第238話 嘘だと言ってマイプリンセス
エルムを中心として、数人の男たちがオッサンヘッドと戦い続けていた。フレンディは壁や天井を縦横無尽に這い回り、糸を使い動きを阻害することに専念している。動きの鈍ったところを、人間が武器を必死に振るい攻撃をしかけ押し留めるといった連携をしているのだ。
けれど徐々に押されているのは事実。
「もう、あかんのやろか?」
エルムは歯を噛みしめる。つい先程も阻止できず屋上へ一体を行かせてしまった。全てが台無しとなって、いつ破綻するかもわからない。イツキは間に合ったのか、それなら早く戻ってきて欲しい。もう自分では支えきれない。
誰かを守りながら戦う事の大変さを痛感させられる。
いつも自分を守ってくれた人は、やっぱり大変に思っていたのだろうか。時には身体を張って傷ついてでも助けてくれたあの人。
そう、あの人に……助けて欲しい。
屋上の扉が開閉する音が聞こえ、背後に誰かがドンッと着地する。しかし忍者のイツキなら音はさせない。それはもっと重たげな音だ。
「後は任せろ」
聞き慣れた、しかし思わぬ声にエルムは驚愕した。
思わず動きを止めてしまうと、目の前に迫る悪魔の姿があり失敗を悟る。だが、ひょいと伸ばされた手がそれを弾き飛ばした。しかもデコピンの一発だ。
「油断禁物だな」
暴力が振るわれる。
そう思えたほど、一瞬で悪魔が駆逐されていく。回転する棒が叩き潰しなぎ倒す。足が踏み砕き蹴り飛ばす。気付けば悪魔の殆どが肉塊へと変わっていた。
エルムは思わぬ相手の出現に茫然とし、校舎内で戦っていた男たちは信じられない光景に茫然とする。
「やあ、よく頑張って持ちこたえたな」
「五条はん! 良かった、これで安心や。なんとか皆を守り切ったんや」
感極まったエルムは、これまで何度も助けてくれた相手へと飛びついていった。
エルムとイツキが到着した時点で学校は既に悪魔に襲われた後。それから一緒に行動していた人や、生き残った人々をまとめ亘が来るのを待っていたらしい。
「あー、すまん」
「急にどうしたんや?」
「実を言うと途中で寄り道して、来るのが遅れたから」
「なんや、そんな事か。別にそんなん気にする必要ないと思うで。どうして五条はんが、そこまで責任持たなあかんのや。来てくれただけで充分やないの」
エルムは抱きついたまま不思議そうに言った。
安堵する亘であったが、しかし同時に新たな不安を抱いていた。
なぜならば、周囲で戦っていた男性の一人が不倶戴天の敵を見るような顔をしているからだ。やや壮年を過ぎたその男は、ゴルフクラブを思いっきり握り、手をワナワナとさせている。
目つき顔つきがエルムに似ていることが、嫌な予感を増幅させるではないか。
「助けてくれたんは、ありがたく思うんやけどな。ほんでうちの娘と君は、どういった関係なんや」
案の定、エルムの父親だった。嫌な予感は的中だ。自分の娘が見知らぬ男に抱きついていれば、怒り狂って当然だろう。娘はいなくとも理解できる心情だ。
無意識に男から距離を取りつつ亘は言った。
「これはお父さんでしたか。どうもすいません」
「君にお父さんと言われる筋合いはない!」
「別にそんな意味でなくて……」
エルムが助け船を出そうとする。
「なあなあ、お父はんってば失礼やで。五条はんはウチらを助けてくれたんやで」
「それとこれは別や! 破廉恥やないか!」
抱きついたままであるため、エルムの言葉は火に油を注ぐ効果しかない。
父親として当然の怒りを持ち、エルムを引きはがそうとする。それでエルムはより強固に抱きつき抵抗した。おかげでピッタリ密着した状態だ。
やがてエルムは怒り顔の冷たい目をしだす。
「なんやな、お父はんってナーナのお母はんに鼻の下を伸ばしとったなぁ。破廉恥? どの口が言うんやろな」
「ぐっ! それは……勘違いやんな。あの人が不安やろうと、私は心配して差し上げただけなんやで。ほら、この目が嘘を語っているように見えるか。見えんやろ」
「ほーん、そう思うんならそうやろな。お父はんの中ではな。ちなみに、お母はんってば実は超怒っとるで」
「えっ、嘘やろ。そんな感じせえへんかったが」
「甘い甘い甘いなあ、グラブジャムンぐらい甘いで」
「なんやそれ」
「世界一甘いお菓子や。とにかく後で覚悟しといた方がええんやないの。あの平然とした顔の後ろに隠れた怒り。あれ、かなり危険な兆候やんな」
「嘘やろ。嘘だと言ってマイプリンセス」
怯え顔となった父親は小刻みに頭を振りだした。とてつもない恐怖に怯えている様子であり、しかも周囲の男たちも我が身の如く震えているではないか。それぞれ、多少なりとも思い当たる節があるらしい。
そんな中でエルムは言った。
「ほんで? ウチまで敵に回すか弁護して欲しいかどっちなん?」
「うぐぐぐっ!」
歯を噛みしめ唸りをあげる父親であったが、しかしがっくり肩を落とした。どうやら妻への恐怖が全てを上回ったらしい。
「助けて……」
「あぁ、何やよう聞こえんのやけど」
「助けて下さい、エルさん」
「しゃーないんな」
親子漫才を見ながら、亘は改めて結婚というものへ不安を感じていた。
階段したから足音が聞こえてきた。
人々は気色ばむが、エルムとイツキは平然としている。つまり、もう何が現れても恐くはないという事だ。
そして現れたのは七海だった。
「よかったエルちゃん無事だったね」
「うわーお、ナーナやないか。まっ、五条はんと一緒やで当然やな」
「あっ、ナナ姉にドン狐も一緒か」
「ドンじゃない」
階段を軽やかに上がる七海に、サキがちょこまかと続く。同じ段を上がってはいても、足の長さで受ける印象違うということだ。
「あれっ、神楽は?」
「私を先に行かせてくれて、下の悪魔を片付けてくれてます。ところで……どうしてエルちゃんが、五条さんに抱きついているのですか?」
七海は笑顔のまま言った。
何をどう言うべきか、亘は頭の中で必死に考える。だが、その最適解はどうしても見つからない。というより、言葉が出てこないのだ。
「ええやないか。いろいろと不安やったんやし、ちょっとぐらい安心したいんや」
「ふーん、そうですか。いいですけど」
そう言って七海は、やっぱり優しく笑っていた。
◆◆◆
「お母さん!」
「あらナナちゃん無事で良かったわ。お母さんもねイッキ君とエルやんさんのお陰で無事だったのよ」
屋上での感動の対面で、七海は自分の母親に駆け寄り飛びついた。頭を抱えられ背を撫でて貰っているのだが、どうしても少し歳の離れた姉妹にしか見えない。
ぼんやり見つめる亘の服の裾がツンツンと引かれた。目を輝かせたイツキが両手を広げ、来い来いと合図を送っている。
「なんのつもりだ」
「ばっちり来いってやつだぞ。さあ、俺の胸に飛び込んでいいんだぞ」
「……十年早い。ところで、お前はイッキ君と呼ばれてるのか」
「そうなんだぞ。最初に男と間違えられたせいもあんだけどよ」
イツキは少しばかりションボリしながら言った。確かに言動といい少年にしか見えない。体型の方は少しずつ女の子らしくなりつつあるが。
亘は軽く苦笑した。その頭にポンッと手を載せてやり、グリグリと力を込め撫でてやった。イツキだって不安だったに違いないのだから。
再会の喜びが終わった七海が母親を伴い、やって来た。
「五条さん、紹介しますね。私のお母さんです」
「どうも初めまして。五条亘と申します」
亘はぎこちなく挨拶をした。緊張するのは、最初に見つめたのがローアングルからの足とお尻だったからだけではない。七海との関係を全て知っている相手だ。
「こちらこそ。どうぞ娘のことをお願いしますね、これからも」
最後は明らかな念押しだ。それは関係の進展を知った上での言葉で間違いない。亘は震え上がった。
そのとき、上空から呑気な声が降って来た。
「マスター元気してたー? 寂しくなかった? 変な物食べてない? 回復いる?」
「お前と一緒にするな」
「なにさ、ちょっとぐらい寂しがってくれたっていいじゃないのさ」
辺りがざわめく。ひと目で悪魔と分る小さな姿が舞い降りてきたからだ。
その神楽は亘の肩に降り立つと、少し頬をふらませる。そうしながら、傍らの女性を見た。人見知りして亘の耳を引っ張り、そっと身を隠す。
「この子が神楽ちゃんね。お人形さんみたい」
「失礼なのさっ、ボク人形じゃないもん!」
「ごめんなさい。とっても可愛いから、お人形さんみたいに思えたの」
「えへへっ、お姉さん正直者だね」
たちまち神楽は前に出て、満面の笑みで得意顔だ。七海の母をお姉さんと言うのは、同い歳の亘に気を遣ったか、それとも見た目からかは分らない。しかし、きっと後者だろう。
こいつチョロいなと思ったのは亘だけではないだろう。そんな様子に、周囲の人々から警戒の雰囲気が薄れていった。
襲って来た悪魔や、又はエルムの従魔である土蜘蛛のフレンディに比べれば、小さな神楽なんてものは恐ろしくもないのだろう。
真の恐ろしさは全くの別ではあるが、子供っぽく笑う顔からそれを察せられる者はここにはいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます