第242話 立派な大人は頑張っている

 迷彩服の男は背筋を伸ばし報告する。

「報告します、新たに児童数十名を保護しました」

「そうか、よく生き延びてくれていたな。本当によく生き延びてくれていたな」

「はい。これで保護した住民の総数は二百と九十五。負傷者を優先して順次移送していきます」

「よし、餓鬼一匹も見逃さぬよう警戒を厳にしてくれ」

「了解しました」

「なんとか間に合ったか……」

 一等陸佐の古宇多はため息をついた。

 陽光の照りつける下、車両のボンネットに広げた地図にマーカーでチェックを入れる。それは要救助者の回収完了を意味するものだ。

「完全ではないが、見落としはあるかもしれんが……許してくれ」

 逃げ遅れ回収し損なった可能性のある人々に小さく呟き謝罪する。

 周囲では武装した多数の防衛官、さらには警官が走り回っている。突然の悪魔出現によって指揮系統も編成も滅茶苦茶。とにかく動ける者を掻き集め、救助部隊をまとめあげた状態だ。

 そうして懸命に人々を救助し続けているが、状況は見通せず、危うい綱渡りを繰り返している。部隊を指揮する古宇田ですら銃を手に取らねばならない場面が何度もあったほどだ。

 何か一つでもミスすれば、そこから全てが破綻するだろう。

 しかし古宇多は懊悩する内心は少しも表には出さない。息を急き切らせ報告に来た部下に対し、自信に満ちた頼りがいのある顔を向けた。

「どうした急ぎの報告か? ならば、ゆっくりと話すように」

「はい、すいみません。狩りガールが何人かいて、猟銃を持って自警団に参加したいと申し出てまして。いかがされますか」

「自警団か……我々とて万全とは言い切れん。下士官を何人か付けてまとめさせておこう。ただし自衛できる程度に留め、必ずこちらの指示に従わせるんだ」

「了解しました」

 一人が去ると、また一人が報告。地図に捜索完了のマークが増えていき、指定された範囲が埋め尽くされた。ひとまず完了だ。

 後は別箇所に設けられた安全地帯まで、いかに早く輸送するかに気持ちを切り替えねばならない。

「時間が足りない、それから戦力も。子供、子供か……仕方がない、何にせよ生き残ることが先決か。手段を選んじゃいられないな」

 呟いた古宇田は報告に来た隊員に決意に満ちた目を向けた。

「おい君。すまないが、保護した子供の中で『デーモンルーラー』の所有者を探してくれないか」

「は? それは確かスマゲーのタイトルでしたね」

「知ってるかね」

「うちの子供がハマっておりましたので、名前程度のことは。どうして、そのゲームの所有者を探すのでしょうか」

「この事態を少しでもマシにするためだ。とにかく至急『デーモンルーラー』の『契約者』を探すんだ」

「はぁ? 分かりました」

 駆け去っていく隊員を見つめる古宇田だが、見つかって欲しい気持ちが八割で、見つかって欲しくない気持ちが二割の気分だった。戦力を確保できたとしても、それは子供を戦いに駆りだす事になるのだから。

 入れ替わるように顔見知りの下士官がやって来る。

「一佐、もう少し先にバスセンターがあるので、何人か派遣しておきました。バスが残っておれば、住民の避難に役立つはずです」

「そうか、君はこの辺りの出身だったな。ご家族は?」

「……連絡がついておりません」

「そうか」

 古宇田にはそれ以上は何も言えなかった。

 防衛官といえども人の子。家族を心配する気持ちを堪え、誰もが職務に専念しこの非常事態に対し、一致団結して立ち向かっているのだ。自分の事を優先させ、勝手をする者などいない。

 下士官の方は空元気にしか見えない顔でニヤリと笑う。

「なに。普段から非常時には自分たちで何とかしろ、と言ってあります。空手に剣道も習わせておきましたので、うちの坊主が立派に家族を守っているでしょうよ」

「それは頼もしいお子さんだな。それでは、この辺りで保護した住民の面倒を君に命じるとしよう」

「しかし……」

「なに。顔見知りでもいれば、誘導もしやすかろうというだけだ。しっかり住民に声をかけて皆を安心させてくれ。ついでに、この近辺の避難状況も確認しておくように」

「……ありがとうございます」

 泣きそうな顔になった部下が防護帽を目深に歩き出した姿を見ながら、古宇田も自分の家族の無事を願った。

 そこに先程頼み事をした隊員が戻ってくる。

「言われていた者が見つかりました。連れてきましたが……」

「そうか見つかったか」

「はあ、まあ一応本人たちはそうだと言っていますが」

 そして古宇田の前に連れて来られたのは、勝ち気そうな少年と茶髪の少年だった。小学生と中学生のコンビで生意気盛りといった雰囲気がある。迷彩服姿の大人に囲まれ、多少の怯えはあるが若さ故の小生意気さで笑っている。

 古宇田は二人の前に立ち、その顔をしっかりと見つめた。

「まず確認したいが、君らは『デーモンルーラー』の『契約者』でいいかな」

「なんだよデーモンルーラーのこと知ってんのか、おっさん」

 自分の親よりも年上そうな相手に、そんな口調だった。他の大人たちは不愉快そうだが、古宇田だけは表情を崩さない。

「もちろんだ。さてそれで君らの力を見込んで、是非協力をして貰いたい。と、その前にすまないが従魔を喚びだしてみてくれないか」

「しょうがねえなあ、アオラ出て来い」

「えっへっへ、僕のペン次郎を見て驚かないでよ」

 古宇田の要請に応じ、どこか得意そうな顔をした少年たちがスマホを操作する。光の粒子が飛びだし、二体の悪魔へと姿を変える。ペンギンのような愛らしい姿と、青い猿のような姿だ。

 周りで事態を見守っていた隊員たちが銃を構えだす。

 ガチャガチャと響く武器を構える音に少年たちが怯え、それを悪魔が庇うように敵意を膨らませる。両者の間に一触即発の雰囲気が流れだした。

「そこまで!」

 鋭い一喝により、全員の動きが止まった。

 その中を古宇田は二体の悪魔へと近づいていく。部下が遅ればせながら制止したが、それを軽く笑いとばし進む。そして、少年たちにも隊員たちにも、安全であることを自分の身で証明する。

 顎に手をやりながら、怯むことなく異形の存在を間近に眺めやる。

「ふむ、なかなか強そうな悪魔じゃないか。レベルは幾つかな」

「……俺が12で、こいつが11」

「それは優秀だな。さて、そんな凄い君らを見込んでお願いしよう。すまないが、こんな状況下だ。どうか、人々を守るため協力して貰いたい」

 古宇田が深々と頭を下げてみせると、周りの隊員たちは戸惑い顔だ。そして少年二人は得意そうにしながら、互いに顔を見合わせどうするかヒソヒソ話をしだす。格好良いとか、超すげえといった声が聞こえる。

 ややあって丸聞こえの内緒話がまとまり、少年二人は渋々と承諾してみせた。

「分かったよ、協力してやるよ」

「僕たちに任せてよね」


◆◆◆


 二体の悪魔を遠巻きにする隊員たちを眺めながら、二尉が古宇田へと問いかける。少しばかり不満と不安がある顔だ。

「肝を冷やしましたよ。確かNATSでも悪魔を使っているとは聞いておりますが、あれですか。本当に大丈夫でしょうか」

「ああ大丈夫だ。見ての通りの悪魔使いだ。昔ゲームであっただろ、悪魔を使って悪魔と戦う名作が」

「ありましたな。小遣い貯めて買ったもんですよ」

「そうか私もだよ。それはともかくだ、仕方があるまい。銃弾だって無限ではないのだから、戦える者には戦って貰うしかないわけだ」

「しかし悪魔を使うとは言っても、子供に戦わせたとなると後々厄介そうですね」

「生き残れるなら、自称人権派に吊し上げられるぐらいどうってことない」

「確かに生き残ることが最優先ですな。まあ、どれぐらいの実力は不明ですが、承知しました」

 現状では一体の悪魔を倒すために、マガジンの半分を消費している。人間相手と違い、多少の傷で怯んだりはしない相手だ。さらに急所の位置や、弱点といった部分もよく分かっていない。

 あまりの弾薬消費量に、物資を任せた隊員から悲鳴の声があがっているのが現状だ。少しでも弾薬を節約できるなら、それに越したことはないだろう。

「それと、あの子供らに一班付けて他の人間から守らせてくれ」

「この状況下で悪魔使いとなると……下手するとマズいですね」

「そうだな。せっかくの戦力を、大衆の無知と浅慮な感情で台無しにされては困る。しっかりと守ってやってくれ。あとは悪魔使いの子供らは適当におだて、良い気分にさせてやれ。随分と小生意気そうだからな」

「……そっちの方が大変そうですな。分かりました。歳の近いヤツを付け、その様にいたしますよ」

 忙しげに動く隊員たちは血の滲む包帯を腕に巻いた姿だ。悪魔との戦いで傷を負っているが、動ける者はとにかく動いている。殉職者も多数、重傷者はさらに多い。だが、誰も気にした様子もなく全力を尽くしていた。

 立派な大人は頑張っている。

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