第171話 セブンスリー了解

『こちらピクシーワン。対象は移動を開始した、対象は移動を開始した。オーバー』

「セブンスリー了解しました。神楽ちゃん、じゃなくってピクシーワン、引き続き監視をお願いします」

『ラッジャー』

 駅前広場の端、横断歩道を渡れば繁華街といった交差点脇。制服姿の女子高生が通話を終え、ふうっと可愛らしく息をついた。

 肩にかかる黒髪に整った優しげな顔立ち。品良さと穏やかさがある少女には、十代の可愛らしさと少しばかり大人びた美しさとが両立している。眼鏡をするのは、それなりに有名人物で顔を隠すためだ。

 そんな舞草七海はスマホを通学鞄へとしまった。綿毛のマスコットを指先で撫でながら隣へ顔を向けた。

「五条さんが、移動を開始したそうです」

「よっしゃ了解やで。ウチらも移動開始やんな」

 もう一人の少女が怪しげな言葉で頷く。

 同じ制服姿だが、受けるける印象はがらりと違う。それは悪戯を思いついた子供のような笑顔のせいかもしれないし、片手をぐっと握りしめているせいかもしれない。何にせよ髪をポニーテール風に括り、見るからに活発な姿の金房エルムであった。

 静と動で対照的な二人だが仲が良い。

「でもですね、本当に後をつけるんですか?」

「もちろんやで。五条はんが合コンに行くなら監視せなあかんやろ」

「監視……やっぱりそれって、バレたら怒られるのでは……」

 ニシシッと笑うエルムを前に七海は困り顔だ。

 そして――。

「なんだよナナ姉ってば、最初は乗り気だったくせによ。いざとなると、尻込みしてやんの」

 キャップ帽姿の小柄な少女だ。スポーツ系シャツに膝丈のデニムズボンと少年めいた姿だが、このところ体つきが柔らかみを帯び女の子らしくなってきている。

 ただし、ニカッと笑う顔から子供っぽさが抜けていないイツキであった。山中にある忍びの里の出身で、今は七海の家に居候中だ。都会にも随分と馴染み、本人によれば一人で電車に乗れるぐらいになったらしい。

 指摘された七海がバツの悪い顔となる。誤魔化すように視線を彷徨わせるが、エルムもイツキもニヤニヤ笑ったままだ。

「うっ……だって、なんだか悪いことしてる気分になりませんか?」

「そっかぁ? 監視とか尾行とか、俺は里で散々練習させられたもんだぞ」

「イツキちゃんは忍者ですから、そうでしょうけど。それよりもですね、コールサインなんですけど。これって、本当に必要あったのかな?」

 駅前ということで、三人の横を大勢の人が通り過ぎていく。

 種類の違う可愛らしい少女が揃っていれば嫌でも人目を引いてしまい、結構な注目の的だ。夕暮れ時とあって帰宅する学生や社会人の姿は多く、わざわざ振り向いてしまう者もいるほどである。用もないのに立ち止まって近くでスマホを弄る者や、声をかけようかチラチラ見る者もいた。


 エルムは腰に手をやり、ふふんと笑った。

「ええやないか、格好ええやろ」

「格好いいのかな? 私は恥ずかしいものがあるのに」

「俺は格好いいと思うぞ。俺にも格好いい呼び名をつけて欲しいぜ」

「そやなイツキちゃんのは、決めとらんかったんな。何がええやろ。名前からファイブフォレスト?」

「それ、五つの森になってますよ」

 七海が冷静に突っ込む。

「おっと間違えた。木やとツリーかウッドやんな。あれ? どう違うんや」

「俺は分かんないぞ?」

 エルムが腕組みすると、イツキも一緒になって真似をする。そろって首を傾げた姿は仲良し姉妹、もしくは姉弟にも見えてしまう。

「えっとですね。ツリーは生えている木で、ウッドは加工された木になりますね」

「凄いぞナナ姉は物知りだなあ」

「そらそうや、学年上位の成績やんな。勉強のコツを教えて欲しいわ」

「予習復習をきちんとしているだけですよ。それより、イツキちゃんのコールサインはどうするんですか?」

「面倒やで、なしでもええやろ。コールサインなんてノリやんな」

「ちぇっ、つまんないぜ」

 残念がるイツキの横で、七海が頬を膨らませた。

「ノリって……酷い。恥ずかしいの我慢してたのに」

「おっと、あかん。口が滑ってしまったんな」

 エルムは笑いながら両手で口を押さえた。実のところ、恥ずかしそうにセブンスリーと口にする様子を楽しんでいただけだ。

 叩く真似をする七海からエルムが逃げ回る。どちらも親友に対する気安さでじゃれ合っているだけだ。なお、信号待ちする人たちは可愛い姿に癒やされていた。

「ニシシッ、まあええやないか。おっ、信号変わったで早う渡らなあかんで」

「誤魔化さないで下さいよ。神楽ちゃんだって、知ったら怒っちゃいますよ」

「そらどうも悪うございました。さっ、行こか」

「そうだぞ、ナナゴンも遊んでないで早く行こうぜ」

 イツキが頭の後ろで腕を組み、笑いながら促した。

「なんだか、私が悪いことになってますね。それより、ナナゴンではありませんよ。ナナゴンでは」

「さあ行きますよ、ナナゴンさんにイツキさん」

「エルちゃんまで」

 三人はじゃれ合いながら交差点を渡っていく。


◆◆◆


 商業ビルの一階ロビーにて、亘は唾を呑んだ。

 知らない場所というだけでも緊張してしまうが、かてて加えてこれから合コンに挑むのだ。これが異界で悪魔と戦うのであれば、どうってことないのだが、今はソワソワ落ち着かない気分になる。動悸は普段より激しく、呼吸もやや強い。耳の奥で鼓動が聞こえるほどだ。

 それでも同行者たちの手前、平静さを装う。

 誰かと話ができれば気も紛れるだろうが、周囲の同僚はバラバラに離れて立ち尽くし、スマホを弄ったり暇そうに辺りを眺めている。知らない人が見れば同じ集団とは思わないだろう。

「いやいや、遅れました。ちょっと母ちゃんを誤魔化すのに手間取っちゃいまして。ごめんちゃい!」

 高田係長は両手で拝みながら駆け込んできた。派手なアロハシャツに着替えているが、それなら確かに奥さんを誤魔化すのも苦労するだろう。

 そんな姿に亘は急に自分の地味なスーツが気になりだした。合コンには、アロハシャツを着るべきなのかと悩んでしまう。

「そんじゃあ、時間には早いですけど、会場に移動しましょうか」

「…………」

 亘は覚悟を決め、そっと深呼吸をした。無言でエレベータに向かう姿は、まるで討ち入りに挑むような雰囲気を醸し出している。もっともそれは、他の同僚も似たようなものであった。

「いやはや、こんな時間に動けるなんて大臣さまさまってもんですよ。こうなったら、雲重大臣を少子化担当にするように、私が官邸に乗り込み総理に直接進言してやりましょう」

「さようですか」

 バカ話の相手をする必要もないが、亘はつい返事をしてしまう。他の同僚たちはエレベータの壁や案内表示を見ていたり目を閉じていたりと我関せずだ。これが同じ合コン会場に行くとは思えやしない。独身メンバーが集まっているが、独身が独身たる理由がなんとなく分かろうものだ。

 自分を棚に上げ、亘はひとり合点して頷いた。

「そりゃそうと、五条先生の女を落とすテクを教えて下さい。お願いしますよ」

「別にそんなものは……」

「えー、またそんなこと言って、自分だけ狡いなぁ。あー、狡い狡い。これは五条先生は本気で攻めるですね。目指せ、お持ち帰りぃーですか?」

 アロハシャツの高田係長は陽気に笑い声をあげる。今更ながら合コンの本来の目的を認識し、亘は側頭部をポリポリと掻いた。

 つまり合コンは男女が出会い、恋人を探す場なのだ。

 遊び半分ではないが、どんな感じか興味があって参加したかっただけとは言えやしない。もしこれで彼女が出来たらどうしようと不安になってしまう。脳裏に一人の少女の姿を思い浮かべると、申し訳なくて居たたまれない気分になった。

 そしてエレベータは合コン会場のフロアに到着する。


◆◆◆


「おっと、ここやないか」

「どうだろ、俺よく分かんないぞ。ナナ姉、そうなのか?」

「ちょっと待って下さい。えっと、徒歩ナビで確認しますから」

「間違いないって。ほら見てみなれ、ビルの名前が同じや」

「でもよ、エルやんがここだって言った場所。さっきも間違ってたんだぞ」

「うっ」

 イツキが指摘するとおり、自信満々で案内をするエルムが道に迷って到着が遅れてしまった。方向音痴ではないエルムだが、位置をだいたいの感覚で決めて進んでしまうため間違えることが多い。

 スマホを操作する七海が頷いた。

「正解です。ここが目的のビルのようです」

「ほれみなれ。やっぱ、ウチが合っとったんやで」

「おおっ、さすがはエルやん」

「はいはい、二人とも。いいから入りますよ」

 七海は少し不機嫌顔だ。

「なんかナナ姉ってばピリピリしてんな。なんか恐いぜ」

「そうやけど口にせん方がええわな」

「入りますよ」

 合コン会場のあるビルへと少女三人は躊躇いもせず入っていく。そこが無関係な施設であろうと、全く物怖じすることはなかった。

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