第161話 特別仲が良さげな態度を示す感じ

 ひょこひょこと、どこかコミカルな動きで歩くスオウに続き獣道を下っていく。周囲は山間の森だ。

 手合わせは手合わせで、勝ち負けは決められなかった。

 それでもスオウは――不承不承だが――亘のことを認め、大百足が封印された場所まで案内してくれている。

 亘は歩きながら自問自答した。

 手合わせの最中、なんだか凄く気分が高揚していた。もし止められなければ、あのままスオウを屠るつもりで動いていたかもしれない。それが出来たかは不明だが、気持ち上では確実にそうするつもりだった。

 なんだか自分の中で、たがが外れだしている気がして少し恐い。

「あのう、どうしてスオウさんはアマクニ様と知り合いなんですか」

 七海が少し恐がりながらスオウに問いかけ、亘もまた意識を戻した。

 振り向いたスオウだが、『スオウさん』などと呼ばれたせいか、少し照れたような雰囲気がある。水掻きのある手で頭をかいたりなどしてみせた。

「それはのう、儂が各地を流浪しておった時のことじゃ。流れ者っちゅうのは大変でな。異界に行かねば腹が減る。行けば争いになる。けれど人を襲えば人に追われるっちゅうわけでな、そらもう苦労しておったんじゃ」

「えっと……人に追われた経験があるのですか。学校の時以外にも、人を襲って……」

「はんっ。飢えを知らぬ者には分らぬか。お主も異界で何日も過ごしたらどうじゃ。そうすれば分るはずじゃ、きっと餓鬼にだって食い付きたくなるじゃろう」

「…………」

 何も言えないまま七海は黙り込む。飢えなんて経験したことがないため、反論できなかった。

 そんな様子を一瞥し、スオウは話を続ける。

「まあええわい。儂はそれで追われ傷つき必死に逃げ、ここらで行き倒れたのじゃ。そんなとき助けて下すったのが桜の姫でな。爾来の縁というわけじゃ」

「へえ、自分の領域で悪魔の存在は許さないって言ってのにな。珍しいこともあるもんだ」

 亘が訳知り顔で口を挟んだ。人付き合い経験の少ないヤツが、自分の知り合いが話題になると、さも特別仲が良さげな態度を示す感じである。それは実際その通りなのだが。

「気紛れと、言うておられたわい」

 アマクニは神という存在だ。気紛れで幸をもたらせば、気紛れで不幸をもたらすこともある。その意味では、スオウは幸運だったに違いない。

「故にな。儂は憧れだけでなく、桜の姫には頭が上がらぬのじゃ。しかもじゃ、あの雨竜めが余計なことをしくさったおかげで、窮地になったところも助けて頂いた。感謝してもしきれんわい」

「なあ、雨竜が知り合いの大物竜に泣きついたって聞いたけど。それは本当なのか?」

「そうじゃ、お陰で儂の異界にとんでもない大物竜が来おってクケッ。雨竜の保護監督責任がどうとか、叱責されたんじゃ! 蛇の親玉に睨まれた儂の気持ちが分かるか?」

「いやさっぱり」

「クケッ、他人事じゃと思いおって。それにしても雨竜のやつめ。伝手に泣きつくとか、情けないヤツじゃ!」

 スオウは憤った。それは亘か雨竜か、それとも両方に対してかは不明だ。腕を振り回し、横の木に蹴りを入れたりして憂さ晴らしをしている。

「全くだな。お陰で絶好の狩り場が台無しだ」

 亘の感想に大きな目がギロッとする。もの凄く忌々しげな顔だ。ピタリと足を止め、蛙の大口を開け唾を飛ばしだす。どうやら憤りは亘に向けられだしたらしい。

「お主の! その考えが! 全ての原因じゃ! 全部! お主のせいじゃろうが! 何を平然と言っておるんじゃ」

 あれっ、という声が後ろから聞こえた。それはイツキのものだ。今の会話で、世の中にいる酷い人間が誰なのか薄々察したのかもしれない。

 亘は全てに素知らぬ顔をする。

「誠に遺憾であります」

「クエエエエッ! 腹立つ男じゃ!」

 後ろから神楽とサキの声が聞こえてくる。

「なんかさ、マスターとスオウってば。仲いいんだか悪いんだかさ。分かんないや」

「息合ってる」

「どこがじゃ! ったく揃いも揃って失礼なヤツらじゃ。しかも、なんじゃその狐のやつは! 前に儂の異界で人間に追われとったヤツじゃろ」

「無礼な」

 蛙の手で指し示され、サキは鼻の頭に皺を寄せ不快を示した。

 苦笑する亘はサキをひょいっと持ち上げ、米俵でも担ぐように肩に載っけた。それでギュッとしがみつかれるので、それが嬉しい。

「おいおい、気付いてたなら加勢してくれたって良かったのにな」

「あんな調伏師どもの前に誰が出るものか! クケーッ! その後はさらに大勢来たあげく、凄まじい悪魔まで現れおって! 儂はな、もうこの世の終わりかと思って異界から逃げてしまったわい!」

「そらまた大袈裟な」

「大袈裟じゃないわい! キュワーッ、戻ればトカゲ共に冷たい目で見られるわ、このキュートな銀髪がちょっぴり薄くなるわ! 酷い目に合ったわい。どうしてくれるんじゃ!」

「ふむ、毛が抜けたのは一大事だな。お気の毒だな」

 そんな会話を聞きながら、やっぱし仲が良いねと神楽が呟いた。

 

◆◆◆


 細い道を外れ、獣道すらない木々の間へと入り込んでいく。

 自然そのものの高低がある地面は歩きにくいものだ。しかも重なった落ち葉が小岩や礫を隠し、泥濘や柔らかな土もあって滑りやすい。

 気を付けるべきは足下ばかりでなく、張り出した枝葉にもだ。自分が引っかかるだけならまだしも、バネのように跳ねさせ後続に当てては目も当てられない。幸いこのメンバーは他人に注意を払える者ばかりだが、そうでなければ人の動きまで注意を払わねばならなかっただろう。

 茨の茂みを迂回しつつ歩いていると、テガイの里に行く道中を思い出す。あの時はヒルに遭遇した。その恐怖を思い出し、亘は恐々として周囲に目を配る。

「虫とか大丈夫だろな?」

「マスターさ、ここは異界だよ。そんなの、いるわけないじゃないのさ」

「そういやそうだな。いるのは悪魔ばかり……いや、それもアマクニ様が退治してるからな。んっ、つまりこれはボスしか出現しないレイド戦ということか」

「なんじゃい、それは」

「つまり強敵とだけの戦いってことだ」

「そらそうじゃろ。ほれ、早よう歩かねば置いてくわいな」

 スオウは興味なさげに呟き、スタスタ進んでいる。

 空を飛ぶ神楽は言うまでもないとして、山育ちのイツキは軽い足取りだ。肩から降ろされたサキもまた元気に駆け回っている。

 それらは特別として、亘と七海はやや遅れ気味だ。

 多少なと田舎育ちで、しかも仕事で山間を踏破することもある亘はまだ大丈夫である。しかし、こんな環境が初めての七海は息を乱し豊かな胸を押さえ苦しげな呼吸だ。もっとも、辛くても根を上げず耐える性格なので、健気に頑張り続けている。

 ふむと唸って、亘は前を行くスオウに声をかけた。

「もう少し、ゆっくり進んでくれないか。こちとらシテーボーイなんだ」

「なんじゃ、それは」

「都会派のお洒落な少年ってことだ」

「ケーッ! よく言うわい。お主のどこが少年じゃ」

 スオウは水掻きのある手で自分の腹をペチペチ叩き鼻で笑う。そうはしつつも、少し歩くペースを落としてくれた。余分なひと言がなければ、素直に感謝したいところだ。

「マスターってばさ、せめてシティーボーイって言ってよね」

 さらに神楽が目の前に飛んでくると、両手を上に向け頭を振ってみせた。捕まえようとしたが、ヒョイッと躱されてしまう。神楽は笑いながらヒラヒラと飛んでいる。

「失礼なやつだな」

「なあ、小父さん大丈夫か。なんならよ、俺が手を繋いでやっぞ」

「大丈夫だ。余裕があるなら七海を頼む」

「私は……大丈夫……です」

「なんだよ、ナナゴンってば無理すんなよ。ほら俺に任せとけ」

 ニカッとした笑いを浮かべ、イツキは強引に七海の手を取って引っ張りだす。

 七海が息切れするのは、体力不足だからではない。慣れの問題だ。急斜面のアップダウンが連続し、時には這いつくばるようにせねば上れず、また時には横向きに一歩ずつでなければ降りられない地形なのだ。

「ほらほら、ナナゴンってばゆっくりでいいんだぜ」

「ナナゴンじゃ……ありま、せん」

 苦しそうな息で七海が斜面を上がっていく。そのお尻をイツキが支えるように押している。

 チト羨ましいと亘が立ち止まり見つめていると、サキが駆けてきて手を差し伸べてくれた。

「手、貸す」

「神楽と違って、なんて優しいヤツだろうか。よし、今度はお揚げのご飯にしような」

「やたっ!」

「ずるい、ボクも手伝うからさ。ハンバーグ!」

 下心満載の神楽が急いで飛んでくると、亘の髪を引っ張りだす。それで手伝いのつもりらしい。

「おいこら髪を引っ張るな」

「あ、ごめんね。大事な髪の毛だもんね、抜けたら大変だもんね」

「痛いから文句を言っただけだ。勘違いするな」

「うんうん、そだよね。ごめんね」

 しばらくハンバーグはなしだ、と亘は誓った。


 苦労して最後の斜面を登り切り、馬の背のようになった尾根状の地にたどり着いた。緩い地形が広がりなだらかで、その先で切り立って下っている。

「キュワッ! さあ着いたのじゃ。あそこに見えるのが目的の場所じゃい」

 スオウが威張りながら遠くを指し示した。

 覆い被さるように生えた木々の向こうを水が流れている。山中の傾斜に挟まれ、地形なりに流れるのは川でなく渓流だ。大きな石の間や、岩盤の上など水飛沫を飛ばしながら流れていき、小さな滝となって池状の場所へと流れ落ちている。

 目的の百足ヶ淵だ。

 その周辺のみ木が枯れ水面が暗く澱み、どこかしら陰鬱とした薄暗さがあった。気付くが、本来であれば滝壺の落下音ぐらい聞こえるはずだが何も響いてこない。まるでサイレント映画のような光景だ。

「随分と違うものだな」

 思わず呟いてしまうのは、亘が知る様子とはまるで違うためだ。

 外の世界では、幅広のアスファルト道の脇に百足ヶ淵がある。そこは開発で切り拓かれ、木どころか山すら存在しない。川だって護岸改修によってコンクリートで覆われてしまっている。

 全く違う景色なのだ。

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