第233話 戦闘シーンすら省かれる強さ
道路脇の塀に車が横転しながら突っ込み、家屋を見れば人ならざる力で破壊された痕跡が残されている。辺りには瓦礫が散乱し、人の亡骸も交じっていた。
神楽とサキは最初から気にもしないが、亘も何度も見かける内に慣れ視界に入ってもスルーするまでになっていた。申し訳ないが、いちいちそれに
それでも七海は違い、徐々に気落ちしていく様子であった。
不意に神楽が声をあげた。
「ちょっと待って。マスターってばさ、ストップだよ」
顔の前に回り込むと、両手を両足を広げ小さな身体で制止を表現してみせる。
亘はそのまま進み、わざとぶつかった。ちょっとした意地悪で、しがみつく感触を顔全体で楽しんでいる。
「もおっ、マスターってば酷いや」
文句を言う神楽も実は喜んでいる。こうして自由気ままに姿を現せていることが嬉しくて堪らないのだ。
「ほんっと意地悪なんだからさ」
「はいはい、怒るなよ。で? どうした。何かあるのか」
「そだよ。人間の気配が何人かだよ。この先にいるみたい」
神楽が指さす先は国道に面したアウトドア用品専門店だ。確かにそこなら武器にしろ食料にしろ、この状況に役立つ道具が沢山あるはず。そうした場所を選んで籠城していることは充分にありえる。
「人間か……」
公民館での出来事を思い出し、亘は眉を寄せた。なお、その言動が人間というものを別種のように意識しだしたことは誰も気付いてない。
「あまり関わり合いたくないけどな」
「あのう、できれば様子ぐらいはみませんか。せっかく生き残った人たちです。少しは助けになれたらと思います」
この優しい少女は、今でも人助けをしたいらしい。例え拒否されようと阻害されようと、人を信じているようだ。ほんの少しだけ甘いと思いつつ、その優しさが魅力だ。その優しさを無くさないで欲しいと思いつつ、亘はゆっくり頷いた。
「……分った。そうしよう」
「そんじゃさ、ボク隠れとくね。その方がいいでしょ」
「よしよし神楽はお利口で優しいな」
「んもうっ、ボクを褒めてどうする気なのさ」
そして神楽は上機嫌に亘の服の中へと潜り込んでいった。
◆◆◆
電気の消えた店内は薄暗く、静まりかえっている。まるで閉店後のようで、神楽に指摘されねば人が存在するとは思いもしないぐらいだ。
けれどよく見れば棚が移動されバリケード状になっていた。
「あのっ、誰かいますか?」
七海が呼びかけたのは、女性の声の方が相手も警戒しないだろうとの判断からだ。果たして足音が響き、暗がりの中から男が姿を現わすのだが、ひと目見るなり亘は失敗を悟った。
柄の悪い青年だ。ガタイの良さを誇示するようにタンクトップ姿で、二の腕のタトゥーを軽く腕組みしながら見せつけている。
関わりたくないタイプの相手だ。
亘は近づく男の様子を警戒しながら見つめていたのだが――。
「おらぁっ!」
いきなり殴りかかられた。
ほんの一瞬、亘は目を見開く。いきなり殴りかかられるとは思いもしなかった。もう少し多少なりと、脅しなどがあると思っていたのだ。避けることは可能だが、そうはしない。背後にいる少女に気を遣い、そのまま顔面で受け止めた。
「…………」
痛いというより不快で、さすがに鼻に打撃を受けると息がつまる。所詮はその程度で、気色ばんだサキが暴走せぬよう後ろ手で抑える余裕がある。
さらに二人ほど現れるが、口髭を生やした男と顎髭を生やした男だ。
口髭男は仲良し度合いでもアピールしたいのかタンクトップ男の肩に腕を回し、顔をニヤつかせる。いずれ劣らず粗暴な様子で、笑いながら人を殴れる雰囲気だ。実際そうしてきたのだが。
背後にも足音がしたので、そちらにもいるらしい。
「やーっぱし、女の子だよ。それも凄い可愛いじゃんっ、ラッキー」
「俺、俺、あっちの金髪のロリッ子!」
「そんな訳なんで、娘さんは俺らで面倒みてやっから。お父さんはどっか行きな。今なら顔面パーンチだけですませてあげるから」
勝手な言葉に亘はウンザリしながら口元をゆがめるように笑った。
「なんのつもりだ」
それを怯えととったのか、口髭男がギャハギャハと品のない笑いをあげる。
「決まってんだろ。こんな世界になったんだ、もう誰も俺らを止めることは出来ねえ。これこそが、俺らが待ってた自由な世界だ」
「おっさんも好きにしてみたらどうだ。我慢する人生に何の意味がある」
「まっその前に俺らが好きにさせて貰うが。ふへへっ、さあこっち来なよ」
タンクトップ男が手を伸ばすと、七海は亘の背後に隠れてしまった。この程度の相手など苦もなく撃退できるだけの力を持っているはずが、やっぱり女の子らしく苦手な相手というものはいるという事だ。
それを観察したサキも瞳をキラキラ輝かせ、七海の真似して亘にしがみつく。あげくに怯え怖がるようなフリをしだす。悪魔を素手で引き裂けるくせに、なんとあざとさ満載な事だろうか。
さらに奥から大柄な男が現れ――今度こそ亘は大きく目を見開いた。
「なに手こずってんの。せっかく女の子から来てくれたんだ、楽しませてあげなきゃダメでしょーっ」
薄暗い室内だというのにサングラスをかけ、ドレッドヘアに半裸状態だ。
亘は目を見開いたまま、顎髭男を食い入るように見ている。ただしくは、手にしている得物だが。それを恐る恐る指さす。
「なっ……おい……それ、どうした?」
「あん? なに言ってんのおっさん。これが恐いんですかーっ?」
ドレッドヘア男は顔をニヤつかせ、ドラマの悪役さながらに抜き身の日本刀を舐めあげる。鉄分不足を気にしているぐらい、舌を這わせている。
刹那、亘は動いた。
「この戯けがぁっ!」
強力で奪い取り、拳を叩き込む。その威力は凄まじく、男は鼻血を撒き散らしながら後方に飛び商品棚にぶち当たると、口を半開きにして痙攣して動く気配がない。
男たちは呆然となり、しばし戸惑い少しして血相を変えた。
だが亘はそれを完全に無視し、奪い取った日本刀を入り口の方に向け、光の加減を変えながら眺めた。
「まったく息がかかっただけでも錆びを呼ぶというのに舐める? 馬鹿か? 早く手入れをして差し上げねば。それにしても、この見事な乱れ映りに華やかな丁子乱れ。どう観たって備前系のすこぶる付きの名品だろ……おい、これをどこで手に入れた」
亘は不機嫌さを隠しつつ尋ねるのだが、相手の反応は芳しくない。
「なんだよこいつ」
「っていうか、よくもやりやがったな」
「先にやってきたのは、そっちだろ。さあ答えて貰おうか」
「知るか。聞きたきゃ、力尽くで聞いてみろやっ!」
威勢良く吠える男たちに亘はニッコリ笑った。手にした日本刀を七海に渡し、ゆっくりと前に出る。
普通の人間など既に誰であろうと亘の敵ではない。戦闘シーンすら省かれる強さで床に伏させてしまう。まさに瞬殺。そして、泣き喚く相手に全てを白状させた。
どうやら刀は近くにある博物館から持ち出してきたらしい。やはり名品かと頷き、亘は少しホクホクしながら柔らかなネル布で刀身を磨きあげる。この不埒者たちが下手に扱い、大きな傷をつけたりせず良かったと心底安堵していた。
「良い刀だな……」
思わず呟く亘の横では、七海が胸の下で腕を組み倒れた連中をどうするか悩んでいる。ただし同情などする気はないらしく、神楽に回復魔法をお願いすることもなかった。
「どうしましょう。奥の様子を見ておきましょうか。何か役立つ物があるかもしれません」
「そうだな。こういうアウトドア系の店って、何かワクワクするな。ついでに非常食ぐらい貰っていこうか。もちろん平和になったら、お金を払うけどな」
亘は奥に行きかけ足を止めた。サキが服の裾を引っ張っていたのだ。形の良い鼻を軽くひくつかせ、そしてジッと見上げてくる。
「式主だけ」
理由は分らないが、何か七海を行かせたくないらしい。
「ふむ……サキがそう言うならそうするか。悪いが七海と神楽は外で待っていてくれ。ついでに他の店で食料でも探しておいてくれると助かる」
「分りました。じゃあ行ってましょうか」
「そだね。何か食べる物あるといいよね、ボクお腹空いたよ」
外に出て行くまで確認し、足下のサキに問いただす。
「それで? 何があるんだ」
「んっ、行けば分かる」
◆◆◆
店の奥にあったのは凄惨な死体だ。苦痛と絶望を顔に刻んだまま息絶える女性たちの裸体が転がっていた。それは悪魔の如き――否、それ以上の所行によるものだ。やったのは、店の入り口付近に転がしてある連中で間違いない。
「……なるほど。確かにこれは見せられないな。どうしたものか」
「焼く」
「外に運んで――いや、その表現はおかしいな。外に連れて行ってあげないといけないな。そうなると七海と神楽をどうにかして……」
「ここで良い。集めて」
「火事とかになったら大変だぞ」
「大丈夫」
「そうか。じゃあ、一箇所に集めてあげるか」
できるだけ丁重な手つきで女性たちを人として扱い運ぶ。既に硬直が始まっている者もいる。着衣は全て剥ぎ取られ、色々と汚された姿だが、それよりも身体に刻まれた凄惨な痕跡が目を引いてしまう。
きっと想像もできないほど恐怖と辛く苦しい思いをしたに違いない。世が乱れ治安が悪化すれば弱い者から襲われていく。
亘は沈鬱な思いで四人ばかりの女性を一箇所に集めた。
「んっ、じゃあやる」
言うなりサキが集中し、金色をした髪が揺らめく。激しく集中しているらしい。重ねられた女性たちの上に青白い火が生じ、閃光とともに一瞬で焼き尽くす。後には少し焦げた床フロアが残るばかりであった。
それを見つめ、亘はしばし瞑目した。
「さてと、あいつらはどうしてやろうかな。動けないまま放置して、たっぷり恐怖を味わって貰うべきか。待てよ、誰かに助けられても困るな。いっそ、ここで……」
「必要ない。呼び寄せる」
「なるほど」
亘はあっさりと人間の処刑を決めた。
まず男たちの両手両足、それに口も厳重に縛りあげる。鬱血しようが構わない。どうせ少しの間だけなのだから。そこらにあったビールをぶっかけ目を覚まさせると、これからどうなるのか説明してやった。
「ここにもうすぐ悪魔たちがやって来るだろう。お前らは、そいつらに生きたまま喰われるだろう。自分のしたことを少しでも悔いておくんだな」
必死にのたうつ様を冷酷に見やり、眩しい光のある店外へと出て行った。薄暗い店内には人間の闇や嫌なものだけが残される。
そしてサキが小さく遠吠えし、スキルを使い悪魔を呼び寄せていた。
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