閑63話 えっ、鳥!?

 白んだ空に漂う淡い白雲。

 晴れとも曇りともつかぬ空を、鳥たちが次々と飛んで行き、それを眺める亘は特に理由もなく侘しい気分になった。だが肩に腰掛けた神楽は、そうではないらしい。足を揺らして機嫌が良さそうだ。

「ねえねえ、鳥っていいよね。ボクも飛べるからさ、ちょっと親近感あるかな」

「ああ、よくさえずるとこが似てるな。ちなみに囀るのは縄張りの主張だ」

「ふんっだ! 優雅に飛んでるとことか似てるでしょ」

「そうだな。特に食べ物探して飛びまわるとかな」

「マスターぁ?」

 神楽が恐い顔で睨むが、亘は気にもしない。

 ちょっとした木立を指さす。そこには羽を休めた鳥たちが囀っている。しかしサキが舌なめずりして見つめれば、一斉に騒々しく鳴きながら飛びたった。

 しかも身軽になるために、食べた物の結果を排出していく。

 白くべちゃっとしたものが、音をたて地面を汚した。

「ああいうのに親近感あるのか?」

「うっがぁーっ!!」

 神楽は涙目でキレて亘の肩を何度も踏みつけた。

 ただし、本気では怒っていない。亘がこうした喋り方をする相手は、自分だけだと知っているのだ。つまりじゃれ合いのようなものだ。

 そこに一羽が飛来し、近くの照明柱の上にとまる。

 少しオウムのような南国調な雰囲気があって尾羽が長く、紅い羽毛が綺麗な鳥だ。

「可哀想にな。どっかのペットが逃げて野生化したのか・・・・・・」

「あれ悪魔だよ」

「なんだそうか、だったら倒すか」

 亘が呟いた途端に殺気を感じたのか、鳥の姿をした悪魔は素早く飛び立った。こうなってしまうと、亘には簡単に手が出せなくなってしまう。

 だがしかし、神楽は即座に光球を放った。

 鳥の悪魔は避ける事も出来ず爆発に呑まれ、煙を引きながら地面に落下した。爆発の余波に照明柱が揺れ動き、さらに音に驚いた防衛隊員たちが何事かと走ってくるのだが――亘の姿を確認すると、いつもの事かと胸をなで下ろし引き返した。

「やっぱしさ、ボクがいなきゃだよね」

「別にそんなことで威張られてもな」

「もうっ、マスターってば。素直じゃないんだからさ。ふんとにさぁ、ボクは優しいから許してあげるけどさ。ナナちゃんに、そういう態度とかしたら駄目だからね。まぁ、そんな勇気はないだろけどさ」

 言って聞かせるように、神楽は腰に手をやり宣言してみせる。こうなると話題が話題だけに、亘は視線を逸らすしかなかった。


 地面に落ちた妖鳥である悪魔が、まだ動いている。

「おやおや神楽さんや、油断大敵ってやつだな。それとも腕が鈍ったか」

「そなことないもん!」

 神楽は頬を膨らませると、再度光球を放って妖鳥を爆殺した。真っ黒に焦げた妖鳥は地面の上を転がっていく。道路に出来た陥没痕の補修を心配する亘だったが、しばらくすると妖鳥の異変に気付いた。

 また動いている。

「こいつ、もしかして強いのか?」

「そなことないよ。さっきもさ、ちゃんと倒したの確認したもん」

「なるほど」

 亘は大股で近づき、まだ焦げている妖鳥を掴んで無造作に投擲。激突したコンクリートの表面で真っ赤な花が咲くのだが――しばらくすると妖鳥の残骸が動きだした。

「なんだこれは・・・・・・」

 見る間に元通りの姿になって、唖然として見つめる亘と神楽の前で、美しい赤色の羽を広げ飛び去って行く。だがしかし、金色の影が過ぎって妖鳥を捕獲した。

 サキだ。

 獲物持って来たサキは天使のように美しい顔で、じたばた暴れる妖鳥を不思議そうに見つめ、次の瞬間には首を捻って絞めた。コキャッとした小さな音が響くと、妖鳥は舌を出して動かなくなる。

 だが、またも少しすると復活した。

 こうなるとサキは面白がって、幼い子供さながらの残酷さで妖鳥を絞めている。

「どうやら倒しても復活するようだな」

「つまりさ、ボクはちゃんと倒してたって事だよね。なんかさ、さっき凄っく失礼なこと言われた気がするんだけどさ。ボクの気のせい?」

「気のせいだろ」

 しれっと言われた神楽は怒ったが、亘は気にもしない。スマホを取り出すと、サキが鳥を絞める様子と合わせ確認した。

「なるほど、DPは入ってるから確実に倒せている。なるほど、なるほど……」

「倒せてるけど、倒せないってことだよね。どうしよ?」

「どうしよう、こうしようではない」

 亘は頷いた。

「つまり、これは無限DP産出悪魔だ」

「あのさぁ……」

「倒しても復活で、ロスタイムを加えて大雑把に考えたとしても……そうだな、一日千回は倒せる。つまり数千DPが簡単に手に入るってことだぞ」

「マスターってばさぁ……」

 神楽は頭痛がしたように額を押さえた。

 その間もサキは鳥を絞めているが、ちょっと飽きてきた様子もある。

「一日中なんて無理でしょ」

「交替でやればいいだろ」

「それ、ボクたちもやる前提だよね。そんな面倒なのって、ボクやだよ」

 至極真っ当な意見である。

 寝る間も惜しんで悪魔を倒すという発想の方がおかしい。だが、おかしい人間は平然として言った。

「でも考えてみろよ、これは鳥肉食べ放題だぞ」

「えっ!?」

「黒焦げからでも復活しただろ。ちょっと食べても、また元通り。つまりな、これは無限鳥肉というわけだ」

「!!」

 神楽の目が見開かれた。そしてマジマジと妖鳥を見やるのだが、どこが美味しいのか肉を観察するような目だ。復活したばかりの妖鳥が本能で恐怖している。

「唐揚げ?」

「それもいいな。潰して肉を叩いて生姜を少し加えて団子にするのもありだな」

「ボク、マスターのつくる肉団子も好き」

「いいだろう、久しぶりの料理だな。鳥を絞めるのは、子供の頃以来だが、まあ問題ない。明日にでも調理場を借りて鳥肉料理でもするか」

「やったーっ!」

 わいわいと騒ぐ間も、健気なサキは妖鳥を定期的に絞めては倒している。

 そして妖鳥にとって地獄が始まった。


◆◆◆


 翌朝、亘は神楽に叩き起こされた。もちろん鳥肉が待ちきれないからだ。着替えをすると欠伸をして、まだ湿気の残る空気の中を歩きだす。

 一日の始まりに辺りはまだ静かで、人の姿は殆んどない。

「あっ! 小父さん見つけた!」

 しかしイツキに遭遇した。

 今日も欠かさずトレーニングをしているようで、雨竜くんがスキップしながら後ろを追いかけている。もはや心は完全にイツキの従魔だ。さらに白虎と亀まで一緒に行動している。

「おっはよーっ。朝から小父さんに会えて、やっぱり早起きは三文の得だぜ」

「それは良かった、おはよう」

 三文となると百円かそこらだが、亘は余計なことは言わない。茶々を入れる相手は選んでいるのだ。何より大人にとって百円は大した事ないが、イツキぐらいの年齢であれば、そこそこ価値ある額だろう。

「なぁなぁ、チビ悪魔とドン狐を連れてどこ行くんだ」

「美味そうな鳥が手に入ったからな、これから鳥料理なんだ」

 イツキは目を輝かせた。

「えっ、鳥!? 俺は焼き鳥がいいんだぞ」

「食べさせてやりたいが、鳥は鳥でも悪魔系なんだよ。人間が食べるのは難しいな。それに鳥肉系の食中毒は恐いだろ。神楽たちなら大丈夫そうだが」

「そっか、それもそうだよな」

「雨竜くんや白狸も一緒に食べるといい。あと亀も」

 亘なりの愛想だったが、白狸呼ばわりに白虎はムセッとした。イツキの足の後ろから顔を出し威嚇するが、サキに一瞥された途端に視線を逸らし、全く別の方向を威嚇している素振りだ。

「でもよ、悪魔の鳥ってどんなだ?」

「んっ」

 サキは獲物を見せびらかした。

 その妖鳥は虚ろな目で、ぐったりしている。一晩で数百回も絞められ、あらゆる希望を失い絶望のどん底状態。虚ろな目が雨竜くんたちを捉えると、何かに気付いて弱々しく口元を動かしかけ――だが、そこでコキャッと絞められた。

「「…………」」

 雨竜くんは鰐のような顔の口に短い手をやり後退った。

 白虎の尻尾はぼんぼんに膨らみ、まさしく白狸状態。亀は甲羅の中に引っ込み石のフリ。それはまるで――旧知の相手が拷問を受ける姿を目にしたような反応だ。

 だが神楽は空中を上下して踊る。サキも妖鳥を手にして踊る。

「鳥肉食べ放題、食べ放題! わーい」

「わいっ!」

「唐揚げ照り焼き南蛮バンバンジー、美味しー」

「おいしっ!」

「はさみすなぎもればーかわつくね、てばぼんじりなんこつ、ねぎーま」

「ねぎまっ!」

 神楽が歌えばサキが合いの手を入れ、力ない妖鳥の首が揺れる。雨竜くんたちは、さながら密林で人食い族の宴を目撃した探検隊のような素振りで、悪魔が悪魔を見る目で恐怖している。

「あのさ、ボク早く食べたい!」

「楽しみ」

「だよねー」

「ねー」

 神楽とサキが素晴らしく上機嫌なのは、鳥肉料理が楽しみなだけではなく、それを亘が料理をしてくれるからだろう。一番の存在が自分のために料理をしてくれる。そこが大事なのだ。

 しかし雨竜くんが前に回り込んだ。短い手を上下に激しく振っている。

「え? 食べたいの?」

 首が横に振られる。

「もしかして……これ欲しいの?」

 首が縦に振られる。

 途端に神楽とサキの目付きが険しくなった。まさに獣の眼光で、一度で二度動きそうなぐらいの殺気だ。

 しかし雨竜くんは耐えた。短い足で膝ををつくと、何度も何度も手を突き頭を下げ懇願している。復活したばかりの妖鳥は薄く儚く微笑み、しかし弱々しく首を横に振った。まるで自分に構ってくれるなと言いたげな様子で――あっさり絞められた。


 イツキはそれぞれを見やって指先で頬を掻いた。

「なあなあ、その鳥を逃がしてやって欲しいんだぞ」

「駄目! これボクたちが見つけたんだもん」

「でもよ、どー見たって雨竜くんたちの知り合いっぽいぜ」

「きっと気のせいだよ、うん。それより唐揚げだよ!」

 神楽は全く聞く耳を持たない。サキも妖鳥を後ろに隠して頷いている。

「熱々にレモンをかけて一気に行くの」

「レモン、いらん」

「なに言ってんのさ、レモンかけるでしょ?」

「かけない」

 不毛な争いが始まった隙に、イツキは一番頼りになる相手に助けを求める事にした。いつだって、どんな時でも助けてくれて問題を解決してくれる相手だ。もちろん、そこが諸悪の根源とは毛ほども疑っていない。

「なあなあ、小父さん助けてやってよ」

「うーん。どうするかな」

「お願いだよ」

 イツキは亘に抱きついた。そうして見上げて懇願する仕草は、無邪気な子供がおねだりする仕草そのものだ。しかも、その瞳には信頼というものが宿っている。

「だめ?」

「イツキに頼まれたら嫌とは言えないな」

「えへっ、小父さん大好きなんだぞ」

「…………」

 日射しに輝く向日葵のような笑顔に、亘の心に鮮烈な夏の日の光景が過ぎった。すっかり忘れていた何かが蘇り、何か心が温かくなるのだ。

 それで神楽とサキは顔を見合わせた。

「鳥あげる」

「んっ、ほれ」

「でもさ、唐揚げのときは誘ってよね、絶対だからね。あとレモン付けてね」

「約束。レモン不要」

 無造作に突き出された妖鳥は、ちょうど復活したところだ。自分がどうなるのか少しも理解しないまま、怯えた様子でイツキを見上げている。

 イツキは受け取った妖鳥を手の平の上で優しく撫でてやった。

「ありがとな。うん、とっても綺麗なんだぞ。まるで宝石みたい」

「世話が大変だったら引き取るからな。食べる以外にも使い道はあるからな」

「大丈夫、こんな綺麗な子は大事にするんだぜ」

「さよか」

 亘は少しだけ名残惜しげに無限DP産出悪魔を見やった。

「よし、とりあえず調理場に行こう」

「この子を食べたら駄目だかんな」

「イツキが面倒を見てるなら何もしないさ。食事は別を考えよう」

 妖鳥――不死鳥は魂に刻んだ。

 不老不死を求める人間に襲われることは何度もあったが、目の前に居る悪魔の考えはそれと全く違う。もっと質が悪く、もっと恐ろしい何かだ。その魔手から逃れるには、この少女救世主と共にいる他にはないのだと。

「確か食堂のおばさん方が、餅を分けてくれると言ってたな。ちょいと炭火で焼いて、磯辺巻きにでもするか」

「それ良いな!」

「分かったら七海たちも呼んできてくれ。志緒とヒヨは神楽に行かせる。おっと、チャラ夫も呼びに行かないとな」

「えーっ、小父さんと二人で食べたかったのに。仕方が無いなぁ」

 イツキは新しい仲間を肩に載せると勢い良く走りだした。

 その活き活きとした動きの後を、雨竜くんと白虎と亀が追いかけていく。それを見送った亘は神楽とサキを連れて歩きだした。

 なお、のこのこ朝食にやって来たヒヨは鳥を見て絶句するのだった。

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