第209話 様式美は大事だって

 神楽の放つ光球が、暗い山間に閃光を瞬かせる。サキの火球は対象を燃えあがらせ、篝火のように周囲を照らし出す。その揺らめく光の中を亘が闇を纏い動く。

「怯むな! 宝鏡を構え悪魔を抑え込め! ぐあああっ――!」

 指示を出す男に亘が襲いかかり、横腹を掴むと強化された力で握りしめる。凄まじい絶叫をあげる相手は腕を振り回すが、それは弱々しいものだ。あまりの痛みに痙攣さえ起こしている。

 だが、まだそれもマシだろう。

 大型車両の向こうからは絶叫が聞こえ、すぐに消えた。車体の陰からサキが姿を現すと、途中で何かを投げ捨て軽く手を舐めている。けれど、亘の元に駆け寄った仕草は弾むようで、甘えるようなものであった。

 どこからか人の焼ける臭いが漂い亘は顔をしかめる。こればっかりは生理的に我慢のできない類のものなのだ。

 ダンプトラックの横腹には追い詰められたように、数人が身を寄せ合っている。

「バカな……」

 形勢は逆転した。

 襲撃をしかけた側は深刻な被害を受け、そこかしこで倒れ苦痛の呻きをあげる。または、永久に沈黙しているかだ。

「さてさて、お前らは何者かな。教えて貰ってもいいかな?」

 亘が問うものの、残った男たちは答えはしない。沈黙が流れ、苦痛の呻きと虫の音が響くばかりだ。

 道路脇に点在するオレンジ色の照明灯、停車した大型車のライト。それらが山間の闇を照らしだすものの、むしろそれは光の届かない範囲の闇を際立たせていた。

 亘はうんざりした気分で顎を擦った。

「まあいいか、姿を見ればアマテラスの関係だって分かるけどな。いやいやまてよ、ミスリードでアマテラスの一員と思わせようとする可能性も否定できない」

 神楽がそこらに転がっていた銅鏡をぶら下げ飛んで来る。

「ほらさ、この鏡とか見てよ。マスターが集めてる刀だってさ、古いのはとっても高かったじゃないのさ。きっと簡単には手に入らないよね」

「確かに。そんな代物を集める資金と行動力を考えると……やはりアマテラスか。やれやれ、友好的にいけると踏んでいたのにな」

 軽口を叩くような雰囲気で苦笑する。

 けれどそれは、亘の怒りがおさまったからではない。最高に幸せな気分でいるところを邪魔され、あげくに殺されかけた。自分だけならまだしも、七海まで巻き込んでいる。さらに大事な車も破壊された。

 これで許してやれと言うやつがいたら、まずそいつを同じ目に遭わせてやって意見を聞きたいところだ。

 これまで亘という人間は社会という枠組みで生きるため、理不尽なことを我慢し腹に溜め込み堪え生きてきた。しかしながら、今回はその範疇外だ。亘は聖人君子ではなく普通の人間だ。憎い相手は憎いし、許せない相手は許せない。

 人を恨みもすれば仕返しだってしたい。

「まあ、そいつでいいか。とりあえず回復させてやってくれ」

 亘はヘッドライトの光の中で倒れていた者を指し示した。

「はいはい『治癒』でどうかな」

「うあっ?」

 回復魔法が発動すると、苦しげな息で倒れていた男が戸惑ったように声をあげた。戸惑いながら目を開き、何故助けたのかと物問いげな顔だ。なお、重傷を一瞬で治した魔法の威力に、見ていた者たちは驚きの様子だ。

 亘は口角を吊り上げた笑いのまま、男の肩を鷲づかみにし引きずり立たせる。片手で大の大人を引き上げられるのは、やはり身体強化のお陰だ。

「な、なにを……がっ!」

 予備動作なしに胸骨をノックするように弾いた。男が前にのめる。骨にひびが入ったかもしれない。だが、どうでもいい。

 首を掴んで引きずり、鐘つきのようにトラックの荷台に頭を打ち付ける。もう一度、さらにもう一度。手で庇おうとしているが、お構いなしだ。それごと無理矢理力いっぱい叩き付ける。

 男が苦痛の声をあげるが、やはり関係ない。敵と定めた相手に慈悲など不要。

 何度目かのところで、神楽が亘の頭に載って、ペチペチと額を叩いて注意を引いてみせる。ただし、その残虐さを止めたわけではない。

「ねえねえマスターってばさ、こういう時は一応質問とかしなきゃダメなんじゃないの」

「そうか?」

「そだよ。様式美は大事だって、法成寺のお兄ちゃんが言ってたもん」

「なるほど、それは大事だな。じゃあ聞いておこう。さあ、お前はどこの組織の人間だ」

 しかし返事はなかった。もしかすると目眩で答えられないだけかもしれない。だが、やはりどうだっていい。

「口を割らないとは、なんて立派なんだ。これもまた様式美ってやつか? ノリがいいもんだ。神楽のMPはどれぐらい残ってるんだ?」

「回復魔法をいっぱい使ったけどさ、まだまだたーっぷりあるよ」

「そうか。じゃあ、気にせずいけるな」

 亘はニイッと口角を歪ませ笑い声をあげた。


◆◆◆


「なるほど、アマテラスにも二系統あるわけか。それで、寺社系列ねえ。前に会った雲林院という人物やテガイの里は神社系列なんだ」

「はい、そうです……」

 答える男は見える範囲の顔だけでも血だらけ、精も根も尽き果て生気がない状態であった。傷自体は完全に治癒されているが、むしろもう回復しないでくれと懇願するぐらいだ。

「内部分裂ならさ、ほいさ『治癒』、なんでマスターを狙ってきたのさ」

「それは、九尾の狐を仕留めればアアア。我らが優位にイイイ。話す、話すからもう止めてくれ」

「あれ? マスターに向かってそんな口の利き方するんだ、ふーん」

「神楽や、話し方なんてどうだっていいだろ。多少心証が悪くなるだけだろ」

「すいません。ごめんなさい。ギャアアアッ……」

 亘は柔やかに笑い男の二の腕を掴んでいる。軽く握ったように見えるが、実際には万力のような握力だ。男は顔面を蒼白にし声も出せず口をパクパクさせている。

「どこの組織も内部分裂とかあるんだな。本来の目的を外れ権力闘争か。巻き込まれる身にもなって欲しいもんだな。おや?」

「あらら、この人間ってばさ。白目剥いちゃってら。『治癒』」

 いくら回復されるとはいえ、受けた際の痛みが消えるわけでもない。繰り返された暴力で精神的にガタガタになり、ついに意識を失ったらしい。

「まあこいつはもういいや。さて次は……」

 亘がじろりと視線を巡らせると、その先で息を呑むような短い悲鳴が幾つもあがった。先程から凶行の一部始終を見せられ、一罰百戒ではないが、すっかり怯えきっている。仲間を助けようとする素振りさえしなかった。身を竦めるばかりだ。

 次の生け贄を探す亘の耳を神楽がちょいちょいと引っ張った。

「ねえマスター。それよかさ、ナナちゃんの様子を見といでよ。こっちは逃げようとしたら、ボクが片付けておくからさ」

「確かにそうだな、じゃあ任せる。銃を使って良いぞ」

「やったね! ボクにお任せだよ。ほらほら、早く行っといでよ」

 神楽にとってはその方が嬉しいだろう。

 スマホから取り出した凶悪な銃器を構え、ウズウズしながら待機する。早く逃げてと、期待に満ちた眼で見つめるが誰も動こうとしなかった。


 亘はまだ目を覚まさぬ七海へと大股で歩み寄った。争いの場から少し離れた安全そうな場所に寝かせてある。しかも護衛としてサキを付けておいた。

「七海の様子はどうだ、まだ目を覚まさないのか?」

 顔を覗き込みながら、傍らに膝を突く。

 サキはちんまり膝を抱え座り込んでいた。その黄金色した髪に手をやり、かき混ぜるようにして撫でれば、嬉しげに喉をならしている。

「問題ない。術で寝かせた」

 目を細め口角を上げた無垢な幼女のような笑顔。それは完全に信頼しきった者にしか見せないであろう類の笑顔だ。

 元々が玉藻御前の系譜で、人を化かす術に長けた狐かもしれないが――サキがそうした意味合いで騙すことはないだろう。

「それなら良かった、ありがとうな。じゃあ起こしてやってくれるか」

「んっ!」

 短いが嬉しげな勢い込む返事だ。

「起きよ」

 サキのほっそりした指が七海の額に触れる。

 それで術が解かれたらしい。可愛らしい呻きがあがった。目を覚ました七海は額に手をやりながら身を起こす。

 焦点の定まらない目でボンヤリしていたかと思うと、ハッと身を強ばらせ辺りを見回す。それから覗き込む亘に気がつくと、力を抜き安堵の息をついた。

「よかった。五条さんご無事でしたか」

「まあな」

「ええっと、私は無事……ではなかったようですね。これはつまり神楽ちゃんが治してくれたので助かった、というわけですね」

「ああそうだ。完全に回復している」

 亘も七海も、着る服のあちこちが焼け焦げて破れ血の跡もある。どんな傷を負っていたかは、治癒された今では分らない。だが重傷だったことは想像に難くない。

 しかし、破れた服から見える肌は白く滑らかで、そこには何の傷痕もない。

 安堵しながら二人して気付く。

「「あっ……」」

 七海の焼けた服には大きな穴が開いており、そこから胸の膨らみが見えていた。結構きわどいぐらいの状態で、亘は慌てて視線を逸らす。七海も恥ずかしげに腕で隠す。二人揃って顔を赤らめた。

 横のサキが、キヒヒッと小さく笑ってしまう雰囲気だった。

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