第200話 回覧板で回って来た

 その地域を知りたければ、寺か神社を見ればいい。

 繁栄や豊作に無病息災を願い、守り神の存在する場所として古くから大切にされてきた場所である。その建物の構造や大きさ、敷地や奉納品の数々など、あらゆる部分に地域の歴史が詰まっていると言って過言ではないだろう。

 亘は目の前の神社を眺めた。

「ふむ……でかいな」

 石造りの鳥居はどっしりとした柱をしており、笠木の反りも見事。渡された注連縄は今なお太く立派。奥へ続く参道脇には苔むした石灯籠が幾つも並び、時代を感じさせる。社殿の規模は大きく造りもしっかりとしたものだ。

 周りを囲む鎮守の森は杉が主体ではあるが、いずれも太く高く成長している。

 この地域にはかつて勢力を誇った一族が栄え、繁栄を願い寄進をしたに違いない。だが、時代の流れによって人と物の流れが変遷してしまい、今ではすっかり寂れてしまったのだろう。

 勝手な想像をして頷く亘は視線を傍らへと向ける。

「それで、ここに用があるってことで間違いないのか?」

「たぶん」

「おいおい大丈夫なのか」

 しかしサキは答えず、神社の全容を眺め回すばかり。鳥居を一心に見上げる仕草などは、可愛らしくあどけない女の子にしか見えない。腰まである長い金髪が風に揺れる姿などは、思わず見とれてしまうほど絵になるものだ。

 亘は軽く息を吐く。

「用事があるなら早いとこすませてくれよ」

 この神社に駐車場などなかった。通りすがりの老人に教えて貰い、近くの集会場に車を駐めさせて貰っている。そこにあった看板には、違法駐車は罰金を請求するなどと書かれており心配なのだ。

 そも、亘の実家近くの神社に本物の神様が存在することも考えれば、ここにもその可能性があるわけで、つまり面倒事はご免という事だ。

「ひょっとして、ここにも異界があるのか?」

「マスターとしては残念だけどさ、ここに異界はないんだよ――」

 しかし神楽の言葉をサキが遮った。

「ある」

「むむっ!」

 自分の探知能力を否定され、むぷうっと頬を膨らませる神楽。身を隠していたポケットから身を乗り出すと、両手を振り回してまで自分の正しさを主張しだす。

「そんなはずないもん。絶対ないもん。おやつ一週間分賭けたっていいもん!」

「神楽がそこまで言うなら、絶対にないって事だな」

「そっすよね、神楽ちゃんがおやつを賭けるぐらいなんす。間違いないっす」

「なにさそれ、失礼なんだよ!」

 誰かに見られてしまってはマズいが、神楽は飛び出すと失礼なことを言う男どもに制裁の飛び蹴りを見舞っていく。よっぽど腹に据えかねたらしい。

 逃げ惑う亘とチャラ夫を追い回す神楽。そんな冗談半分の遊びを無視したままサキが鳥居に近寄っていく。一歩二歩三歩と進み――閃光と共に弾かれ、尻餅をついてしまう。

 様子を見守っていた七海とエルムが驚きたじろぐ。

「大丈夫ですか、凄い静電気みたいな感じです」

「そないなレベルやないやろ。静電気なんてレベルやないやん。なんやら、こう凄い嫌な予感がするんな」

「俺知ってるぜ。これってば、結界なんだぞ。って、おいドン狐やめろ。そんなことしちゃダメなんだぞ」

 立ち上がったサキはイツキの制止を無視し手が伸ばす。

 鳥居の下の空間で火花のようなものが飛び散る。まるで、グラインダーで鉄を削るみたいな様子だが、あながち間違いでもない。目には見えない何かが削られていくのだ。

 そして――注連縄が弾け飛ぶ。幾つかに分割された巨大な注連縄が藁を撒き散らしながら、重たげな音をさせ落下した。

「ふぁっ?」

 亘は突然の出来事に呆然とするが、残りも似たようなものだ。

 さらに神社の敷地から風ではない何か得体のしれない気配が押し寄せる。まるで澱んだ空気のようで背筋に悪寒が走る種類のものだ。

「おいドン狐ってば、何してんだよ。今ので結界が破れたんだぞ。これって絶対何か封じられてんぞ」

 イツキが恐ろしげに神社をみやる。

 何かよからぬ事が起きるに違いないと、七海を始めとして少年少女たちは身を震わせた。そして――。

「マズいなこれは……いくら注連縄とはいえ、器物損壊か建造物破壊になるかもしれない。NATSに揉み消して貰うしかないが、また異界の訓練に協力してやらないといかんか……面倒だな」

「そな事よりどしよ、中から異界っぽい気配がするんだよ。ボクおやつ一週間分なんて言っちゃったんだよ……」

 亘と神楽は、まったく見当違いな心配ばかりしている。なんだかんだと似たもの同士で息が合っているのであった。

 その間にサキはスタスタ境内に足を踏み入れていくのだが、幾ばくも進まぬうちに騒々しく玉砂利を蹴散らし駆けつける者たちがいた。

「これは一体何事か。結界が破られるとは、まさかの敵襲か!」

「ああ、なんてこと注連縄が! 運営費が足りないっていうのにどうしましょう」

「そんな事いいから、アマテラス本部に連絡しないと。非常時の手引きだと、テガイの里への応援要請が先だったか。手引きはどこにしまい込んだっけ!?」

 作務衣を着慣れた様子の三人が右往左往とする。様子からすると親子で、今は慌てふためきこそしているものの、見るからに人の良さげな顔立ちであった。

 そして悠然と進むサキを見るなり顔色を変えてしまう。

「回覧板で回って来た人相書きにそっくりじゃないか! ほら、あれだよ。神社通信の要注意妖物」

「あの玉藻御前の一部って話のかしら? あなた、どうしましょう」

「狼狽えるでない。たとえっ! そうっ、たとえ敵わぬ相手だろうともっ! 私はこの社を預かる身。お役目に殉じ戦わねばならぬ」

 作務衣の男は懐から札を取り出した。

「ちょえりゃああっ! オンバギャラマカーン!」

 気合いと真言めいた呪言と共に札が投げつける。紙の札はサキへと一直線に飛来し炎を纏い襲いかかった。超常の技とも言える凄さだ。

 しかしサキは見もせずに軽く手を動かし、ペシッと叩き落としてしまう。それは飛んできた虫を払う程度の何気ない仕草であった。

「そんな馬鹿な……」

 怯える神社の一家へと、金色の髪を揺らめかせ小さなサキが近づいていく。要注意として知らされていた存在の接近に、泣きそうな顔で怯えている。

 だが、争い事とは無縁に生きてきたであろう男は歯を食いしばり恐怖を抑え込むと、妻と息子を背後に庇いながら力強く宣言する。

「行けっ! お前たちはテガイの里まで逃げ伸びるんだ!」

「ダメだ、父さんを置いてなんていけない!」

「そうよ何を言うのよ。私たち家族はいつだって一緒に頑張って来たじゃない」

「私に構うな、母さんを頼むぞ! 強く生きてくれっ!」

 そんなやり取りに亘は袖で目を拭ってしまった。

 年齢が年齢なので涙もろくなったのもあるが、自分の父親が全くダメ系の人であったがために、何だか余計にクルものがあったのだ。

 鼻をすすれば、すかさず神楽がティッシュを差し出す。

「はい、どうぞなのさ」

「おおすまん、ありがとうな」

 その後ろで、出遅れてしまった七海がハンカチを手にしょんぼりしている。


 神社の男は両手を広げサキの前へと立ちはだかった。妻と子は迷いながらまだ動けないでいる。

「ここを通りたくば私を倒してからにしろ! だが簡単に殺せると思うなよ、私の命に代えても家族は――」

「寝よ」

 サキは面倒そうな顔で、ほっそりとした手を振り払う。

 たちまち親子三人は目眩を起こしたように蹌踉めき、倒れてしまった。その際にも男は妻と子を庇おうとしているため、亘は完全に泣いてしまった。今度は七海のハンカチが間に合い、神楽が微妙に不満そうな顔だ。

「……あー、すまんな。よし落ち着いたぞ。この人たちは大丈夫だろうな」

「寝かせた」

「そうか、ならいいが」

「またサキってばさ、そんな便利そうなスキルを隠し持っててさ」

「全くだな。こんな騒ぎを起こしてまで何の用なんだ。神楽のおやつが一週間なくなった価値があるのか?」

「ううっ、ボクのおやつ」

 亘の言葉で、今度は神楽が涙ぐんでしまった。

「異界じゃない。こっち」

 サキはスタスタと歩いて行く。それは横手方向で、神社の親子に向け雰囲気を出して直進してみせたのは何だったのだろうか。まるで別の方向だ。

「何と言うか、サキもいい性格してるな。これはきっと先輩悪魔による薫陶の賜物だろうな」

「そなことないよ。きっと、契約者に影響されただけだよ」

「神楽だろ」

「マスターだよ」

 亘と神楽はやいやい言いながら、サキの後を追っていく。

 だが、七海は立ち止まって倒れた人達を心配そうに見つめる。いくら眠らされたとはいえど、地面に人が倒れていれば心配になるのが普通の感覚だろう。

「えーっと、この方たちどうしましょう? 流石に地面の上では可哀想ですよ」

「そんなら、ちょこっと横の方に運んであげたらどうやら。ほら社務所の辺りなんて、良さそうやん」

「じゃあ運ぶっす」

 それぞれが手際よく動き、倒れた三人を御札売り場まで運んでいく。壁にもたれるように座らせておけば、パッと見では親子で仲良く日向ぼっこしている様子に見えない事もない。

 そちらを気にしながら亘が言う。

「そろそろ、目的を教えてくれよ」

「んっ、ここ」

「この岩に用があるのか?」

 そこに苔むした岩があった。

 簡単な柵で囲われただけの状態で、他の場所が丁寧に手入れされているのに対し、なぜかそこだけ下草が生えたままとなっている。周囲との対比からすると、わざとらしさがあった。

「あのさここにさ、異界があるんだよ。こんな異界なんて無ければいいのにさ。ああっ、ボクのおやつ……」

 神楽は亘の頭の上で両手をつき嘆きの声をあげた。

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