閑49話 悪魔の言葉を信じると?

「最近の人間ってのは、相手の話も聞かずに攻撃してくるのか!? おいこら、ギュワーッ、どういった了見なんじゃ言うてみい」

 スオウと名乗った蛙型悪魔は子供たちを襲う気はないらしく、それどころか食糧を用意してやったり、他の悪魔から守ってきたらしい。

 にわかには信じがたい話であったが、スオウをよじ登る子供や、周囲を彷徨く蜥蜴型悪魔のリザードマンの間を駆け回る子供の姿を見れば、ひとまず信じるしかなかった。

「ごめんなさい、私のミスです」

「儂でのうて、小さいのどもに謝まらんかい」

「ごめんなさい。それから子供たちを守ってくれてありがとうごいます」

 そう言いながら、ヒヨは警戒を解かない。

 人と人でも見知らぬ相手や理解し難い相手には用心するが、まして悪魔であればなおさら。特にヒヨは悪魔を倒すべき存在として教えられ育ってきた。どうしても信じられず、きっと何かを企んでいるだろうと疑っている。

 大きな水晶のような蛙の目をしたスオウは、ヒヨの心中を見透かしたように不機嫌そうだ。けっ、と小さく毒づいてもいる。

「どうせ、お前が儂を信じとらんのは分かっとるわい」

「そんなことは……」

「じゃったら、儂の手を取ってみるといい。この人とは違う手をな!」

「…………」

「出来ぬわなぁ、別にそれは構わんわい。じゃったら下手なことは言わずにおれ。その方がずっとマシってもんじゃ」

 吐き捨てるような声だが、なぜだか一抹の寂しさや諦念が漂っているようにヒヨには思えた。分かってもいたが知ってもいたが、悪魔にこうした感情がある事はどうにも奇妙な感じがする。

「まあ、どうだっていいわい。じゃが言うておくがな、さっきみたいな攻撃はよさんか。あの程度の攻撃なんぞ儂はどうってことないがな、小さいのが怪我をしたらどうすんじゃ」

「……ごめんなさい」

 今回は全くダメージを与えられなかったが、仮に与えられたとすれば手負いとなったスオウが暴れ、子供たちが怪我をしていたかもしれない。まさに実戦経験の少なさが露呈したとも言えよう。

 悪魔に説教されたあげく、自分の攻撃をあの程度と酷評されてしまいヒヨは二重に落ち込んだ。

 そんなヒヨの前でスオウは瓦礫に腰掛け、横柄そうな素振りで腕組みした。

「とにかくじゃ、儂は儂を友と呼んでくれた人間に約束したのじゃ。もう人間を襲わぬとな」

「魔素――DPを取らずに生きると?」

「別に人間でなくとも持っとるじゃろが。ほれ、そこらの悪魔どもがな」

「えっ、それって共食い……」

「なんじゃい、失礼な事を言うな。お前ら人間は牛や豚や魚や生き物を喰らっとるでないか。それを共食いと言うか? 言わんじゃろが」

「そういう事ですか……」

 ヒヨは悪魔を悪魔として一括りにしているが、スオウからすれば別の種族という事だ。そこを考えれば言われた通り、共食いとは失礼だったかもしれない。

 またしても謝らねばならなくなるヒヨであった。


「カエルさん、カエルさんアレやってアレ」

 女の子が走ってくるとスオウに飛びつく。その太鼓のように膨らんだ白い腹に体当たりし跳ね返され笑っている。そこには恐れる様子は少しも無い。

 なお、ヒヨは恐れている――その女の子を。なぜならば、その子こそが無慈悲な言葉を放った張本人なのだから。

「じゃーかーら儂はカエルじゃのうて、スオウじゃと言うておろうが」

「だったらスオウちゃん」

「ギュワーッ! よせよせ、そんな呼び方は。背中がこそばゆうなるわい」

「じゃあカエルさんね、はい決まり」

「ケッ、これじゃから小さいのは苦手なんじゃ。踊ってやるから離れておれ」

 その言葉に子供たちが一斉に集まって来ると、地面に座り膝を抱え待ち構える。目を輝かせワクワクとして、スオウを恐れる様子は少しもない。

 そしてスオウが大きな白いお腹で腹鼓を打ち両足を滑稽に動かし踊りだした。

 子供たちの笑い声の中で、ヒヨも思わず微笑してしまう。

 部下たちは困惑し遠巻きに眺めるばかりだが、ヒヨには分かったのだ。このスオウは本当に敵ではないのだと。そう感じたのであって、ヒヨの精神年齢が子供並という事ではない。

 二度目のアンコールが入りったころ――ヒヨの部下が血相を変え突進してきた。

「ヒヨ様、大変です! 向こうから多数の悪魔が接近中です!」

「この辺りは安全だと思ったのに……直ぐに確認します。案内を」

「こちらです」

 走って直ぐの場所。

 交差点に出て部下の示す方向に目を向け、ヒヨは息を呑んだ。

「うそっ」

 まだ距離はあるが、それだけに全体の数が分かってしまう悪魔の群れ。異界の主級も多数含まれているが、それを別としても倒すとか倒せるといった以前の数だ。これに襲われては、生半可な力では押し留めることも出来ず呑み込まれてしまうに違いない。

 ましてや何人もの子供を連れてとなれば逃げる事さえ難しいだろう。だが、子供を見捨ててなどできる筈もない。

「拙いですよ。これどうすればいいのか……」

 ヒヨの部下たちは互いに目だけで合図を送りあう。たとえどれだけ不興を買おうとも、誰を生かすべきか決めているのだ。そうとは知らぬヒヨの背後で部下たちが行動に移り――水かきのある手が勢いよく打ち鳴らされた。

「ほれ、ぼさっとするな。お前らは小さいのを連れ、今すぐ逃げんかい」

「逃げるって、あの数に追われては無理ですよ」

「儂が逃げる時間を稼いでやるわい」

「えっ、でも……」

「時間が惜しいじゃろが。儂を信じられぬのは分かる。じゃが、今この時だけは信じてくれい。そんでもって、人間の小さいのを助けてやっとくれんか」

 ヒヨは蛙の悪魔の大きな目を見つめる。

 実を言えば蛙は苦手な部類になるヒヨだったが、その目を真正面から真摯に見つめた。ややあって力強く頷いた。

「……分かりました信じます」

 その言葉にはヒヨの部下が驚いた。

「ヒヨ様!? この悪魔の言葉を信じると?」

「悪魔ではなく、スオウさんです。私はスオウさんの言葉を信じます」

 言ってヒヨは手をのばし、水掻きのある手を自ら取って握手した。

「スオウさん、お願いします」

「……お、おう。任しておかんかい」

「さあ、子供たちを運びますよ。疾くかかりなさい!」

 威厳すら漂う言葉に部下達は瞬時に従った。言い知れぬ深い感銘を受け、背筋の産毛すら逆立つ思いで頷いた。全員がスオウを敵ではなく味方として信じきると、そちらには何の警戒もしないまま子供たちの救助に取りかかる。

 これにはスオウの方が驚くぐらいだ。

「なんじゃい、儂を信じとくれるのかい」

「子供たちがスオウさんを大好きで、スオウさんも子供たちが大好きみたいですから。私は信じますよ」

「ケーッ、そんなわけあるかい。儂は人間の小さいのなんぞ嫌いじゃ」

「あっ、この捻くれた性格。なんか既視感あるかも」

 ヒヨは知り合いの男を思い出した。なかなか性格も態度も悪いが、どうにもお人好しに思えて仕方がない人物だ。思い返せば、その相手にも謝ってばかりだった気がする。

「何にせよですね、スオウさんはスオウさんという事ですよ。それに人間にだっていろんな人が居ますから。たとえば悪魔より悪魔らしい人とか」

「ギュワギュワ、なんじゃい儂もそんな人間を知っておるわい。まあええわい、早う行け」

「私は悪魔というだけで、それから見かけで誤解してました。本当にすみません」

「ギュワ、そんなの疑って当然じゃい。それよかな、良いか。これから先は二度と儂のような悪魔を信用したらいかんぞ。本当は小さいのも太らせて喰うつもりじゃったかもしれんぞ」

 露悪主義な悪魔にヒヨは苦笑した。

「カエルさん」

 女の子の一人が走って来た。

 連れて行こうとしたヒヨだが思わず手が引っ込んでしまう。なぜならば、あの心折る発言をした子だからだ。つまり恐れているし苦手なのである。

 そうこうする内に女の子はスオウに何かを差しだした。

「これね、カエルさんにあげるから」

「ほうか、しょうがない貰ってやるか。儂も貢ぎ物を貰うぐらいに偉くなったか」

 小さな手にあるのは、それに相応しい小さな髪留めだ。

「なんじゃぁ、この手では上手くつけれんわい」

「じゃあね、あたしが付けたげる。頭貸して」

「頭なんぞ貸せんわい。ほれ、これでええのか?」

 屈み込んだスオウの僅かな銀髪に子供の持つ玩具のような髪留めが付けられた。

「似合うかのう?」

「可愛いよ!」

「ほうか可愛いか、クケケケケッ。ほうれ早うね去ね、そこの大きい人間と一緒に早う去ね。後は知らん、もう二度と会う事もあるまい」

「じゃあね、またね」

「ギュワァー、儂の話を聞け。まあええ、またの」

 スオウは毒づきながらも嬉しそうだ。ヒヨは丁寧に深々と一礼すると、女の子を抱き上げその場を撤収していった。

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