第243話 捨て石となる覚悟

 ひと足毎に景色がぐんぐん後ろへと流れている。

 亘はアスファルト道路を力強く踏みしめ身体を前へと進めていく。交差点を突き抜け、放置された車両を飛び越え、まっしぐらに駆け抜けた。

 横を神楽が両手を広げながら飛び、サキが地を這う獣のように駆ける。どちらも嬉しそうで、一緒になって思いっきり動ける事を喜んでいた。

「前に悪魔がいっぱいだね。やっちゃう?」

「ああ、好きにやってくれ」

「じゃあ派手に『雷魔法』なのさ」

 神楽の放った光球が悪魔の群れへと叩き込まれ爆発。その爆炎が収まらぬ間に亘とサキが突っ込み蹂躙する。

 長い舌を下げたトカゲを辻斬り的になぎ払い、宙に浮かんだ石を一撃で打ち砕いた。驚きの色を隠せない悪魔どもを、当たるを幸いになぎ倒していく。賢しい悪魔は散り散りに逃げだすが、もちろんサキが逃がす筈もない。金色の髪をなびかせ追いすがり、遊び半分に狩ってしまう。

 気付けば辺りに悪魔は存在しなくなっていた。

 亘はDP化する光の粒子の中に佇み息を整える。吸って吐いて吸って、もう一度大きく吐き出す。少しだけ埃っぽい臭いがした。

「ふう、戦ったら調子が出てきたな」

 そんな言葉に神楽は呆れ顔だ。ひらりと飛んで近づくと、小さな手で亘の額をペシペシと叩いてみせる。

「悪魔を倒してそんな事とか言うのってさ、多分マスターぐらいだとボク思うよ」

「ふんっ、言ってろ。それより、こっちに人が居るはずなんだが……居ないな。まさか、もう全滅した後か?」

「んー、ちょっと待ってね。なんかさDPが飽和してたらさ、どーにも探知範囲が狭まっちゃってるんだよ。気合いを入れて広範囲を調べるから、えーとね」

 神楽はいつものように頭に飛び乗ると、集中して広範囲を調べだす。

 その間に周囲の様子を眺める。

 悪魔が出没するようになって数日だというのに、街の様相はすっかり変わってしまった。あちこちで壁が崩れガラスが割れ、倒れた電柱からは電線が垂れ下がり、随分と荒れ果てている。

 ただし、その破壊の幾つかは今の戦闘が原因だったりするが。

 重い金属音が響いた。

 サキが自販機を引き倒し、また荒廃を一つ増やしたのだ。

 金属を引き千切ると、ほくほく顔で中身を取り出している。だが自分では飲まず、健気にも亘の元に満面の笑顔で走ってきた。健気に貢ぐつもりらしい。

「んっ、やる」

「自販機荒らしとか……まあ状況が状況だから貰おうか、ありがとうな」

「むふっ」

 サキは亘に抱きつき顔をすりつけだした。 

「んもーっ、何やってんのさ」

「やる」

「ボクのもあるならいいけどさ」

 文句を言いかけた神楽だったが、素早く自分の分を取りに来た。食べ物飲み物で出された物を放棄するという考えは皆無なのである。亘に缶を開けて貰うと、一気に流し込むように飲んでしまった。

 どう見ても容量が合っておらず、相変わらずの異次元胃袋だ。

「結果は?」

「あっ、そだった。あのね、あっちに人間が沢山いるみたい。普通の悪魔と異界の主がいてさ――あれれっ? そういやさ、もう異界じゃないんだよね。だったらさ、異界の主って言ったら変かな」

 神楽は小さいが小さくもない胸の下で腕を組んで悩みだした。上を向いたり下を向いたりで、まるで極めて重大な悩みであるかのようだ。

「そんな事はどうだっていいだろ。で、人間もいるのか?」

「いるよ、近くに沢山ね。あっ、今ね一人減っちゃった。でも他の人間は逃げないみたいだけどさ、これって戦ってるのかな」

 神楽は何でもないことのように、人の死を告げた。

「そういう事は早く言えよ。ほら急ぐぞ」

 積極的人助けをする気はないが、一応はこれでも助けに行くつもりで動いたのだ。ここで全滅などされたら寝覚めが悪すぎる。

 亘は飲み干した缶を握りつぶし、奇跡的に原型を留めていたゴミ箱に放り込むと走り出した。従魔二体も大慌てで後を追いかけだす。


◆◆◆


「偵察班より報告。悪魔の大規模な群れがこちらに向け、移動中とのことです!」

「来たか! 偵察班をすぐ撤収させろ」

「足止めするので後は頼むと……以降、応答がありません」

「くそっ!」

 古宇田一等陸佐は思いきり地面を蹴りつけた。歯を噛みしめ偵察班へと思いを馳せるのは一瞬。あらゆる想いを無理矢理飲み込み、手を振り指示を放つ。今は一秒でも貴重なのだ。

「ここで悪魔を食い止め避難の時間を稼ぐ! 若手の独身、それから未成年の家族持ち。以上の者は住民の誘導と護衛に回れ。悪いが残りの年寄り連中は俺と一緒に死んで貰うぞ!」

 そして古宇多は二尉の肩を叩く。

「避難の指揮を任せる」

「古宇田一等陸佐。どうぞ、ご武運を」

「後は頼んだ」

「ええ、お任せ下さい……まあ、しかし後を頼むのは私の方ですけどね」

 敬礼して答える二尉であったが、すぐにニヤリと笑う。

「おい、一等陸佐を拘束。バスまでお連れしろ!」

「なんの冗談だ?」

「あなたは、これからに必要な方ですからね。今までありがとうございました。どうぞお達者で」

「待て、馬鹿を言うな。それは俺の役目だ。放せ、おい放せと言ってる!」

 騒ぐ古宇田は拘束され連れていかれた。それを止める隊員は誰もいない。

「さて諸君。悪いが、これより私が指揮を執らせて貰う。まずは悪魔の進行する大通りを車両で封鎖しよう。とはいえ、古宇多一佐のように見事な指揮はできないからな。どうか諸君の力を貸してくれ」

 簡単な指示だけで、残りの者は自己判断で動きだした。

 周囲から掻き集めた車両をバリケード代わりに並べ、陣をしつらえる。さらにはアパートに数名の銃手を潜ませた。

「全てを防ぐことが理想だが難しいかな」

「おっさんたち、俺たちがいるから大丈夫だぜ」

 二尉の呟きに答えた声は若かった。幼いとさえ言える。あのデーモンルーラー使いとして連れて来られた子供の二人だ。後方に下がらせたつもりが、まだここに居たらしい。

「なっ、お前たちどうしてここに!?」

「そりゃだって、悪魔と戦うなら俺たちの力が必要だろ」

「子供が戦うもんじゃない!」

「呼んどいて何言ってんだ、おっさん」

 それは至極もっともな発言であった。

 無理矢理にも後方へ送ろうにも隊員たちは右に左にと動き、これから始まる戦いに備え忙しい。とても子供二人を後方に送る余裕はない。

「来ましたっ!」

 そのとき前方でトラップが爆発した。

 振り向けば数体の悪魔が吹き飛ぶ様子が見えた。ついでに付近の家屋まで損傷したようだ。きっと後になれば安全な場所にいた識者と呼ばれる連中が批判するに違いない。しかし、全ては人々が生き延びてこそだ。

「君たち二人は出来るだけ安全な場所にいるんだ。攻撃開始っ!」

 放たれた銃弾が悪魔の群れへと襲いかかった。

 そこで戦う防衛隊員の全員が捨て石となる覚悟でいる。銃身が焼け付くほど撃ち続け、押し寄せる悪魔どもを懸命に、そして粘り強く防ぎ戦い続けた。

 だがそれも、少年二人が従える従魔の存在がなければ難しかっただろう。

「これが悪魔使いか……」

「どんなもんだって。アオラ思いっきりやれ、お前の力を見せてやるんだ」

 青い猿とペンギンのような悪魔の活躍もあり、襲い来る悪魔の進撃を食い止めていた――だが、それは現れた。

 二階建てアパートの向こうに、ぬっと大型の悪魔が顔を出す。

「ピンクの象が見える……」

 それは確かに片方の牙が折れた象人で体色はピンクをしていた。

「幻覚なわけ、ないよな……」

「待避ーっ!」

 大型悪魔の右腕がアパートの一角に勢いよく振り下ろされる。コンクリートの壁や金属の柵が、まるで玩具のように粉砕され硝子の破片が勢いよく飛び散った。

「あれ異界の主だね。ちょっと強くない?」

「でもやるしかないだろ。アオラの跳び蹴りに合わせて攻撃しよう」

「分かった、ペン次郎!」

 まず跳び蹴りが決まり、頭突きが決まる……さしたるダメージはなかったが、それでも呆然としていた防衛隊が我に返る時間は稼げた。

「撃て! そいつを絶対に通すなっ!」

 二尉の声に隊員たちは腰だめに構えた小銃の引き金を引く。幾つもの射線が大型悪魔へと集中。その分だけ小型悪魔への攻撃が減るが、どちらを優先すべきかは明白だった。四方から銃弾が浴びせられ、大型悪魔だけでなく命中したアパートのコンクリートを抉り弾痕を刻みつけた。

 足下で攻撃を続けていた二体の従魔であったが、苛立った大型悪魔の蹴りでまとめて吹っ飛ばされてしまう。

「あっ! どうしよう!?」

「こいつ並のレベルじゃないぞ。やばい、やばいよ」

 少年たちは年相応に動揺する。だが、大人たちは諦める事なく攻撃を続け銃弾を浴びせていた。それでも大型悪魔は一歩二歩と怯むことなく進んでくる。

「止まらないぞ!?」

「無理でも無茶でも諦めるな……泣き言を言う間に撃て」

「くそっ、雑魚も動き出したぞ! こんちくしょう! 行かせるものか!」

「パンチ一発でアパートが半壊とか、なんだよそれ。ふざけんなよ」

「少しでも時間を稼いで皆を逃がにゃならんのに……横、悪魔!」

 半壊した陣地へ侵入した雑魚悪魔へと銃撃が放たれる。銃弾を受けた一体が地に伏し、続く二体三体と倒していく。同様の状況が他の箇所でも見られだす。

 さらにその場をすり抜け、何体もの悪魔が後方へと向かい避難中の人々の方向へと走って行く。だが、どうすることもできない。

「くそっ、くそっがぁ! こいつさえ倒せば、もう少しは戦えるはず! 後は任せますよ!」

 隊員の一人が叫び、潜んでいた物陰から飛び出した。肩に担ぐのは無反動砲、後方確認さえしないまま狙いを定め発射。

 装甲相手にこそ有効だとか、そんなことを考える余裕すらない。とにかく手元にある一番大きく威力のある武器をぶっ放す。この目の前に現れた理不尽な存在を何とかしたい、その思いだけだ。

 そして放たれた砲弾は見事に命中し絶望の中に歓声が沸き上がった。

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