第195話 洒落にならない雰囲気
広場に掲げられた高札は、『のぞき成敗也』と達筆な文字が墨書されていた。
その下に転がされているのは、荒縄で縛られた三人。
サタロウ、ウタロウ、そしてチャラ夫だ。ゴザを敷いて貰える程度の温情はあったものの、完全に晒し者状態。やんちゃな子供らが棒で突いて弄る様子も含め、集まった里人が困ったものだと眺めている。
神楽とサキに山中を追い回され、光球と火球によって脅され――幾つかかすめて危うかったりもしたが――最終的には駆け付けた里人によって捕縛。そのまま一夜を過ごしたのだった。
「期待を裏切らないというか、何と言うか……」
「いやほら、あれっす。こういうのって、お約束じゃないっすか!」
「反省の色すらないのか」
呆れる亘の前長老の一人がやって来ると平身低頭した。
「まっことお恥ずかしいことであります。客人の入浴をのぞきに行くなど。この通り処罰いたしましたので、お許し頂ければ」
「いやまあ、こちらの連れも混じってますから……」
「あの者らにつきましては、里の方でさらに処罰いたしましょう」
「ほう処罰と言うと、石抱きの刑とか市中引回しの刑とか?」
興味を持った亘は何気に問いかけた。それは、時代劇で聞いた言葉を適当に口にしただけだった。拷問であったり、処刑前の扱いに該当するものという知識はまるでない。
だが、長老は知っていた。
「そ、そこまでお怒りとは……分かりました、やりましょう」
「「「ひいいっ!」」」
のぞき魔三人は揃って悲鳴をあげる。
チャラ夫は分からないまま他の二人と一緒になって恐怖しているだけだが、もし内容を知っていれば、もっと大声で喚いていたに違いない。
横で見ていた藤源次が困り顔で顎を擦る。
「これ、五条の落ち着かぬか。流石にちと苛烈であろう。もちっと温情というものを考えてやらぬか。怒る気持ちは分かるがの、我とてそこまでは思わぬ」
けれど肩に座る神楽は面白そうに笑う。
「いいじゃないのさ。ボク、石抱きの刑っていうの見てみたい」
「そうか、見てみたいか」
「うん! 市中引回しとかもさ、なんだか面白そう」
「なるほど、面白そうか」
亘が考えるフリをしてみせると、チャラ夫が悲鳴のような声をあげる。
「兄貴。ヘルプ、ヘルプっす! 反省してるっす! どうか温情ってやつを!」
「「我らも反省しておりまする! なにとぞ!」」
「うーむ」
縛られたまま一夜を過ごしたわけだが、夜は冷え込む季節で場所柄でもある。お仕置きとしては、もう充分な気がしないでもない。
「さて、どうする?」
未遂とはいえ被害者である少女たちにお伺いを立てた。
「最近のチャラ夫君ってば、目つきがエッチい感じがしとったんや。でもまさか、のぞきなんて見損なったわ。もう打ち首獄門さらし首で構わんのやないの?」
「俺はそれでもいい気がするぞ、エッチいのは許せないぜ」
「二人がそれを言いますか。あれだけ触って……こほん。それはそれとして、チャラ夫君たちを許せない気持ちはありますよね」
「「「どうかお慈悲を!」」」
チャラ夫たちが必死になって喚いた。
実際に長老が打ち首の手配をしだしている。場を清めゴザを敷き、斬首用の刀と首桶を用意しろなどと物騒な内容の声が飛び交い、それはもう洒落にならない雰囲気である。
「さすがに打ち首はな……」
亘が困るとエルムがにししっと笑う。
「それやったら、ウチに良い考えがあるんな。ここはあれや、五条はんに根性を叩き直して貰うんや。ほらNATSの皆さんみたいに鍛えてさしあげたらどうやら」
「「…………」」
七海とイツキは顔を見合わせた。そこには、そんな酷いことに同意して良いのだろうかといった迷いが見られる。
「おお、お許し頂けた上に異界で鍛錬で御座いますか。ありがたや」
だが、何も知らない長老は嬉しげだ。若衆の処罰が鍛錬になるのならと安堵している。それは縛られた双子も同様であった。
「助かったな、サタロウ者」
「そうらしい、ウタロウ者」
「これ、二人とも反省せい。ところで、どうせ鍛錬を行われるのであればどうでしょう。他の者も是非にお願いできませぬかな。虫の良い話ではありますが、普段と違う鍛錬も良きことでありますから」
その言葉に亘は快く頷く。人に頼まれ期待される事は嬉しいことなのだ。
「構いませんよ。あまり大人数でなければ」
「おお、ありがたい。ではさっそく手配しましょう」
物珍しげに見物していた者たちの中には目を輝かせる者も多い。なにせ、あの里を震撼させた力の持ち主による訓練。参加希望は多数にのぼり、籤引きによる抽選となったぐらいだ。
選ばれた者たちが得意そうな顔をすれば、外れた者たちはくじ運の悪さに舌打ちし残念そうな顔をする。
そんな様子にイツキは何か言いたそうな様子であった。黙り込んではいるが、ただひたすらに気の毒そうな顔をする。
「俺っち知ってるっす。姉ちゃんから何度も聞かされたっす。兄貴の特訓ってのは地獄だって。生き地獄だって嘆いてたっす」
チャラ夫のあげる絶望の声に、サタロウとウタロウは同じ顔で揃って不思議そうに眉を寄せていた。
◆◆◆
テガイの里には鍛錬を行う異界がある。
その入り口は岩窟の奥に存在しているが、手堀りした岩壁の通路には蝋燭が幾つも並び、蝋の溶ける臭いが微かに漂っていた。
突き当たりの岩壁に両開きの大門があり、薄ぼんやりとした光の中に幾つもの人影が存在する。
「準備が整ったようなので門を開きましょうか」
待ち構えていたのはスミレだ。
この修練場の管理人のようなことをやっており、慣れた手つきで樫の閂を引き抜き門を開いていく。その仕草はどこか恭しく儀式のように丁寧な動きだ。
開かれた門の先に揺らめく空間があった。
「それではどうぞ、お通り下さい。しっかり鍛えてあげて下さいね」
最後にニコリと笑って付け加えられた。
「もちろんですとも。ほれ、チャラ夫から入るんだ」
「行きたくないっす、行きたくないっす……」
「ほらさチャラ夫ってばさ、さらし首になるよりマシじゃないのさ。後がつかえてるでしょ。早く入りなよね」
「放り込むぞ」
「待てよ、こういうのは自主性が大事なんだからな」
神楽とサキが囃したて、亘が宥める。そんな言葉にチャラ夫もようやく覚悟を決めた。ただしそれはヤケクソであったが。
「ううっ……こうなったら、やったるっす。志緒姉ちゃんだって、やり遂げたんす! 俺っちだって、やれば出来るんす! うおりゃあああっ!」
叫んだチャラ夫が門へと飛び込み姿を消した。
忍び装束姿の若衆たちは、その大袈裟な様子に苦笑する。そして、喜び勇んで異界へと飛び込んでいった。最後に亘も神楽とサキを連れ異界へと姿を消す。
そして岩窟内に残るのは、見送りに来ていた七海たち三人とスミレだけとなる。
「あらイツキは行かないの」
「カカ様、俺は遠慮しとくんだぞ。いや、決して鍛錬を怠けようという考えじゃないんだけどよ」
「まあ珍しいこと。どうしたのかしら、この子ったら」
「スミレお姉さんってば、それはしゃあないことなんですわ。だって五条はんの訓練言うたら、なんやな……言い出したウチが言うのもなんやけど、ちょっと気の毒になるわ」
エルムの言葉に七海とイツキは揃って頷くのだが、そこには悲惨な運命を知りつつ止められなかった罪悪感みたいなものが漂っていた。
「あの子たち大丈夫かしら」
思わずスミレは門を見やってしまう。その先で何が起きているのだろうかと、心配げな顔であった。
「ええっと、大丈夫かという点でしたら大丈夫だと思います。ケガについてはしっかり治して貰えますから。ケガについては、ですけど」
「そうだぞ、ケガは大丈夫だよな」
「あら、なんだか含みがある感じの言葉ね……」
「そのまんまの意味やんな。それより、異界に行ったなら当分は出てこないはずやで。この場所はちょっと寒いんで移動したいわ」
乾いた空気はロウソクが燃える煙と、砂と埃が入り交じった臭いが立ちこめている。やはり洞窟の中という事で肌寒い。
「当分出て来ないのなら、半刻ぐらいなのかしら」
「カカ様、違うんだぞ。今からなら夕暮れぐらいになると思うぞ」
スミレは笑う。
「まだ午前中でしょ、まさかそんな夕暮れ時だなんて……え、本当に?」
しかし、返って来る気まずそうな様子に戸惑うばかりだ。
だが、そこは忍びとして鍛えられた者である。気を取り直すことは速かった。
「分かりました。鍛錬は気になりますが、任せた以上は口出しはしません。それでは移動しましょうか」
開け放たれた門はそのままに、外に向け歩きだした。
するとイツキは母親であるスミレの隣に並ぶ。昨夜も布団を並べたぐらいで、やはり寂しいことは寂しいのだろう。
「ところで、お二人にお願いことがありまして。里の子らに外のことを学ばせたいのですが……以前、五条殿に講義をお願いしたことがあったのですが。どうにも子供たちが外の世界を誤解してしまって。ええ、できれば外の世界が恐くないと教えてやって貰えませんか」
「五条はんの講義。なんやらウチ凄い嫌な予感がするんやけど」
「ええ、なぜでしょうか。私もです」
「俺は他のやつから聞いただけなんだけどよ。泣いたやつだって、いるらしいんだぞ。実を言うとな、俺もその話を聞いて外に出るか迷ったんだよな……」
イツキがポツリと呟くと、七海とエルムは顔を見合わせ揃ってため息を吐いてしまった。
「お二人には出来れば普通の暮らしを話して頂けませんか。ええ、普通に」
スミレは力強く言い切った。
岩窟の通路に足音が響かせていると前方が少しずつ明るくなっていく。その明るい日射しを眺め、七海とエルムは亘の後始末をすべく講義を引き受けたのであった。
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