閑46話 悪魔退治のエキスパート

 崩壊した民家の上を少年が踏み越えていく。半袖シャツにジーンズと、それこそ散歩にでも行くような格好で少し着崩し、ウォレットチェーンにバングルにリングネックレスと、明るい茶色に染めた髪もあってチャラチャラした雰囲気がある。

 元は住宅街であったそこは、竜巻か何かが通過したように一直線に破壊の痕が刻み込まれていた。家屋はバラバラに砕け酷い有り様で、壁や柱が僅かに残るだけで残りは足下で瓦礫となっている。

 少しばかり埃臭く、そして生活臭だった名残りの何かがそこにはあった。

「うーむ、どうなんすかね?」

「どうされましたか。何かおかしな点でも?」

 その呟きを聞きとがめたのは少年の後ろに続く男で、大宮と言う。迷彩服にタクティカル系ベストを身につけ、銃器を手にしている事から分かるように防衛隊の隊員であった。

「おかしいっつうか、そこ柱と壁しか残ってないっす」

「確かにほぼ完全に破壊された状態ですな。しかも、連続してかなりの距離が破壊された点から考えますと、これをやった対象は相当な力を有しているに違いありません。心していきませんと」

「そーじゃなくて、保険出るんすか?」

「は? 何を」

「ほら火災保険って柱が一本あると貰えるお金が少なくなるって聞いたっす。もしそうなら、この家の人が気の毒だと思わないっすか? もう住めないってのに」

「……いえまあ。現状の被害に火災保険が適用されるかは不明確だったはず。むしろ今回の場合は地震保険――いいえ、政府が何らかの指針を出すまでは何とも言えませんね」

「つーことは火災保険の可能性もあるわけっすね。よっしゃ! ガルちゃん、人助けであの壁に体当たりして壊しておくっす!」

 チャラチャラした少年が示せば、その足下から何かが飛びだす。壊れかけとはいえコンクリート製の壁に体当たりをすると、あっさり破壊してしまう。派手な音が響き、また瓦礫が増えた。

 それを為したのは犬のような存在で、しかも狛犬のコスプレをしたような姿だ。褒めて貰おうと駆け戻り、パタパタと尾を振る姿はどう見ても完全に犬だ。

 しかし大宮は軽い恐怖を持ち、戦闘用ヘルメットの下で汗をじっとり滲ませる。

 犬にしか見えぬそれが悪魔の群れの中で暴れ回って蹂躙し、銃弾すら跳ね返す相手を喰い千切り時には火すら吐き、さらには負傷者を舐めて治療さえもするのだ。これがデーモンルーラーにて人に使役される悪魔なのだ。

 そしてチャラチャラとした格好の少年こそが、通称でチャラ夫と呼ばれるNATS――日本悪魔対策機関――に所属する悪魔退治のエキスパートであった。

 DP飽和と呼ばれる悪魔出現が発生して以降、数多くの悪魔を倒しており、その実力は単身で部隊級の戦力に数えられている程だ。しかも人間に協力してくれる狐たちとも縁が深い。実働部隊として活躍するチャラ夫のサポートが大宮たち兵士の仕事となっている。

「よーしよしガルちゃんは凄いっす、流石っす。いやー良い事をした後は気分が良いっすねー。よっし、この調子で異界の主を探して倒しておくっす」

「異界の主とは大型悪魔のことですか」

「大型悪魔とか大袈裟な呼び方っすね。そういうのを仰々しいって言えば合ってるっすか」

「よろしいかと。それより、大型悪魔の呼称は政府が決定した呼称です」

「だーめだめ。それ分かってない人が勝手に決めただけっすよ、いいっすか大型悪魔ってのは異界の主なんすけど、異界の主には小さいのが居るわけなんす。なんか混乱するじゃないっすか、そーいうの是正すべきと思うんすよね。あっ、是正って言葉の使い方合ってるっすか?」

「合っているかと思います」

 答えながら大宮は疑問に思った。瓦礫を軽々と踏み越え進んで行く少年は、いったいどれだけの大型悪魔、もとい異界の主に遭遇してきたのだろうかと。

「チャラ夫主任は、その小さい異界の主と遭遇した事があるのですか?」

「もちのろーん。というか最初に遭ったのが人間サイズの人狼だったんすよね。あん時は死にかけたっす。超凄い俺っちの兄貴が奇策で倒さなかったヤバかったっすよ。今思い出しても……あれは酷かった。そっすよねガルちゃん」

 同意を求められたガルムを見れば、一体何を思い出すのか虚ろな様子だ。どんな悪魔に対しても果敢に挑むガルムが虚脱する程の戦い、それはどんな死闘だったのだろうか。大宮は戦慄しながら、そんな修羅場を生き延びたチャラ夫に尊敬の念さえ抱いていた。

「チャラ夫主任のお姉さんは同じNATSで活躍されておられますね。すると、お兄さんもおられるというわけですか?」

「兄貴はお兄さんではないっす。もちろん年齢的にもアレっすけど……お兄さんと呼んであげないとダメって、神楽ちゃんに言われてるんすよね。ああ見えて兄貴ってば拗ねるらしいっすから」

「なるほど、つまりは義理のお兄さんという事――」

「ノー! ノー! ノー!」

 瞬間、チャラ夫は両手を振り回し何度もクロスさせ間違いだと知らしめる。

 その勢いには大宮が驚いただけでなく、後ろに付き従っていた兵士たちも何事かと緊張するほどだった。必死だ、とにかく必死だ。

「そんなことを言ったら駄目なんす! 命が惜しかったら、そんな事を言ったら駄目っす。神楽ちゃんとかサキちゃんならまだしも、余計なとこに聞こえたらヤバイっす。超ヤバイす。絶対にそんな関係でないって事を魂に刻んどくっす!」

 チャラ夫はクドいぐらいに念を押す。見ればガルムなどは伏せの体勢で両前足を鼻の上に載せ、しかもガタガタ震えながら尻尾を足の間に挟むぐらいだ。

 とんでもなく恐ろしい何かがあるのだと、大宮は理解するしかなかった。

「とにかく兄貴は兄貴で、俺っちの魂の兄貴で永遠の兄貴にして目標なんす。分かったっすか?」

「わ、分かりました」

「はいはい、この件はこれまでどっとはらい。うん、それはともかく兄貴は本当に凄いんすよ。もう絶対に勝てないって相手にも怯まず諦めず戦うし、どんな時でも仲間を見捨てないし、自分が犠牲になってでも助けようとする。つまりヒーローなんす」

「は、はあ……」

 そんな凄い人であるなら、どうして政府の集めたデーモンルーラーの中に居ないのかと大宮は疑問に思った。だが何か事情があるのだろうと――先程の慌てた様子も含め――勝手に察して触れない事とした。

 そのとき、先導していたガルムが足を止め、軽くガウッと鳴く。

「おっと、異界の主がいるっすね」

「どこでしょうか?」

「ガルちゃん、どこっすか」

 チャラ夫の言葉にガルムは前足をあげると、前方の瓦礫を指し示す。可愛い仕草だが、やはり悪魔なのだと大宮は改めて実感した。

「あそこっすか。今なら不意打ち可能っすね」

「では戦闘態勢を」

 大宮は背後に付き従う兵士たちにハンドサインを送る。それで十人ほどが銃を構え身を屈めながら周囲に展開しだす。だが、それをチャラ夫が手を振って止めた。こちらはハンドサインでもなんでもなく、ぱたぱたと振っているだけだが。

「そんな事しなくって大丈夫っすよ」

「しかし……」

「ガルちゃんの感じからすると、そんなに強くなさそうっすから。つーわけで、俺っちとガルちゃんで片付けとくっす。ほらー、鉄砲の弾も節約しないと駄目なんすから。大宮さんたちは周りを警戒しといて欲しいっすよ」

 言ってチャラ夫は手にしたスマホを操作し表面に小さな魔法陣を呼び出した。そこに手を突っ込むと黒い色合いの長い刀を引き出した。構えた姿が様になっているのは、何度もの戦いを経てきたせいだろう。

「ほう、日本刀で戦われるのですか」

「そんな事を言ったらダメっすよ。これが日本刀なんて言ったら、兄貴に小一時間は説教されるっすからね。いいっすか、これはDPブレードってことで日本刀じゃないっす」

「なるほど分かりました」

「ほんじゃ、ちょっくら倒すとするっす」

 軽い口調のチャラ夫はDPブレードを肩に担ぐように歩きだした。

 その姿は余裕があるものの、慢心や油断といったものがないと大宮は気付く。実を言えば護衛は今日が初めてで、噂ばかりを聞いている。大宮からすると、お手並み拝見といったところだ。

「ガルちゃん、不意打ちしてやるっす」

 契約者の指示にガルムは地を蹴った。

 犬のような姿がぶれるほどの勢いでもって進み、風を纏うが如く突撃。その小さな姿からは想像もつかない破砕音を響かせ瓦礫の山を弾き飛ばした。

 そして中から一つ目の巨人が転がり出る。

 大宮は子供の頃にやったゲームの知識からサイクロプスだと想像した。人の身の丈の倍はありそうで筋肉質な身体に血走った目と、実物はリアルな姿で恐ろしい。自分がこれと戦う場面を想像するだけで身が竦むほどの迫力だ。思わず銃器を握りしめてしまう。

 しかしチャラ夫が怯む様子もなく飛びかかり斬りつける。

「思ったより柔いっすね! ガルちゃん、噛み付きから喰い千切りの連続攻撃っす。タイミングは任せるっすよ!」

 そして――アニメかゲームから飛びだしたような光景が繰り広げられる。

 巨大な悪魔に対しDPブレードを構えたチャラ夫が挑みかかり、斬りつけ圧倒していく。振り回された豪腕がチャラ夫を狙うものの軽々と跳んで回避、それどころかカウンターで斬りつける。ガルムが飛びかかり牙をたてサイクロプスのバランスを崩す。

 絶妙なコンビネーションは戦い慣れした動きだ。

 見る間にサイクロプスの動きが鈍くなり弱りだす。始まって数分、何度も攻撃を受けたサイクロプスはついに倒れ動かなくなった。

「凄いな」

 もう四十を越えた大宮ではあったが、久しぶりに胸が熱くなった。

 映画のヒーローや英雄に憧れる気持ちだ。悪魔が氾濫した状況で先の見えない不安と恐怖の中にいるせいもあるのだろう。希望を見いだした気分とは、正に今だ。

 仲間の兵士たちも同じ気分なのだろう、感嘆の息や賞賛の呟きが漏れ出ている。

「彼、凄いですね大宮さん」

「ああ、そうだな。彼がいれば人間は悪魔には負けない、何とかなるって気持ちにされるよ」

「ええ、きっとそうなるに違いありませんよ」

「しかし強いと言っても彼も人間。俺たちの希望に万一がないように周辺の警戒を怠らないでおこう」

 力強く言う大宮であったが、ふと思った。

 これだけ凄い少年が目標として憧れる『兄貴』と呼ばれる男は、一体どれだけの強さなのだろうか。そして、どうして戦いに参加していないのだろうか。

 そんな疑問はあれど、今は皆の希望となった少年の護衛に全力をあげる気になっていた。

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