第193話 宴会芸のノリで

 亘は床几と呼ばれる木製の脚を交差させ上に布を張った椅子に座っている。おかげで気分はプチ戦国武将だ。周囲を囲う白布の陣幕の存在もあって、その気分はいや増すばかり。

 すっかりと暗くなった中で篝火が火の粉を飛ばし、そして目の前で雅楽が披露されていた。鮮やかな色彩の羽のついた衣装をまとい横笛などの管楽器と打楽器の音に合わせ緩やかに舞っている。

 上座に座りそれを眺めているのだが凄く眠い。だが、自分たちを歓迎するために行われているため真面目な顔は崩さず、終わった時には拍手までしてみせた。

 白髪の老人が罷り出るように現れ目の前で膝をつく。

「つたない田舎芸でありましたが、いかがでしょう。お楽しみいただけましたか」

「やあ古雅な趣きの中に味わい深さがあって良いですね」

 どう表現して良いか分らないため、とっさに趣味の刀剣関係でよく使われる当たり障りない言葉を並べておく。

 老人が皺だらけの顔をクシャクシャにして嬉しげにするため、少し罪悪感を覚えてしまう。こんな山奥の隠れ里のため、先祖伝来の芸能を誰かに披露する機会など、きっとないのだろう。

「今の演奏とか、すんごく歴史を感じたっす。まさに歴史の息吹っす。俺っちは、こんなの初めて聞いたっす。最高っす! 感動したっす!」

 チャラ夫が手放しに褒め称え、これには老人のみならず里の衆も大喜びとなり、誇らしげな顔さえしている。

 こいつには敵わない、と亘は微笑した。何事においても裏表なく素直に自分の感情を口に出し、相手の懐に飛び込んでいく。なかなか真似できないことだ。

「ところで俺っち腹ぺこなんすけど。ご飯まだっすかね?」

 あけすけない言葉に、今度は苦笑する。やはり、こうした部分も敵いやしない。

「おや、そうでしたな。確かに若い方に空腹は辛いものでしょう。それでは、お食事の方を用意しましょう」

 長老が肩の位置で手を二回叩けばそれに応え、陣幕の開口部から素木の台が運ばれ並べられた。続いて漆塗りの膳が次々と運ばれてくる。

 白飯、汁物、芋の煮っ転がし、和え物、茶碗蒸し、川魚の煮付、漬け物。

 素朴な構成の料理だが、その手間暇のかけ具合はよく分かる。この時代に取り残されたような里で、これだけの食材を用意しようとすれば相当な労力を費やしたに違いない。

「ささっ、鍋もありますぞ」

 広場の中心で木杭が二本打ち込まれており、そこに太い棒が渡された。えっほえっほの掛け声と共に、天秤棒で巨大な鉄鍋が運ばれ棒に吊される。下で火が焚かれワイルドな料理だ。同じような鍋が幾つも設営され、何やら大がかりなことになっている。

 さらに食材が台にのせられ運び込まれた。大根などの根菜類にキノコ、そして――熊肉である。なぜ説明なしに熊だと分かるかと言えば、証拠の品も一緒だからだ。

「うひっ、目が合っちまったっす」

「「…………」」

 チャラ夫が呻き声をあげるが、七海とエルムは声すら出ない。

 熊の生首がどんっと置かれている。普段食べるパックに入れられ売られる牛や豚の肉とて、ようするにこういう事だ。命を頂くという思いを忘れぬように熊を見つめるが、やはり目の前に置かれるのはキツいものがある。

 それは兎も角として、これは本当にご馳走だ。

 馳走とは『馬を使い走り回る』の意味になるが、まさしくそうやって集められた食材なのだろう。

「ささっ、鍋を仕立てる間に膳の物をお食べ下され。米のお代わりは幾らでもありますので遠慮なさらず」

 鍋を取り分けるため用意された器を見ればラーメン丼ぐらいの大きさがある。膳に置かれた白飯を見れば、かき氷と見間違えそうな山盛り。

 とても食べられる量ではないため遠慮したいところだが……。

「ひなびた里の料理で喜んで頂けると良いのですが」

 善意の目で申し訳なさそうに言われてしまうと何も言えやしない。

 亘は自分の食事量から計算するが、目の前にある膳を食べるだけで腹八分、熊鍋は一杯いけるかどうか怪しいぐらいだ。両隣の七海とエルムは小さく呻いている。

 だが、チャラ夫は大張り切りだ。

「うおうっ、俺は食べるっす。こうなったら食い倒れてやるっす!」

「頼もしいですな。ささっ、皆さまもどうぞ」

 これは無理に食べて腹が膨れて苦しむパターンだ。亘が悲壮な覚悟を決めていると、七海がポンッと手を叩いた。

「そうですよ、神楽ちゃんとサキちゃんを喚びましょう。どうでしょうか」

「!」

 亘は顔を輝かせた。

 これまで食事で困らされた大食らいが初めて頼もしく思えてきた。きっと素晴らしい活躍をしてくれるに違いない。里の衆は歓待が成功し、亘たちは程よく食べられ、神楽たちは腹一杯食べられる。つまり誰もがハッピーになれるのだ。

 こほんと咳払いをして真剣な顔をしてみせる。

「すいませんが、実はいつも従魔と一緒に食事をしておりまして。ええと、これだけのご馳走なので是非食べさせてやりたいのです。喚んでもよろしいでしょうか」

「従魔とは?」

「爺様、それは式のことなんだぞ」

 怪訝そうな老人にイツキが口を挟む。

「おおっ、なるほど式使いであられましたな。ささっ、是非にお喚び下され」

 もっと渋られるかと思ったが、意外にもあっさりと承諾され面食らうぐらいだ。ただし、その理由はイツキの囁きで判明する。

(小父さん、言っとくけど式を見せるってのは、手の内を見せることだかんな)

(むっ……)

 つまり里側としては、戦力を把握しておくための情報収集のようなものだ。

 亘は迷う。テガイの里と戦うつもりもないし、たとえば藤源次は神楽とサキの実力を既に知っている。だが、それでも手の内を晒すなど躊躇ってしまう。

「じゃあ一番、チャラ夫。喚びまーす!」

「しまった出遅れたんな。そんなら二番、エルム。喚びまーす!」

 宴会芸のノリでガルムとフレンディが召喚された。悩んだ自分がバカみたいで、亘は口をへの字にする。

 狛犬と土蜘蛛がそれぞれ登場し里の衆は拍手喝采だ。

(ほうほう、これは……)

(外の式使いもなかなかどうして……)

(しかし、この程度なら問題はあるまい)

 長老衆が顔を見合わせ、ひそひそ話をしている。

「そんなら、次はナーナの番やで。そんでもってトリは五条はんや!」

「七海ちゃん、いってみようっす!」

「ええっと……三番、七海喚びまー……ます」

 恥ずかしげに喚んだ声に答え、小さな綿毛のようなアルルが登場した。線のような手足を伸ばし、ちょこまか台上を動く姿に場がどよめいた。

(なんと、これは手強き式ではないか)

(ここまでの式を使いこなすとはのう……外の世界も侮れぬ)

(然り然り。侮り難し)

 そしてチャラ夫とエルムが真面目な顔をした。

「さあ解説のチャラ夫はん。この次に行われる召喚ですが、どう見たらよろしいでしょうか」

「そうですねエルムさん。やはりここは、締めに相応しい盛大な召喚をぶちかまして頂きたいところっす」

「もうっ、二人とも止めなさい」

「「はーい」」

 七海に叱られた二人が揃って声をあげた。

 プレッシャーをかけられた亘は緊張してしまう。周りを見れば、これからどんな従魔が喚び出されるのかと里の衆は期待に満ちた目をしている。

「それではえー、まあなんだ……ご飯だ」

 軽く咳払いをした亘は、努めて平静な素振りをしながらスマホを操作した。

「じゃじゃじゃのじゃーんっ! ボク登場なのさ-! ご飯っ!」

 画面から光が放たれると、小さな姿が手を突き上げ勢いよく飛びだした。空中で一回転してみせれば、白い小袖や御幣の飾りが勢いよく揺れ動く。だが、そこで人見知りの神楽は大勢の人間に気付き、恥ずかしそうに亘の頭へと張付いた。

「お腹空いた」

 続いて光の粒子が空中で渦巻くと、そこからサキが出現しクルリと回転しながら着地した。長い金の髪がサラサラと揺らし、緋色をした瞳で周囲の人間を睥睨している。

 反応はない。

 場は静まり返り歓声もどよめきも起きない。ただただ静かなままだ。

「あれ? 皆さんどうしたっすか?」

「神楽ちゃんとサキちゃんがどうかしたん?」

「えーっと、別に何もおかしなところはないですけど……イツキちゃん、分かる?」

「分かんないぞ」

 存在に慣れきった亘たちにとって何て事もないが、初めて神楽とサキ見る里の衆は反応を大きく二つに分けていた。恐怖し固まる実戦経験を積んだ年配たちと、それに戸惑い黙り込む若手たちだ。

 そんな事情を知らぬ亘は反応の無さに肩を落とす。まるで無理矢理やらされた宴会芸で滑ってしまった時のようで、つまり凄くやるせない。

「くそっ、喚ぶんじゃなかった」

「なにさそれ、マスターってば酷いよ」

「そうだそうだ」

「あっそう、そらどうも悪うございました。ほら、ご飯だ。食べていいぞ」

 亘が示した先で里の衆がギョッとする。自分たちが食べられると思ったらしい。もちろん神楽とサキが突進するのは鍋であった。

「やったね、ご飯だご飯だ。さあさ、食べちゃうぞ」

「食べる」

 食材に飛びつかないだけマシだろうが、今にも食い付きそうな勢いだ。里の衆は腰が引けてしまったため、七海とイツキが代わりに取り分けを行いだす。

「ボク大盛りでね。具も沢山で」

「同じく」

「なんだよチビ悪魔もドン狐も、お代りあるんだから文句言うなよ」

「むむっ、また変な名前で呼んだ。失礼しちゃうもんね」

「まったく」

 熊鍋を食べながら文句を言う神楽とサキの姿を見つめ、長老衆は顔面蒼白となっていた。

(これは……バカな……)

(藤源次の奴め、何故に報告をせなんだ。これほどの存在とは)

(一体だけなら何とか。だが、二体同時では手に負えぬ)

(敵対すれば里が滅びかねん)

 恐怖した長老たちの指示により、好きなだけ食べさせるように食事の追加が準備されだす。辺りに鋭い指示が飛び交い、人々が飛ぶように走り回る。

 そして里の史書に、『悪魔来たりて食べ尽くす』の一文が刻まれた。

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