんもん言ってないで、いいから大人しくしてろよ」

 亘と神楽が顔を付き合わせヒソヒソやっていると、ようやく来賓挨拶が終わった。


 辺りに安堵する空気が流れるのだが、続いて祝電紹介となって、この場に呼ばれなかったが名前だけは出したい人々からの、お言葉――これまた主催者が作成したもので、相手に了承と追記を得たもの――が読み上げられていく。

 最後に臨席した来賓について所属と役職と名前が次々と読み上げられていった。

 何事も事前準備が大事とは言うものの、こうした式典はすべからく、事前に決められた内容を決められた通りに行うだけ。一部の者の自己顕示欲を満たすため、残りの者は忍耐力の限界を試されてつづける。

 式典が次へと進み、露骨に吐かれた安堵の息は、ささやかな抵抗というものだ。

 熟睡していたサキは椅子から落ちかけ目を覚まし、心配そうにのぞき込んでいた雨竜くんと目があうなり、ぽかっと理不尽なサキパンチを放った。寝起きの顔を見られていた事への反応としては、まだ穏当な反応だったかもしれない。

 進行係が壇上に現れ、進行表を手に背筋を伸ばした。

「それではこれより、戦いに臨む者たちの決意表明を行います。決意表明は、悪魔対策の代表である長谷部チャラ夫より述べさせて頂きます。長谷部チャラ夫さん、前へどうぞ」

 何気に聞いていた亘だったが、ふと首を捻った。

 チャラ夫というのは渾名で本名は別だったはずだが、どうやら公式でも渾名で呼ばれているらしい。誰かのミスなのか、それとも芸名のように確定されてしまったのかは分からない。何にせよ亘もチャラ夫の本名を思い出せなかったので、考えるのを止めた。

「はいっ!!」

 大きく返事をして立ち上がり、チャラ夫は壇上に向かってすすむ。よく言えば若々しく活き活きとした動きで、悪く言えば軽々しい動きをして、踏み台を上がって登壇する。


 その人となりを知る、亘も含めた、一部の関係者はハラハラだ。

 リハーサルではこの後に、空を指さし決めポーズを取って叫んでいた。姉である志緒から、鬼のように脅されているので、さすがに大丈夫だろうと思いたい。だが、しかし相手が相手だ。何をしでかすか分からない。

 チャラ夫は緊張の欠片もない自然体。

 壇上を数歩行って、同じ壇に席のある偉い来賓に対し一礼、国旗に対し一礼、それから会場の参加者に対し一礼。再び進んで、マイク手前で立ち止まって式辞用紙を手に取る。パタパタと広げ、一歩前に出てマイクの前に立つ。

 全くふざけた様子はない。

 それどころか、凛々しい顔をして、これがなかなかどうして堂に入っている。

「この世界にこうして生きている我々は、そのことに感謝し、今ここにいる仲間と共と力を合わせ、いつか必ず悪魔を撲滅するように、今なお、悪魔に困り怯える人々に、安心と安全を満ちわたらせるべく、日常を取り戻せるよう、努力を続けていきます! 我々は、この困難のなか、自らの意志を持って厳格に挑み、決して諦めることなく、常に人々の為を思って悪魔と戦い続けます!」

 音響から拍手の音が流されるが、それに負けず劣らず参加者全員から拍手が起こった。

 亘と七海は目を見合わせた。

「誰だ、あれは」

「ええっとそうですよね。チャラ夫君のはずですよ。ちょっと意外すぎですが、いいえ、かなり意外です。絶対に何かすると思ってましたから」

「そうだよな。まさかの偽物……そういえば七海はドッペルゲンガーを見破るのが得意だとか聞いたな。あれは偽物だと分かるか」

「私には、分かりませんよ。私が分かるのは、たった二人だけですから」

「ふうん? そうなのか。どうしてまた二人なんだ?」

「一人は私です。もう一人はですね、あのっ、そのっ、えっと……」

 言いかけて七海は目を伏せ、頬を染めている。何か非常に言いにくいことらしいが、にやにやする神楽の様子から察すると、あまり追求しない方が良さそうな気もする。

 だが何にせよ、恥ずかしげな七海の様子が可憐で可愛らしい。

 そちらに気を取られていた亘は、壇上で始まっていたの異変に、最初気付かなかった。


「とまぁ、そんな堅い言葉はさておいといて」

 チャラ夫がマイクを片手に、演台の前に出て、まるでベテラン司会者の如き態度で悠々と歩き回って語っている。

「俺っちが思うには、適当にやればいいっすよ。適当っちゅうのは、いい加減ってことじゃなくって。その場に合わせた一番良い方法って事っす。臨機応変とも言うかもっすね」

 壇上に席のある来賓は、式典でよくあるアトラクションと思った。進行係は渡された資料が間違っていたに違いないと、表情を変えないまま、憤りと共に結論づけた。他の来賓の中には、おかしいと思った人もいたが、壇上の人々が反応しないので傍観した。運営スタッフは戸惑いながら、しかし誰も我からは動かず、全体として静観する。

 正中は額に手をやり天を仰ぎ、志緒は激怒し歯を噛みしめた。だが、どちらも為す術がない。なぜなら、今この状況下では手が出せない。壇上は完全に無法地帯。喜ぶのは参加者たちで、退屈な式典の中のサプライズに手を叩いて喜んでいる。

 ――やっぱりやったか。

 亘は手こそ叩かないが微苦笑して、七海や神楽と一緒に、チャラ夫がマイクパフォーマンスをする様子を眺める。エルムとイツキは、他の参加者に倣って、手を挙げ歓声をあげている。

「俺っちが思うに、苦しんで頑張るってのは宜しからず。何より自分が大事! 自分を大事にしてこそ、他の人も大事にできるって思うっす。戦うのも一緒、自分も守れない奴が他人を守るなんてナーンセンス。一人一人に戦う力があるからこそ、他の皆のために頑張れるっちゅうもんっす。一人だけに苦労させるってのは、間違ってるってもんす」

 参加する少年少女に、あと年寄りも、皆が手をあげ叫んでいる。

「なんで、そんなこと言うって思うかもしんないっす。でも俺っちは知っているっす。そうやって今まで一人で誰よりも頑張って、誰よりも自分を大事にして、誰よりも他人を大事にして、誰よりも強くなっとる人ってのを」

 この辺りで亘から笑みが消えた。

 どうしてか嫌な予感がする、それも激しく。

「そん人はね、もう強い。どれぐらい強いかって言うと、悪魔もまたいで通るぐらいっす。やばすぎて鬼は泣きだすし、竜が回れ右して逃げだすぐらい。もうね、ほんとスーパー凄い。写真貼っておけば魔除けになるんじゃないかってぐらいっす」

 チャラ夫は誰のことを言っているのか。

 まさかに自分ではないと思うのだが、亘は背筋がゾワゾワしていた。自分など少しも凄くないと思っているのだけれども。もしかすると、もしかするとだが。チャラ夫が称賛しまくっているスーパー凄い人とは、自意識過剰かもしれないが、自分ではなかろうかと思ってしまうのだ。

 だが確認する間も、逃げる間もない。

「俺っちが尊敬しまくってる、その人を紹介させて貰うっす!」

 チャラ夫と視線が合った。

 合ってしまった。

 ニカッと笑った顔が、真なる悪魔の笑みに見えた。その視線と、差し向けられた手の動きによって、大勢の視線が亘の辺りへと注がれてしまう。こうなると、もはや逃げも隠れも出来やしない。

 あげく――。

「やあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! 頼れる兄貴の名こそは、五条亘なりー! あそれっ、五条! 五条!」

「「「五条! 五条!」」」

 途端に大宮や近村に老人たちが熱狂的に、木屋に簀戸までもが一緒になって、亘の名を連呼。他の者は天性の扇動者チャラ夫につられ、一緒になって叫んでいる。

 偉い人々は眉をよせ苦い顔だが、それ以上に亘は苦虫を目と鼻と口で潰した気分になっている。

「頼れる兄貴の登場だぁ! 兄貴、カモーン!」

 調子よく手を振って招くチャラ夫に、会場は沸きに沸いた。一方で亘は、その姿に、恐怖と戦慄を見ている。

 しかし責めるのは自分自身。

 あの時あの瞬間どうして自分は、チャラ夫の企みに気付かなかったのか。そして少しでも制止しなかったのか。好きにしろなどと言ってしまったのか。

 そう思うばかりであった。

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