第293話 八つ当たり気味

 まずは話の内容として、何を問われているのか確認せねばならない。しかも何も聞いていなかった事を悟られないようにだ。

 それは、なかなか難しい事である。

 しかし亘は慣れている。なにせ職場の無意味な会議で唐突に話題を振られる事は、けっこうあるのだから。

「そうですね……しかし、その前にですが。ちょっと今の話で気になる部分がありましたので、もう一度お願いできますか」

 さも考え込んだ素振りで額に手をやり、指先で軽く叩く。

 亘の同僚たちであれば見抜いたかもしれないが、ここにいる出席者は極めて真面目な連中ばかりだ。会議の最中に関係ない事を考えたり、又は話しを聞かず妄想しているとは想像さえしていない。

 もちろん正中も同類だ。

 亘が真剣に考えるため言っていると思い、と疑うことすらしない。

「なるほど、分かった。新たに見いだしたデーモンルーラー使用者の運用だが、まずは防衛隊に同行させ経験を積ませる。これは防衛隊との連携を前提としているが、今後は機動隊とも共同していくつもりだ。オブザーバーとしてNATSとアマテラスが随行する。こんなところかな」

「なるほど。まず、そもそもがおかしいです」

 真面目な顔で頷いてみせた。話の筋は分かったが良い案が思い浮かばないため、そもそも論にて話を潰すことにしたのだ。

 それで最初の部分に話題を持っていけば、議論を引っ掻きまわす事ができる。通常の会議でこれをすれば顰蹙ものだが、しかし正中たちのような連中は無意識レベルで議論が大好きのため問題ない。

 既に意識は、お仕事モード。その場しのぎの技能を最大限に活用していく。

「思いますに。いきなり防衛隊に同行はないでしょう。最初に指導が必要でしょう」

「もちろん研修を行うつもりでいる、当然だよ」

「なるほど。では、その研修の中身を詳しく説明して貰えますか」

「悪魔の使用者は質の高い対応を求められている。だから倫理の保持と、任務に対する誇りとやり甲斐、人々から信頼されるような意識向上が必要。それから求められる能力と資質の向上と、戦いに対する知識技術の習得をさせる研修を実施する。もちろん基礎的な必要最低限になるだろう」

 とにかく相手に喋らせる。

 そして、その間に亘は自分が言及できそうな部分を見つけた。


「内容からして講義形式での実施と思いますが、違いますか?」

「もちろん違わない。長谷部君が徹夜してテキストを作成してくれた」

「時間の無駄です。そんな研修を受けたところで、何も残りませんよ。一つか二つ、何となく記憶に残る程度です」

 そうした研修を受けてきた当の本人は断言した。

 職場内研修の講師役は、たいてい普段は別の仕事をしている。本職の講師でもないため説明も下手で、せいぜいがテキストを読み上げるだけしかできない。

 そして講師役も受講者も時間を浪費。

 得られるのは研修を行ったという名目だけである。

「この緊急時に悠長な事をしている時間なんてありませんよ。防衛隊と同行させて経験を積ませるそうですが、それは駄目です。まずは、同じデーモンルーラーの使い手と一緒に行動させましょう。大事なのは戦闘の空気です、現場でしか分からない阿吽の呼吸というものがありますから」

「しかし……まずは知識を身に付けるために講習が必要ではないか」

「テキストは各自に渡して読ませるか、もしくは最低限の半日実施するだけでいいです。時間が無いのでしょう? それより早く外に連れ出し戦わせましょう。実戦に勝る訓練はありませんから」

「いきなり実戦など無茶すぎる。まずは心構えから入らねば」

「遅かれ早かれでしょう。そこで挫ける者は、どこかで挫けます。大事な局面で逃げられるより、最初でふるい落とした方がマシじゃないですかね。仕事でもそうでしょう? 同じ新採でも出来る出来ないは最初からあります。それを悠長に育てて同じレベルにするよりは、本人の資質や能力で早く選別すべきですよ」

 普段の亘であれば、ここまでは言わない。しかし今は不機嫌からの逆ギレモード。だから調子に乗って適当な事を言ってしまったのであった。

 本人は言いたい事が言えて気分の良さが回復しているぐらいだ。

「これが意見ですよ。勝手な考えですから気にされなくても構いませんけど」

「いや君の意見だ、尊重しよう」

「それはどうも」

「それでは早速だが、今の意見を踏まえて研修方式を一から見直すとしよう」

「え……?」

 亘は凄く嫌な予感にとらわれた。そして、その予感は間違いなかった。

「各部署の皆さんも、その方向で異論はないかな」

 集まっていた担当者たちが肯き――特にヒヨなどは大きく肯き――どうやら議論を引っ繰り返したせいで、打合せが振りだしに戻ってしまったらしい。しかも本人に自覚はないが、周りから重要人物と目されている亘の発言なのだ。

 皆が本気になってしまっている。

 これから長々とした打合せが再び始まろうとしており、まさしく策士策におぼれる、あるいは自分で捲いた種であった。


◆◆◆


「ああっ頭が痛い。頭を使いすぎて疲れた……」

 疲れきった亘は、自室のベッドに倒れ込み、突っ伏しながらぼやいた。

 余計な事を言って長引いた打合せの、しかもメインに据えられてしまい、随時質問をされ意見を求められるので気の休まる暇も無かったのだ。

 打合せは昼過ぎに始まったはずが、今はすっかり日も暮れている。気の早い者なら寝に入ったぐらいの時刻のため、如何に長時間であったかがわかろうものだ。

 遅い夕食をもそもそ食べて、ようやく自室に戻ったのであった。

「頭を使って攻撃したの?」

 神楽が飛んできて、横にポスンと降り立った。

 目と鼻の先にいる小さな姿は、ペタンと女の子座りをして両手を足の間に挟んでいる。あまりに近いので、人間と変わらぬ大きさのように見えてしまう。

「なんで攻撃ってことになるんだよ」

「だってマスターだから」

「こいつめ、お前は人を何だと思っているんだ」

「聞きたい?」

 お日様みたいに笑った神楽に、亘は軽く頭をぶつけ攻撃をするのであった。倒れたところをそのまま頭で押し潰してやり、軽くじゃれ合った。

 部屋にはサキもいるが出遅れてしまって口をへの字にしている。壁際の隅で仰向けになってイビキをかく雨竜くんに近づくと、八つ当たり気味の蹴りをいれベッドの隅で丸くなった。雨竜くんは呆然として辺りを見回すが、さっぱり分からず首を捻ると、そのまま図太くも寝てしまう。

 そんな理不尽なやり取りを亘は気付きもしない。

「頭を使ったってのは、いろいろ難しいことを考えたってことだ。おかげで脳味噌が熱暴走して沸騰してる気分だぞ」

「うん、確かにいつもより熱い感じだよね」

 ぴとっと額に張り付いてきた神楽だが、ひんやりして柔っこくて心地よい。しかも何か良い匂い――安心できて心安らぐような――がした。更に安心させるように撫でてまでくれて凄く癒やされる。

 慣れない状況と緊張で強いストレスを感じ、急性心因性発熱を起こしていた亘にとっては最高の薬だったに違いない。


「でもさ、マスターもたまには頭を使わなきゃだよ」

「凄く失礼なやつだな。いつも使っている」

「そーなの?」

「もちろんだ。そろそろ時代や流派を絞って自分の好みの作を持って収集すべきと考えている。しかしな備前で絞るか相州で絞るか、しかし山城も捨てがたく。幅広く手を出すには金もないし、どうすべきかと悩んで考えている」

「あのさそれさ、何の話さ?」

「日本刀だ。いい加減少しは覚えたらどうだ」

「これだからマスターときたら……いい加減に別のこと考えたらどーなのさ」

「…………」

 もちろん亘だって別の事を考える。だがしかし、それが今日の打合せが長引く要因となったのであるが。もちろん、そんな事は神楽に言えやしない。

 そして今も亘は別の事を考えている。

 神楽があまりに近いので人間と変わらぬ大きさに見える。そうすると普段は小さいが小さくもない胸が大きく見え、腕を振り回し躍動感ある動きを見せているのだ。

「マスターってばさ、ちゃんと聞いてる?」

「聞いてるぞ」

「そうなの。じゃあさ、いい加減にもっと別のことを考えるように」

「考えてるぞ。神楽は可愛いなとか」

「むっ、またそんなこと言って」

 神楽は腰に手をあて、怒ったような顔をする。だがしかし動揺どころか嬉しそうな顔は隠しきれず、あげくに顔まで赤くなっていた。

「でも本当に神楽は可愛いと思うぞ。心癒やされる存在だな」

「そ、そういうのはさ。ナナちゃんとかに言ってあげなきゃだよ。ボクにそなこと言ったってさ、どーすんのさ。ホントにもう、マスターってばさ知らないもん」

 動揺しきった神楽の顔は真っ赤で、そっぽを向いている。

 顔を背けるなら別の場所に行けばいいのだが、亘の前から移動しようとはしない。そのうちには我慢出来なくなると、上機嫌に浮かれた笑顔で抱きついてしまう。後は甘えて亘の耳を甘噛みしたり頬をすりすりしたりと、まるで猫のようだ。

 足元では拗ね気味のサキが存在をアピールすべく、そっと亘の足に尻尾を載せている。床では何も知らぬ雨竜くんが爆睡中であった。

「しかしまあ……明日から仕事が増えたな……面倒くさい」

「うんうん、ボクがいるから大丈夫なのさ」

「心強いよ」

 亘の仕事は目の前の悪魔だけを倒せば良いものではなかったが、しかし神楽たちがいれば心強かった。

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