第212話 ここは神社だ丁度いい
山間の道から峠を越え街に出る。
信号を曲がりインターチェンジに進入すると、一般道路から高速道路となる。車は一気に加速。後は途中の休憩もなしに、ひたすら走行する。
道路照明に照らされた夜道は、猛スピードで後方へと流れ去っていく。それを後部座席から眺めていると、まるで映画か何かの映像でも見ているような気分だ。
亘は藤源次と並びミニバンタイプの後列シートの前側に座り、後側に七海とヒヨがいる。できれば七海と並びたかったので、ちょっと不満だ。
軽い憂さ晴らしも兼ね、間に座らせたサキを腕置き代わりにして撫でてやる。後ろの神楽は、それを見て少し面白くなさそうにしていた。
「ずいぶんと時間がかかるものだな」
ポツリと呟いた言葉で、運転席の男がビクッとした。
それはヒヨの部下だ。乗車前にひと声かけたが、後は言葉を交わしていない。神楽とサキを随分と警戒し怯えていたことが印象的だった。
藤源次が場を取りなすように苦笑する。
「もうそろそろに着くでな。じっきに高速を降りるはずだ」
「さよか」
言葉通り車線変更の後、クロソイド曲線によるカーブを経て減速しながらETCレーン通過した。しかし一般道路に出たものの、すぐ大型ショッピングモールの駐車場へと入っていくではないか。
亘は訝しげに眉を寄せた。
「おいおい、まさかここがアマテラスの本拠地とか言わないだろうな。藤源次の冗談並に洒落にならんぞ」
「ふむ、その言い様は失礼ではないかのう」
「いや実際そうだろ」
「むうっ」
後ろからヒヨが身を乗り出してくる。
「すみませんが、まずここでお二人の服を買おうと思います」
「まあ確かにそりゃそうだな」
亘は自分の姿を改めて確認した。着ている服は事故の影響で破れ焦げ穴だらけ。さらには血痕だってある。もちろん七海も似たようなものだ。
「まず、私が簡単な上着を買って参ります。その後で好きな服を購入して下さい。ただし一時間以内で身支度をお願いしますから」
「ふむ、一時間もいるのかのう。ちと、時間をかけ過ぎではないか」
「そうだよな。そんなにも必要ないだろ」
藤源次と亘は――運転席の男もこっそりだが――揃って頷いた。
「そんなことないですから、むしろ少ないぐらいかと」
「ええっと、私もできればそれぐらいは時間が欲しいです」
「そだよ。マスターってば何言ってんのさ」
「同意」
女性陣の反応は非難めいたものだった。賢明なる男どもは、それ以上何も言わないことにした。
まずヒヨが上に羽織る服を買いに行くためサイズを聞き取りだす。七海から何かのサイズを告げられると、その胸を二度見さえする。目を見開き、羨望と絶望のない交ぜになった顔だった。
◆◆◆
一時間後に車は再度移動し、今度こそ目的の場所に到着した。幾つかの外灯で照らされた、意外に広い駐車場である。
スライドドアが開くと、真新しい背広姿の亘が身軽に降り立った。座席を倒し、七海に手を貸してやる。続いて出てくるヒヨは手を貸して貰えず不満そうだ。
シンッとした夜の空気を胸一杯に吸い込む。
やはり神社の傍ということで、どこかしら厳粛な雰囲気が漂う気がする。
七海が亘の背広を残念そうに見つめた。
「やっぱり五条さんの服を選びたかったです。残念です」
「そんなの、また今度でいいさ。ゆっくりと選びたいからな……ああ、そうだ。七海も似合っているぞ。大人っぽくて上品な感じだ」
遅ればせながら七海を褒めると、なぜか神楽が感涙する真似をしてみせる。
「マスターが、マスターがそこまで気が回るようになっただなんてさ、よくぞここまで成長して……ボク嬉しいや」
「んっ、目出度い」
「そこ黙っとけ。まあ、なんだ。その綺麗だよ」
余計なことばかり言う神楽とサキに注意し、口調を優しく変えながら誉めてやった。それで七海は嬉しそうに頬を染め、両手を後にやりながら微笑んでみせる。
「ありがとうございます」
身体にピッタリしたカットソーのシャツにフランネルシャツを羽織り、これにスカートである。素晴らしく似合っていた。着替えた姿を見た店員が、広告用に写真を撮らせて欲しいと懇願していたぐらいだ。もちろん断っていたが。
不満そうだったヒヨの機嫌がより一層悪くなる。
「仲が良いことですね。いちゃつくのはそこまでにして、早く行きましょうか」
「「いちゃつくだなんて…………」」
揃って声をあげ顔を赤くした様子に、ヒヨはますます不機嫌になった。小声でぶつぶつと声をあげ、足元の小石を蹴って何やら拗ねている。一文字の名を継いだ彼女は出会いが少ないのだ。
部下がまあまあと宥め、ようやく自分の役目を思い出したらしい。深呼吸して気を落ち着けている。振り向いた顔は、硬くはあるが笑顔だ。
「まあいいですけど。それではすいませんが、ここから先では従魔を機械に戻して頂けないでしょうか」
「別に見られたっていいだろ、関係者ばかりなんだろ」
「ここから先は神域となります。従魔といえど、許しのない悪魔が侵入したとなれば非常にマズいことになります」
「具体的にはどうなんだ」
亘は眉をひそめた。呼んでおいて、何て勝手な言いぐさだろうか。
「衛士から神官まで、一斉に駆けつけてくるぐらいです」
「ほう、それは物々しい」
「前に参拝客の中にデーモンルーラー使いがおりましたが、面白半分に従魔をここで喚んだそうです。今頃、それを激しく後悔しているはずでしょうね」
思わず帰りたくなってしまうような話だ。しかしここで怒っては藤源次の顔を潰すことにもなる。なにより車などの補償の話もあるのだ。
藤源次の顔を見ると、しっかりと頷いている。亘は神楽とサキをスマホへと戻すことにした。
「分かった、その言葉に従おう」
「本当にいいの? なんだかさ、ボク心配だよ」
「仕方ないだろ。とりあえず面倒事を避けるためだ」
「うーっ、分かったよ。でもさ、何かあったら直ぐ喚ぶんだよ。いいよね」
「そのつもりだ。サキもそれでいいな」
「んっ。何かあれば……必ず喰う」
サキは緋色の瞳を壮絶に輝かせ宣言をした。完全に獲物をみやる表情だ。ほんの一瞬解き放たれた殺気に、近くの樹木からカラスたちが悲鳴をあげながら逃げ出していく。
その激しい視線をぶつけられ、ヒヨは歯を食い縛り堪えてみせたが、部下の方は思わずといった態で数歩後退ってしまう。この幼くも見える少女が極めて危険な存在だと、改めて恐怖しているのだった。
「よしよし、ほらスマホに戻っていろよ」
「んっ」
亘が金色の髪をかき混ぜるように撫でてやると、相好を崩しながら身体を光の粒子へと変えスマホの中へと姿を消してみせた。
「サキばっかし可愛がっちゃってさ。ふんっだ、いいもんね」
「ほら神楽もな。何かあったら頼むから」
「つーんだ。そんなので誤魔化されないもんね。えへへっ」
軽く拗ねてみせた神楽も亘の指で頭をぽんぽんとされ、笑いながらスマホ画面へと飛び込んでいく。表面にさざ波のような光がはしり、姿が消える。七海もアルルを優しく撫でてスマホへと戻した。
それでヒヨも部下もあからさまに安堵の顔となった。
「というわけで、何かあったら喚び出すから。いや、むしろ勝手に飛びだしてくるぐらいだからな。気をつけてくれ」
「大丈夫ですから。本当に大丈夫ですから。でも、勘違いで襲ってきたりはしませんよね」
「その点につきましては、各自の自主性に任せている。何とも言えんわな」
亘は素知らぬ顔で嘯いた。
「少しは安心させて下さいよ。あっと、失礼。それでは参りましょう」
地の態度が出てしまったヒヨは取り繕うと、誤魔化すようにソソクサと歩きだした。外灯に照らされた駐車場から、衛視小屋の前を通り抜け木製の架け橋を渡る。
橋とは異なる世界を繋ぐ象徴であるが、対岸はそれこそ別世界のような空気に包まれていた。夜も更け深々となった地に月が静かな光を投げかけ、足元はさして不自由しない。
玉砂利を踏みしめ歩けば厳粛な気分にさせられていく。澄んだ空気に木と土と水の香を感じり、呼吸をする都度、身体の内側から清められていくようだ。
パワースポットなんて信じてやしないが、確かにこの場所にはそれを思わせる何かがあった。
一般用の参拝ルートを逸れ、関係者以外立ち入り禁止の区画へと案内される。辺りは木々が並び、夜ということもあって、本当にどこか別の世界に迷い込んだような気分だ。
ヒヨが足を止めた。
「ここがアマテラス本部になります」
擬洋風建築の建物があった。
玄関は列柱のあるひさしが張り出し、洋風飾り窓。細部の意匠は和風で彩雲やら龍の彫刻がある。月明かりに見える屋根は瓦葺きらしい。
まるで歴史的建造物だった。
「もっとこう、凄い和風建造物を想像していたが違うな。しかし、随分と歴史を感じさせる建物じゃないか」
亘は建物を眺め、唸りをあげた。感心しているわけではない。
「これ大丈夫か? 古い建物だが耐震性能とか心配だな。あちこちにクラックが入っているな」
「あの、クラックって何ですか?」
「こういった建物に入った、ひび割れの事だな。例えば、あのクラックは良くない形状だな。研修で”危険なクラックの見分け方”を学んだが、教科書通りだ」
「壊れてしまいますか?」
「今すぐにではないが、地震が来たら危険だろうな」
亘と七海が話していると、ヒヨが口を挟む。
「そんなこと言わないで欲しいです。私、毎日ここで勤めているのですよ。恐いじゃないですか」
それは恨みがましい声だ。地震の多い国で、そんなことを言われて平気な人はいないだろう。亘は頭をかいた。
「こりゃまた失礼。あんまりにも酷いんで、つい口が滑った。はははっ」
「建て替え予定がありましたけど延期です。キセノン社のせいで経済的打撃を貰いましたから。延期です、延期」
「地震が来ないことを祈るしかないな。おっと、ここは神社だ丁度いい」
フォローにもならないことを言って亘が笑うと、ヒヨは口を尖らせ不満顔だ。すっかりと打ち解けてきた様子である。
そんな様子を藤源次が微笑を浮かべ見守っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます