第245話 苦しゅうない苦しゅうない
「以上が報告となります」
会議室に居並ぶ閣僚たちへと古宇多は敬礼してみせた。その表情は固く重く、強い責務と意思に満ちたものだ。
それに対する反応は様々だが、それを集約した意見は次の言葉であった。
「君、正気?」
「何がでしょうか」
「サラリーマンが素手で大型悪魔を倒しただとか、砲弾を受けて平気な大型悪魔を光の球が命中して倒しただと。残った悪魔も全部小さな子供が素手で倒して、しかも重傷者も含めケガが一瞬で治っただと……もう一度聞くが、正気か?」
「無論であります」
真摯な顔で頷く古宇多の目に少し失望の色が浮かぶ。
最後のサラリーマンの件で全部持っていかれてしまったが、死んでいった部下たちの戦い振りと人々を救おうとする想いを懸命に伝えたつもりだった。だが、閣僚たちの誰一人として命を散らした者達へ言及する様子はない。
その中で手を挙げ起立した者がいる。NATSの正中であった。この非常事態において、対悪魔の専門アドバイザーとして同席を命じられている。
「今の報告で皆さんが疑っている部分ですが、まずそれは真実だと保証します。ご説明の前にですが、人々を守るため散っていった隊員に対し哀悼の意を表させて下さい」
「ありがとうございます」
正中の言葉に古宇田は涙を堪えながら敬礼してみせる。会議参加者たちも遅ればせながら口々に哀悼の意を表していく。しかし大半は形だけのものだ。
その間に部下である長谷部志緒が資料を配付していき、行き渡ったところで、正中は机に両手を突き身を乗り出し参加者を見回した。
「さて報告にあったサラリーマンですが、間違いなく五条亘という人物です。詳細はお配りした資料を確認して頂きますように。そのようなことが可能な者は、彼以外には存在しませんので」
「あの男かね……確かに、あの男ならあり得る」
呟いたのは大臣の雲重であった。以前に遭遇しているだけに理解できてしまうのだ。
「それで? その後の彼はどうしたのかね?」
「疲れたから帰る、と言って去っていきました」
「……まあ、確かに。彼らしいと言えばらしいね、うむ」
雲重は訳知り顔で頷いているが、しかし事情を知らぬ他の閣僚たちはどんな人間だと訝しげだ。大臣の一人は手元に配られた資料を眺め鼻で笑った。
「なんだノンキャリじゃないか。よし分かった、特例措置で省庁間を異動させよう。NATSに配属させ悪魔退治をやらせておけば問題ない」
「「とんでもない!」」
正中と共に同席していた志緒が揃って声を張りあげた。二人とも必死だ。
「あのすいません、NATSの長谷部と申します。発言をよろしいでしょうか」
「皆さん。この長谷部は話題の五条とも異界に同行した経験があります。少し彼女の話を聞いてやって下さい。さあ、話してくれるかな」
発言を許可された志緒は緊張しつつ、コクリと唾を飲み込んでから口を開く。周りにいるのは遙か雲の上となるお偉方ばかりで、多少声がうわずるのも仕方がない。
「はい。五条さんについてですが、かなり性格が捻くれてます。あ、いえ。捻くれていると言っても悪い意味ではありません。つまり、無理矢理命令などをすると拗ねてしまうタイプです」
「そこまで知ってるなら、連絡は取れているのだろ。早いところ協力を要請して、この状況に対応させてはどうだ。なんで、この男はふらふら動き回ってるんだ?」
恐らく誰もが思っていることだろう。だが志緒はバツが悪そうに目線を逸らす。
「連絡はしました。この会議が始まる前に協力を要請したのですが……その……」
「なんだね、はっきり言いなさい」
「こんな状況で仕事にならないので、溜まった有給休暇を消化すると……」
会議室の全員が深々とため息をついてしまった。
雲重大臣は取りなすように両手を軽く広げてみせる。
「有給の取得は権利だからね、仕方ないという事にしておこう。稲荷の狐たちが協力してくれる状況なのだ、今すぐにどうこうする必要はなかろう。彼に関する件は知り合いである長谷部さんだったね、君に任せようか。なんとしても引っ張ってくるように」
「そんなぁ……」
志緒はガックリ項垂れながら椅子に座り込んでしまう。隣の席の正中は慰めるように肩を叩いてやるが、決して自分が代わろうとは口にしなかった。
それからも会議は続く。
「物流拠点の新設置で食料確保に――トラック協会との連携を密に――建設業関係者を集め安全を最優先した住居を――」
「治安関係へ通達――消防団への要請――全OBを年齢問わず集め――」
「防衛隊の出動は自治体からの要請があった形で――問題ない、そこは臨機応変に実施して――災害対応マニュアルを変則的にでも使用し――」
「医療スタッフの安全確保を最優先に――マスコミ関係への根回しは――」
「稲荷の狐たちのため、お揚げの増産を――」
「社会インフラの復旧が最優先――技術者とその家族を優遇――」
より現実的な議論が会議室内に満ちていく。
少し前に正中が招集し開かれたDP飽和に備える会議。それによって大まかな方向性と情報共有がなされていた事が功を奏し、混乱と停滞は最小限に抑えられている。しかし、非常事態に検討すべき議題は数え切れないほど存在する。さらに計画を実施に持って行くには様々な障害が存在している。
延々と続く中で、若手官僚が正中の元へと小走りで駆け寄った。そのメモを見ながら頷いき、正中は手を挙げ発言する。
「そろそろ稲荷神社の神使が到着されます」
大臣並びに、無駄に勢揃いした官僚たちは緊張を隠せない。決して怒らせてはならぬ、今の日本にとっての必要不可欠な勢力との会議なのだ。加えて――。
「本当に、本当に大丈夫なのだろうね。神使と言っても、つまり悪魔なのだろう?」
「失礼ながら悪魔扱いは控えてください。確かに我々とは思考や判断基準に相違があり、特殊な力を持った存在ではあります。けれど、手を携える事が可能な相手ですので」
「うむ……まあ……せめてアマテラスの護衛など配置してくれれば……」
「相手は友好的です。その会議に護衛など配置すれば、どうなりますか」
正中は苛立ちを隠せない。
多くの人が悪魔に襲われ危険に身をさらしている状況だが、ここに集う人員は家族も含め警護され安全を確保されている。それに要する人員のリソースを他に振り分ける事が出来れば……正中としては忸怩たる思いしかない。
「神使の方が到着されました」
その言葉に緊張がはしる。会議室のドアが開かれ――何かチャラチャラした格好の少年が意気揚々と現れた。
「おおうっ凄いっす、何か見た事のある知ってる人ばっかりっすよ」
「ほうほう、チャラ夫殿はお偉方と知己でありましたか」
後ろには細身の怜悧な男が優雅に足を運ぶ。色合いの異なる白を使用した衣冠に、手には折り畳まれた扇がある。常人とは異なる雰囲気を漂わせ、ひと目で異質と分かる存在だ。
けれど、チャラチャラした少年は平然としている。
「やだなぁ狐さんってば。知ってるっても、単にテレビで見かけただけなんすよ」
「あいあい、てれびじょんで見たのでしたか。これは勘違いを」
「でもまあ知り合いじゃないっすけど、俺っちがいれば大丈夫なんす。泥船にのった気分で安心して欲しいっす。あっ、今のはジョークっすよジョーク」
「あい、じょーくですな。忙しいところ時間を割いて頂きまして助かります」
「苦しゅうない苦しゅうないっす」
和気藹々と入って来た姿に反応は大きく二つに分かれる。片方は、大臣たちを中心とした状況が理解出来ないまま戸惑う反応。もう片方は、バカの出現に顔を引きつらせ絶望する反応。
そして、我に返った志緒が素っ飛んで行く。
「このバカ! チャラ夫、なんであんたがここに来るのよ!?」
「ふっ、気の利く俺っちは狐さんが緊張しないようにと、一緒に来てあげたっす」
「消えない、いいから消えなさい。これ以上、姉ちゃんに恥をかかせないでよ!」
「ちょっ! 痛い痛い! 耳を引っ張るとか酷いっす!」
唐突に始まる姉弟漫才に反応できたのは、傍にいた神使の狐ぐらいのものだ。それだけをもっても、いかに優れた存在であるかが分かる……かもしれない。
「まあまあ、チャラ夫殿をそうも叱らず」
「すいませんすいません、うちの愚弟が失礼を」
「あいあい、チャラ夫殿は失礼など何もなく。その真心はとても心地よく」
「真心もなにも、これはバカなので裏も表もないだけですから」
何度も謝る志緒であるが、神使の狐はそれを微笑ましそうに見つめる。どうやら、チャラ夫のみならず志緒の事も気に入ったらしい。
正中は決めた。
五条亘と稲荷関係の仕事は長谷部志緒に一任しようと。そうすればきっと、自分の胃痛も少しは軽減されるに違いない。その判断に少しばかり呆れ混じりの諦念が混じっている事は否定できなかった。
大臣の一人が、ちょいちょいと正中を招き寄せ尋ねる。
(神使の狐殿に失礼があってはならない、と君は説明していたのだがね。それは本当なんだね)
(そうです、現状で怒らせてしまい協力を得られないとなりますと。もうどうにもなりません。国が滅びる状況です)
(では、あれは大丈夫なのかね)
大臣が見やるのは神使の狐を挟んで言い合いをする姉弟の姿だ。
(ええまあ……多分)
さしもの正中も自信なげに答えるしか無かった。
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