第162話 なるほど百足だ
「なんだか不気味な感じの池です」
「そだね。あそこにさ、何かいるよ。こっちに気付いてるみたいだよ」
「大百足か……既に封印が解けているのか」
「ほれ、桜の姫がお待ちかねじゃ。とっとと行って倒すぞい」
スオウは大張り切りで宣言した。鼓のように腹を叩き気合いを入れる。
「まあ待てよ」
だが亘は止めた。
皆が訝しげな顔をする中で、神楽だけが呆れ顔だ。額に手をやり息をつき、またぞろ何を言い出すのかと胡乱な目だ。
「はいはい。マスターってば、今度はまた何なのさ」
「別に大したことじゃない。こっちから近寄ってだな、わざわざ相手の攻撃範囲に入る必要はないだろ」
「つまりさ、どゆこと?」
「ここから魔法を叩き込めばいいだろ。どうせ場所は分かってるんだ。遠距離から攻撃すればいいだろ」
「やはりお主は卑怯者じゃ。武人の誉れとか名誉とか欠片もないわい」
「うっ」
亘は唸った。倒したことのある相手から言われると、存外に傷つく。スオウに対し行ったことを思い出せば、二対一で攻撃したこともあれば、やはり先制攻撃をしかけたりしている。卑怯と言われても仕方がないかもしれない。
「ボク思うに、いいんじゃないの、うん。そんじゃさ、サキも一緒にやっちゃおうよ」
「んっ、やる」
神楽がスイッと前にでると、サキはピョンッと跳ねるように前へ出た。
二体の従魔が集中し魔法を発動させだす。光の球と火の球がそれぞれ生じる。それは見る間に膨れあがり、人の拳大だったものが頭大に、そして抱えるほどまでに成長していった。
「なんじゃいこれは……グゲッ、どんだけ力を注ぎ込んどるんじゃ。こりゃっ!」
スオウは呻くようでさえあった。
光球も火球も内部で強大な力が蠢き強大な力を秘めている。それは見る物に対し根源的な恐怖を与えるもので、七海とイツキは恐々となって互いにしがみつき合った。亘もそっと後退っていたりする。
神楽とサキは同時に目を開いた。
「いっくよー!!」
「んっ!!」
巨大な力を秘めた二つの球が揃って動きだす。徐々に加速していき、途中にあった木々などものともせず、触れた瞬間に蒸発させるように焼き切り直進していく。そして眼下に見える暗く澱んだ水面へと吸い込まれた。
静寂の後、閃光が迸る。次いで爆音と衝撃波が押し寄せた。
「ギュワアアアアー!」
「きゃああっ」
「うわっ、なんだ痛いぞっ」
小石と土塊が降ってきた。七海やイツキは悲鳴をあげながら逃げ惑い、最終的には亘の背にしがみついて避難した。
男は黙って耐え忍び、甘んじて土と石の洗礼を浴び続ける。
遅れて細かな雨のように水が降り注いだおかげで、泥は洗い流された。
「大百足はどうだ。やったのか」
「だからさあ、マスターってばさ。そーゆうフラッグなこと言わないでよ」
「おしい、フラグだ。フラグ」
余裕めいたことを言ったのは、淵のあった場所に大きなクレーター状の穴ができているからだ。すり鉢状になったそこへ水が流れ込み、徐々に満たされている。これなら、いくらなんでもフラグなんてものは……。
けれどサキがついっと顔を上げ、目で何かを追っている。
「落ちた」
そして巨大な何かが対岸の山肌へ叩き付けられた。
こちらまで木々の倒れる音が聞こえてくる。土煙が巻き起こった向こうからギチギチと耳障りな音が響き、煙の中に長くうねる姿が見え隠れした。どうやら健在のようだ。
煙が収まったところでその存在の全容が確認出来る。
「大百足か、なるほど百足だな」
触覚のある頭部はえんじ色で、大きな顎の形をした顎肢がある。胴体の背側は甲冑のように黒く艶光りしたもので、腹側は鮮やかなオレンジ色だ。そして無数の歩肢がある。
「やっぱ百足って足が多いぞ。何本あんだろ」
「そうですね。種類によっては百対、つまり二百本あったりしますよ」
「おおっ、ナナゴンってば物知りなんだぞ」
「ゴンではありません。ゴンでは」
背中にしがみついたまま少女たちが喋っている。もちろん亘は油断などしない。ただ背中の暖かみに癒やされているだけだ。
大百足は激しく動きまわり辺り構わず手当たりしだいに体当たりをしている。それだけで太い木が次々と倒されていく。なんだか八つ当たりのようで、実際にそうなのだろう。
「ボクの魔法、あんまし効いてないや」
「そのようだな。あの威力の攻撃で倒せないなんて、どんだけ頑丈なやつなんだ」
「ボサッとするでない。クエッ、やつがこっちに気付いたようじゃ」
大百足の動きが止まり頭部の触覚がこちらを指し示した。どうやらスオウの言う通りらしい。
次の瞬間、長い身体が頭を抱え込みながら丸まりだした。普通の百足であれば歩肢も内側に折りたたまれるだろうが、この大百足の場合は背中側を向く。その理由は直ぐに分かる。
地面を掻きだし、高速回転しながら突っ込んできたのだ。木々を薙ぎ倒し、斜面すらものともせず駆け上がってくる。
這ってくるとばかり思っただけに、その大車輪に意表を突かれた。
「そらっ! くらえっ!」
慌てて避けるなか、イツキがすれ違いざま苦無を投げる。だが、あっさり弾かれてしまった。外皮の硬さもあるが、むしろ高速回転のせいもあるだろう。
「アルル、攻撃力低下をお願い。あとは魔法で攻撃してね」
「ボクだって、もう一丁『雷魔法』だよ」
「ん、『狐火』」
「儂は……接近攻撃しかできんわい。こりゃ、お手上げじゃ」
回転が止まった大百足へと、従魔による一斉砲火と亘の投石やイツキの苦無が襲いかかった。そのどれも結構な威力を秘めているはずだが、ダメージを与えられた様子はない。
「もう一度、魔法をさっきぐらいまで威力を高めて直撃させるしかないか」
「無理」
「そだよ、集中しないとダメだもん。そんなことしてたらさ、ボクら格好の的になっちゃうよ」
亘が指で上を指し示す。
「だったらな、神楽だけでも百足の攻撃が届かない上空に行ったらどうだ」
「それだよ、マスターってば頭良い!」
神楽は感心して手を叩いてみせた。
けれど大百足はギチギチと鳴きながら上体を起こし、対の触覚を振り濁った緑色の液体を吐き出し攻撃してきた。大慌てで回避すると、それを浴びた樹木が一瞬で腐食し、崩れていった。残った液が滴り、ジュウジュウと嫌な音をさせ刺激臭を放っている。
それを指差し神楽が悲鳴のような声をあげた。
「やっぱムリだよ。あんなの受けたらさ、ボク溶けちゃうよ!」
「クケーッ! どうすんじゃい。桜の姫のお手を煩わせるわけにはいかんのじゃ。お主の悪知恵で早うなんとかせんか!」
「悪知恵とか失礼だな!」
「小父さんも変蛙も気を付けろ、また来るぞ」
「誰が変蛙じゃ、グギャーッ!」
バウンドしながら跳んできた大車輪をスオウは横っ飛びで避けた。まるで蛙のようだ。いや、蛙だった。
大車輪は太い木々を軽々と踏み割りながら通過していく。命中すればひとたまりもないだろう。
「厄介だな」
亘は忌々しく呟いた。機動力があって攻撃するには、止まった瞬間を狙うしかない。けれど硬い外皮もある。これまで戦った悪魔の中で、こんな戦いにくい悪魔は初めてだった。
操身之術で強化して一気にと思うが、あの絶大な威力の魔法でも平然としている相手だ。一筋縄ではいかないだろう。
悩んでいる間に、イツキがまたしても苦無を飛ばす。
「えいやぁっ!」
しかし激しく身をくねらせる大百足相手に狙いが定まらない。これが父親である藤源次ならば、動きを読んで命中させられるだろう。けれど残念ながらイツキには、そこまでの技量はない。
イツキは唇を噛み悔しそうにする。
「ダメだぜ。俺の腕じゃあ狙えない。だったら数だぜ。えいやぁっ!」
身を翻し勢いをつけ、華麗な動きで一度に多数の苦無が投擲される。何本かが大百足の胴体へ命中したが、弾かれてしまった。オレンジ色した腹側も硬いらしい。
「また突っ込んでくる。注意するんだ」
大百足の触角がピタリと止まり、狙いを定めるように向きが揃えられる。頭を抱え込み、高速回転しながら突っ込んできた。
冷静に観察すれば、その突撃は単調なものだ。ほぼ一直線であり、多少の進路変更はあるものの大きな変化はない。最初の動きさえ見逃さなければ、その突進を避けることは充分に可能だ。
けれど、その威力と迫力は圧倒的だ。
一戸建て住宅よりも巨大な回転体が地響きをあげ、大量の土を掻き上げながら突進してくるのだ。この場にいる全員は冷静に回避してみせるが、普通であれば足が竦むほどの光景に違いない。
大百足の大車輪が通過すると、悲痛な声が聞こえた。
「ギュワッ、しもたぁ!」
見れば倒木にスオウが挟まれていた。水掻きのある手を振り回し、ジタバタ藻掻いている。潰されてはいないらしいが抜け出せないようだ。
亘はまず大百足の様子を確認した。
これが七海やイツキの窮地ならば、何がなんでも助けに行くところだが、相手はスオウだ。大丈夫そうと確認してから動いた。
「ちょっと待ってろ」
地面の上でバタつく、緑茶色した蛙の足を掴み引っ張ってみるがダメだ。あげくに、暴れた足に叩かれてしまう。
「痛いわい、もっと優しゅうせんか」
「文句言うな」
今度は一抱えはある木を押してみる。けれど太い木々が重なり合い、かかり木のような状態になっている。全く動かずビクともしなかった。
「むっ、重いな。残念、これはダメだな」
「ギュワーッ! 嫌じゃ死にとうない、なんで諦めるんじゃ! 諦めるでない、そこでもっと頑張らんかい!」
スオウは必死に喚いて暴れた。
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